◆ 狭間のスマイル・モーメント 02 ◇

◆◇◆◇

──01の続きです。

──真打ち登場、サクラが来たぜ!

──は、は……くぅ……ふぅ、ホコリが結構ヤバイ。クシャミが出そう……。

◆◇◆◇



 サクラはチラリと教室を見渡し、私の姿を探してる。もう、なんでいないのよ! と不満げな顔した。手を繋いでなくても、サクラの声丸わかり。

 やれやれ、私が身を隠してサクラの行動をじっくりペロペロ舐め取るように確認しているとは露知らず、呑気な顔晒してますわ。

 わーヤバイ、笑いそう──耐えて、私……。


 私は両手で口を押さえつけながら、サクラを観察した。さっきの男子たちの会話はさておき、私が到着するまでサクラはどのような行動に出るのか、楽しみで仕方ない。

 だって、

 今、教室には私を除いてサクラ一人なんですよ。

 しかも放課後。

 部活のある子は帰り、帰宅部もそろそろ校舎から消える時間帯──。

 人の気配の消えた校舎。

 黄昏がキラキラと教室内を照らします。

 まるで廃墟のような雰囲気、つまり──チャンスなわけ。

 ゴクリ……と私は唾を飲み込んだ。

 やりかねない、サクラだったら。

 

 目の前の机、

         私の……机の、

                   角に自らの──。


 そう、つまり……自慰をオナニーをマスターベーションを!

 ドキドキドキ、ワクワクワク、ゾクゾクゾクと色々な刺激が私を通り抜ける。

 何故そんなことを考えてしまうのか。

 だって、さ……。

 サクラしてるもん。

 オナニーを。

 しかも、私を……おかずに。

 つまり私をネタにしてえっちな妄想してるの!

 わかっちゃうの! ホントはね、流石にそういうのはあまり読み取らない方がいいよね~と思いつつ、ぎゅって抱きしめると、オナった次の日はこっちが驚くほどサクラは動揺しちゃう。多分私が能力無くても、あ、コイツ昨日私でオナニーしたな……ってわかるよ、ホント。しかもなんか毎回後悔してる。友達なのにレイを想像しちゃうのよくないじゃない──って。まぁ最初はびっくりした(そういうことを考える人に出会ったことは無かったので)けど、次第に慣れたというか、私を嫌っているわけじゃないから、ね。ほらそれにさ、サクラは私を無茶苦茶にするようなちょっと怖い妄想はしないの。ってか逆! 私にねっとりとイジメられてその末に果てちゃうような妄想ばっかりしてるんです!

 マゾ。

 ドM!

 ネコ!

 むっつりドスケベ!

 マゾっ子サクラちゃん!

 コイツ、いっつも上から目線で私にお姉さんぶる癖に、(妄想の)ベッドの上では私に……。


 無性に赤裸々な告白をしてしまった私は、跳ね上がる心臓を押さえつけるように音もなく深呼吸をする。

 

 私は、友人が私をおかずにオナってると知ってもサクラの友人を辞めようとは思わなかった。

 むしろ、より一層サクラにぎゅって抱きつくようにした。

 サクラに抱きしめて、コイツ昨日私を妄想の中で使ったな!?///と気づいた時は、いつもよりも強くぎゅって抱きしめたり頬に顔を擦り付けたり傷跡をなぞりまくって私だけを意識するようにグリグリ刷り込む。するとねサクラは「もう、なぁに?」と余裕ぶった顔しながらも震えて頬染めて敏感に喜ぶんだ。一応建前の「くっつきすぎ!」って離れたがるけど、スリスリスリ、ぎゅぎゅぎゅ~~~、ぐさぐさぐさ! っていじり続けると次第に抵抗を辞めちゃいます。されるがまま……。可愛いんです。でね、サクラの頭の中にピンク色の匂いみたいな感情が充満するの。それが私に感染する感じ。ぞわっと背筋が冷たくなるよ。普通の友人の関係を一歩乗り越えそうで、私も胸の高鳴りを感じます。ってかサクラも拒めばいいのに抱きしめていると力を失うのが悪いよ。受け入れてるじゃん。柔らかい四肢を裂くように力をぎゅぎゅ~って込めて、私の胸元に顔を寄せるとサクラは力無く寄りかかってくる。目が合うとさ、何かを期待するように瞳を滲ませる。【触って……なんて絶対に口には出せないけど……】と、も~だから~考えてること丸わかりなの。少しは自重してくれ~って叫びそうになる──。


 で、その時に指を股に這わせたら……サクラはどう反応するのか、試したい。怖くてできないけどね──。ふふふっ、今日も私でするんですか? と耳元で聴いちゃうくらいはギリセーフ、かな?


 私に抱きつかれるたびにふにゃふにゃ蕩けるサクラは……可愛い。さっきの男子たちが色々言っていたけど、はぁ……私以上にサクラに愛されている人間は存在しねぇからな。彼等もサクラの可愛さに気づくも、ふにゃふにゃになってされるがままのサクラは知らないんだよね。可哀想だけど絶対に見せない。私だけが──私だけのサクラは誰にも渡しません。


 けど、私の知らない表情を知っているのは癪に触るなぁ……。まるで私に隠れてメイド服着ながらアルバイトしてるサクラを目撃したような衝撃を覚える。


 過去の心の傷に喘いでいると、サクラは私の机を通り過ぎ、何事も無く自席に座りやがった。

 うっそーん。私が今どれだけお膳立てしたと思ってるの! 絶対誰も居ないうちに……って私の机をペロペロ舐めた後(小学生だったら絶対私のリコーダー舐めるよ)、お股擦り付けると思ったのに……。まぁ人のオナってる姿をしげしげ眺めて楽しむほど落ちぶれちゃいないけど、一度くらいは見たいじゃん。好奇心、に促されてさ。その姿を動画に収めてサクラ脅したりはしないよ、私そこまで非道くはない。せめて私の机の上をさらさら撫でたりはするかと思ったけど、うーん残念。


 で、サクラは退屈そうに腕を伸ばした後、スマホをいじる。

 サクラから「今どこ?」とメッセージが届いた。「向かってるよ」と返すと「はよこい!」とすぐ返事が来る。私はくまたんのスタンプを貼り付けつつ、そっとキャビネットの扉に手をかけた。ゆっくりと指先に力を注ぎ、音が出ないよう細心の注意を払いつつ、開ける。その間左手で巧みにメッセージを連打する。サクラの注意をスマホに釘付けにし、僅かな音でも気づかれないようにするため。


 ……キィ

 扉が開いた。

 サクラは……大丈夫、こっち見てない。やーい鈍感!

 私は足音を立てないよう踵から床を進み、ちょうどサクラの表情が見える位置で止まった。

 息を殺して、サクラを見つめる。

 サクラは相変わらずスマホに夢中。


 私は画像フォルダを開いた。

 すぐにお目当ての画像を発見する。少し前、サクラと一緒に行ったカラオケでの写真だった。二人で行って、サクラがなかなか歌、上手くて。で、私が歌ったら感情性豊かなサクラちゃんはおいおい泣いてしまって、

 私はなんか救われた──。

 だってこの歌は、私の歌だったから──。

 その事実は、私だけの不確かな記憶になって葬りされれると思っていたけど、サクラが聞き入ってくれて、泣きながら感想を私に直に伝えてくれたことで、最後はキラキラと光を纏って私の中に大切に保管することが、できた……。あ、私結構この歌好きだったんだ、って知ることができた。強引に奪われてホント大嫌いになって、もう聴きたくもないくらいだったのに、ソラ先輩の声は私を逃してくれなかったから……。


 まぁそれは置いといて、あの後色々写真取ったりして、私とサクラ、二人でマイク片手に歌っている画像を見つけた。自撮りした奴。何枚もある。殆ど私変顔してるんだけど……。


 それを貼り付けた。

 二枚、三枚……と続けて。この前の写真、私の顔ヤバイ! っておどける感じで。

 サクラは一瞬はっとしつつも、すぐに笑顔を浮かべる。サクラの笑顔、可愛い……と思わず見惚れちゃう。でもこれは私も知ってる表情。私を見て思わずニヤニヤしちゃうサクラの子供っぽい表情。普段はつんと大人びた感じなのに、ふと女子高生というか、年相応の顔を見せる。

 うーん、儚い表情ってのはこのニヤニヤ顔のことなのかな? だったら知ってるし、内心【レイかわぁあああああああああああああああああああああああああああああああGYAAAAAAAAAAAAAAAA!】って感じでちょっと怖い感じになっているのでしょう……。まぁいいか、そろそろサクラちゃんの頬を指で責めましょうか──。


 その時だった。

 一通り微笑んだサクラは、無表情に戻る瞬間、ほんの少し僅かな刹那一瞬ミクロン的な微かな……なんだろう……上手く言葉で言い表せないけどとにかく僅かな時間──すっと頬が緩む。唇が微かに開き、目元に小さな皺が生まれて、流動的な表情の移り変わりのはずなのに、一つの表情にも映る。

 なんてこと無い、普通の人が浮かべるような表情に思えたけど、サクラの素が一瞬だけ滲み出る。

 じわぁ……っと引き寄せられる。

 どうでもいい顔だよ。

 笑顔じゃないし、無表情ってわけでもない。けど、どんな言葉で言い表せないサクラ独特の……姿。

 なんか、目が離せない。

 引き寄せられる。

 サクラの美麗な顔も相まって、視界を鷲掴みにされちゃう感覚──。


 確かに私は見たことが無い。

 だって無表情から移り変わった後の表情、零 or 一は知っているけど、その狭間にも……なんか私への愛情を滲ませてるの、まぁ理解はしてたけど、見ることは無かった。すぐ抱き着いたり、サクラは恥ずかしがって顔を背けたりしちゃうから。それがお互い当たり前になってたから、その死角に私の知らないサクラが存在していたなんて気づこうともしなかった。


 でもさ、それを私に向けている時だけに醸すなんて……よく考えるとちょっと恥ずいぞ。サクラと殆ど関わりないの無い男子たちだって理解しているんだから、多分クラスでは私以外の人は皆知ってるかも。柊さん、天彩さんを眺める時だけなんか……いいよね、と思わてるの? ま、サクラが悪意を孕んだ瞳で睨んでるってわけじゃないので嬉しいっちゃ嬉しいけど、もうちょっと控えようよ……。でも絶対そんなこと言えないし、言ったとしても意味がわからないじゃない? と一蹴されちゃう。はぁ、サクラも私みたいに能力手に入れてさ、私の思ってること悟れ、マジで……。


 私がまた数枚画像を貼り付けると、サクラは愛しげに笑みを浮かべる。うわ、この顔も私知らん……。いつもニコっとする癖に、そういうじわじわ浸透させるような微笑み方もできるんかい! うわうわ、私の知らない顔ばかりなんですけど。私は調子にのって目元を隠すような感じのちょっとアレな自撮りを貼り付けた。するとサクラは一人しげしげと頷き、「アホなことしないの」と返しつつも満更じゃない表情浮かべてるの不気味過ぎる。


 サクラを眺めつつ、私は一人自己批判をする。

 私は常にサクラの手を繋いで──手を繋ぐと、あなたがえっちな妄想を私でしてることすらわかります、状態だったけど、表情までは確認しきれていない。表情だけじゃない。サクラの動作一つ一つに感情以上の何かが込められている。感情に乗らない、自分でもわかっていない感覚を。やれやれ甘かった。もっともっとサクラを知る必要がある……かはわからないけど、とにかく今後はより一層気を引き締めてサクラと接するようにしよう。「は……くしゅん!」


 あ、ヤバイ……。ホコリが中に溜まっていてさ、我慢していたんだけど思わずクシャミが出てしまいました……さぁ、大変!


 びくんっ! とサクラは震えた後、ゆっくりと振り返る。

 目が、合った。

 僅かに開いていた瞳がぐわっと大きくなる。


「……いつから?」

「ちょうど、ジャスト今到着したよ」

「う、そ、つ、く、な」

「ホント、私サクラに嘘ついたことなし」「足音立てずにそこまで来たってわけ?」

「へい」

「レイ……」


 サクラは瞳をピクピクさせながら睨む。

 これはヤバイ。

 経験でわかるけど、怒る寸前。ここは素直に白状して収めないと……。


「うぅぅ……ごめんなさい、サクラが、男子たちを誑かしてる時から既に教室におりました」

「……は?」

「あのキャビネットの中に潜んでいたのです」「隠れていたの?」「急に閉じ込められたい衝動にかられて……」

「はぁ……。ってか別に誑かしてないわよ。普通に挨拶しただけ」

「うん、知ってる」

「で、中から……見てたと」

「途中で気づかれないように外に出て、サクラなんも気づかんの。笑いそうになった……その後サクラにどんな反応するのかなぁ~って観察しただけなの」

「どうして?」

「まぁサクラはニヤニヤしてるだけだったけどね、ホントそれだけ……ぎゃあ怒らないで! サクラ~」


 私はサクラに飛びつき、背後から思いっきり抱きしめた。けど、まだサクラの溜飲は下がってない。私はぐるっと体を回転させ、流れるようにサクラの膝の上に座った。そしてぎゅっと抱きしめる。


「あっ、ちょっと、危ないレイ!」

「許す?」

「──絶対許さない」

「お願いサクラ、ただただ私の純粋な好奇心なの。悪意一切無し」

「いやあんたは悪意の塊でしょう」

「非道い! それが親友に向ける言葉か! いつも私をおかずにしてるくせに!」


               あっ

                    おっとっと……。

        あわわわわわ……。


 口が、あぁあああ……口が滑った。本気でマジで冗談抜きってかやばやばやばい!

 私は恐る恐る抱きしめてるサクラを眺めると、サクラはじっと私を見つめて「別に、レイでご飯は食べないわよ。カンバニズムとか趣味じゃないし」と平然とした口調で答えた。そっとサクラの肌に触れると【ぎゃああ……あ……ああ……ああ……レイがぎゅってしてくれた……はぁぁ……柔らかいわ……レイ柔らかい……うぅぅぅ……はぁ……レイをオカズ? 白米食べる? ──そんなこと、否、可能かもしれないわ。もし食べたらレイのもちもち肌は絶対美味しいに違いないじゃない!】


 つまり、

 オカズ=自慰を行う際のネタ、というスラングだと知らない。セーフ!

 大丈夫だった、みたいだね。焦ったよ。……待って、私で白米食べられるって言っていた気がするけど、え、そっちも怖いっ。

 私はひとまず胸をなでおろし、サクラをぎゅっと抱きしめる。


「重い……」


 と唸るサクラだけど、大変喜んでいるので、しばらくこのまま抱きしめて、サクラの怒りを揉み消すことにした。サクラの怒りだってこうしてねじ伏せることができちゃう。ただ、今新たに湧いた食欲がどんどん増大してくのがなんか怖い……。



◆◇◆◇

ep. 狭間のスマイル・モーメント

02

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