炬燵、私のお腹の柔らかさ 01
「見せたいモノって何? どうせまた新種のくまたんでしょ?」
放課後、レイは強引に私を自宅へ誘い込んだ。最近カラオケ行ってないじゃないと気づいたので、今日はレイをカラオケに誘ってレイの美声を堪能して録音しようと思っていたのに……。レイの思わせぶりな態度に半ば呆れながら、引きずられるようにしながらレイの家に到着した。
「……くまたんではないです」玄関扉の鍵を開けながら、レイはボソリと言う。
「だったら何? またエロ本書いたの?」
「書いてませんから。も~すぐエロと結びつけようとする。……ささ、私の部屋に来てくださいな」
とてちて、と小走りでレイは私を導く。「お邪魔します」と言い、靴を揃えてレイの家に上がり込む。季節は冬。もう何度もレイの家に訪れたのに未だに緊張してしまう。慣れない。匂いとか、他人の雰囲気もあるけど、レイの家は基本的にレイ一人だから……。レイの両親は共働きで夜遅くにならないと帰ってこない。レイと一対一。二人きり。──何意識してるんだか、と最近笑い飛ばせない。
二階への階段を上り、レイの部屋に向かうといつの間にかレイは私の背後に立っていた。すっと視界が塞がれる。顔に指が触れ、寒風吹き荒れる外の気温が乗り移ったような冷たさに声が漏れそうになる。
「ちょっと何よ?」
「ふっふっふ、サクラを驚かせたくて。滅茶苦茶驚くから楽しみにしてね」
「ハードル上がったけど大丈夫? ってか指冷た」「サクラが暖かいんだよ。ね、扉開けて見てよ」「……はいはい」
レイの指の僅かな隙間からドアノブを探し当て、回した。ギィと音を鳴らして扉が開かれる。合わせて、レイの指がそっと離れた。
──夕日に照らされて、レイの部屋の中央に……小さな……これは……「炬燵」があった。
「じゃじゃーん! もう寒いからね、この前掛け布団を洗って、今日漸く我が部屋に実装されました!」
「……へ、へぇ」
「ね、ね……驚いた?」
レイは背後から私に抱きつき、ひょこっと右肘辺りから顔を覗かせ、私を見つめる。
「まぁ……うん」
「あれ、もしかしてサクラ、炬燵見たことない?」「あるに決まってるじゃない」……家具店とかで。あと、ドラマや漫画で見かけたこともあるけど、実際に部屋の中で堂々と設置されている姿を見たことは、無い。
「え、サクラ炬燵入ったことないの?」
レイは私の思考を読み取るように素っ頓狂な声を上げた。そんなに顔に出た? と驚きつつ、これ以上嘘ついても意味ないので「そうよ、ないわ」と潔く認める。
「なるほど、お貴族のお嬢様は我々ド平民と異なり、床に腰を据えたこと無し、と」
「だからお嬢様なんかじゃない。私の家は洋風っぽい作りだったから炬燵を広げるスペースが無いの。冬はストーブで事足りるし」
「サクラんち暖炉あるもんね」
「ねぇよ。あんな不安定でめんどうな暖房の管理なんて絶対無理」「そうなの?」「暖炉って薪代が結構かかって大変なの。一回温めるたびに薪を消費するのよ。薪をくべるのだって面倒くさいし」
「……ふんふん、何故知ってる?」
「知り合いの家に備え付けられていたから。ストーブの隣に」
「ふうん、自宅に暖炉を備えるお家ってなかなかの豪邸だよ。そんなお友達が居るなんて……。時々不安になる、私如き庶民がサクラのお友達でいいのかって……」
私の手首を掴むレイの指を外し、炬燵に近づいた。
……これが、炬燵。
レイの部屋に合わせてから、こぢんまりとした大きさで、水色のふんわりした掛け布団が敷かれ、その上にテーブルが乗っている。
「……大丈夫だよ、炬燵は襲ってこないから」
「そんな身構えてない」
「ま、でも一度人間を捉えたらなかなか離してくれないけどね。ふふっ、突っ立ってないで入っていいよ」
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
──実は私は、炬燵に憧れを抱いていた。
物心ついた頃から、炬燵に入ってぬくぬくと暖まる光景を羨ましいと思っていた。炬燵の上に置かれたミカンを美味しそうに口に放り込む姿もなんだかミカンが一段と美味しそうに思えて、炬燵に入る時は絶対にミカンを食べる、と密かに野望を抱いていた。
クッションに腰を下ろし、そっと掛け布団をめくる。
ついに、炬燵を体験できる。湧き上がる興奮を鎮めようと小さく息を吐く……と「ぷ……ふふっ……ひひひ」レイがベッドの上で笑いをこらえているのが視界の済に映る。
「何が可笑しいのよ」
「だって……サクラ、めっちゃ……もう……炬燵に入るのになんか……壮大なんだもん……初々しいリアクションですなぁ」
「いいじゃない、炬燵は初めてなの」
「サクラの初めて奪ってごめんね」すまん、と両手を合わせてなんか謝ってる。
いちいちツッコムのも面倒で、私はそっと足を差し込み、掛け布団を膝の上まで被せる──。
これが、
これが……待ち望んでいた炬燵の暖かさ──って、全然冷たいじゃない。もっと……なんというか、入ったらはぁ~とだらしないため息ついちゃうような温もりを期待していたのに、これじゃあ冷たい布団に潜り込むのと一緒……。
「……あ、ふふっひっひっひっひっひ」
「ちょっと、笑いすぎ」
「サクラ……ヤバイ、なんかもう触ってないのにサクラの気持ちわかっちゃいます。手を握らなくても、サクラの声が聴こえちゃう。嗚呼、もうすっごくワクワクしてたけど、炬燵が思っていたよりも暖かくなくてしょげてるって感じ取れるよ。はl~あの顔、カメラに収めておけばよかった」
「炬燵ってこんなものなの?」
私が不満げに訊くと、レイはベッドから転げ落ちた。のそのそと床を這うように進み、炬燵から伸びていたコードをコンセントに差し込んだ。そして炬燵に近づくと、掛け布団をめくり、カチッと何かスイッチを入れる。
途端にぼわっと脚に熱が広がった。掛け布団を捲ると中が黄色に光っている。
「スイッチを付けないと温まらないんだよ。知ってた?」
「──もちろん」
「……また知ったかするんだから。嗚呼、これならサクラが炬燵初めてって気づいてないフリしてさ、必死に知ったかぶりしながら炬燵に入る姿を楽しんでおけばよかった。放っておいたらこうして人の温度で温めるよね~とわけわかんないこと言いそうなのに」
「そこまで馬鹿じゃないし。でも……ホント、暖かくなってきたわ」
掛布団を持ち上げ、更に体を埋めると仄かな熱を感じる。これよ……私が求めていたのは、とワクワクする。けどあまり顔に出すと「サクラさん、早速炬燵に骨抜きにされとる」と誂われるので控えよう。
レイも炬燵に入ると、はぁ……とため息をついた。
冬に差し掛かり、連日寒い寒いとうるさいレイは度々私にくっついてくる。いや、もう毎日寄り添ってくるのだけど、冬は特に非道い気がする。レイは暖かい私に触れて満足だろうけど、私はそのたびにヒヤっと冷気が襲ってくるみたいで困る。まぁ、それすら慣れたけどね。
でも、こうして炬燵があると、レイは……炬燵で満足してしまうから、私に寄り添って来ないかも、と少し悲しくなる。季節──冬は寒くて、夏は暑くて、その間を春と秋と名付けているだけ……と今まで季節を強く意識することは無かった。好きとか嫌いとか考える余裕もね。だって毎日ピアノと向き合っていたから。季節について考える余裕は存在しなかった。けど、レイと出会い、冬はレイがひっついてくる頻度が高くなるので、私は冬を好むようになっていた。反対に夏はひっつかれても暑いので困るし、暑いからってレイが寄り添ってくる頻度が減るのも哀しい。
「……ねぇ」
「ん?」「ミカン無いの?」「──あるよ」「取ってきてよ」「一階にあるよ」「炬燵にミカンは基本でしょ?」「台所にダンボールあるから、その中におばあちゃんが送ってきたミカンがたんまり入ってる」
「……レイ、取ってきてよ」
「サクラが言い出したんでしょ」「だって人んちじゃない」「今更気にしなくてもいいじゃん」「炬燵に嵌って、出れない」「……じゃあ脱出させてあげる」
レイは微笑を浮かべた後、手を炬燵に突っ込んだ。何をする気? と思った瞬間、伸ばしていた足の裏にレイの指が触れる。ぞっとした時はもう遅くて、足首を掴まれ、足の裏を擽られた。
「あっ!? レイ……や、やめな……あははっ……ひ……離して!」
「じゃあミカン取りに行け」
「わかった……ははははっ……ひひ……じゃんけん、じゃんけんで決めましょう」
☆★☆★
//続く
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