第23話 激闘と二回のキス
「やーーっと見つけましたよーー!」
シナチクは病院なんてお構い無しに僕とエリル目掛けて爆破を起こした。その衝撃で窓から外に弾き出される。そこにアイリス二人が来て、タイミング良く空中で受け止めてくれた。
「ここで暴れるとーー後で怒られるからーー。はーーい!」
窓から飛び出して来たシナチクは、それぞれの立っている地面に、大きな黒い円を出す。そして避ける間も無くその闇へと落とされた。そして落ちた先は、シナミミに破壊されたアンの街だった。どうやらバラバラに落とされたみたいだ。アイリスはかなり遠くに見えた。エリルは少し遠くにシナチクと一緒にいる。
「ここーーならーー!騒いでも大丈夫だーーー!さっきねぇ、シナメから教えてもらってねぇ、風の女が弱ってるから殺せるって聞いてねぇー」
シナチクは倒れて動けないエリルの頭に手を置いた。その瞬間に僕は《癒しの眼差し》を使って正解だった。躊躇なくエリルの頭を爆破した。寸前で回復し続けたから何とか軽傷で済んではいるが、後何発も来たら持たない。そしてシナチクは思いっきりエリルを蹴飛ばした。ドスンと落ちる嫌な音。飛ばされた先は、走って来たアイリスの足元だった。アイリスの顔は、いつものおちゃらけた気配は微塵も感じない。それどころか戦慄さえ覚える表情だった。
「おい。お前か」
「何ですかーーー?」
「お前がやったのかって聞いてんだよ」
アイリスの言葉には、もはや容赦はない。両手の赤と青の炎が大きく燃え上がる。
「そうでしょーー!私がやったの見てたーーでしょー?馬鹿なのかなーー???」
ジリジリと歩き出すアイリス。その一歩毎に地面が燃えている。もうここまで熱が伝わる。
「あぁ馬鹿だよ。馬鹿だし頭悪いし空気読めない。でもなぁ。仲間が危険に犯されてて感情が揺さぶられねぇほど馬鹿じゃ、ねぇ!」
アイリスの身体に炎が纏わり付く。そして青い炎を空中に飛ばす。すると大きな鉄格子のような形になり、シナチクとアイリスがいる場所に落ちた。高さ含めて五十メートル四方はありそうな大きな鉄格子は、僕達二人を巻き込まないために作られた物だった。
「アイリス!」
「大丈夫だよビン。私は凄い冷静。こんな奴、灰も残らないように燃やしきるから」
「あははーー!あなた達邪魔なんだよねーー。何かこそこそやってるんでしょー?だからこのチャンスに潰しておかないとーー!」
シナチクが仮面を外す。するとアイリスは拳を握る。炎の勢いが増し、紫色に変化した。
「その顔、思い出す度に怒りが湧いてくるんだよ。ここで仲間の仇、取らせてもらうよ」
アイリスが近付くと、シナチクは服の中から記憶カプセルを取り出した。それを飲み込む。
「僕が何も準備してないとでもーー?」
シナチクの身体から水滴が垂れる。そして炎の檻を素手で掴んだ。すると握った部分が崩れ落ちる。
「やっばりねーー!水には凄く弱いんだーー」
どうやら水を扱う超常種の記憶を取り入れたらしい。アイリスは檻から出ようとするシナチクに紫色の炎のムチを飛ばす。ヒラリと避けられるが、ムチは方向を変えシナチクを巻き付ける。そして鉄格子の中に引きずり込む。
「んー!流石は古来種ーー!厄介だーけーど。痛みはさほど無いなーー!僕の《爆弾魔》と合わせてーー『水爆』ーー!」
身体から出た水が勢い良く爆破し、鋭利な水の破片が飛んでくる。しかし檻もアイリスも、触れた瞬間に全て蒸発させた。今度はアイリスが三人になり、一気に距離を詰める。右左前からの同時の炎の拳を、シナチクは爆破の勢いで後ろに避ける。
「『影武者』」
真後ろから強烈な炎が上がる。しかしシナチクは片手を後ろに回していた。同時に爆破を使い致命傷を避けている。この男、戦い慣れしているんだ。
「今のはーー!効いたなーー!《水増し》の力は慣れてないからあんま意味ないなーー」
「よそ見すんな馬鹿」
影武者の後ろにもう一人、数十本の炎の矢を持ったアイリスがいた。体勢を整えて構えるシナチク。しかしアイリスは真上に矢を放つ。
「どこにーー、投げてんのかなーーー!」
「これで良いんだよ」
口無しの男は二人のアイリスに足を掴まれていた。そして前方にいるアイリス二人が腹と顔を目掛けて殴りかかる。しかしシナチクは身体全体を爆発させて防ぐ。吹き飛ばさせるアイリス達。煙が上がった中、もう一人のアイリスが真後ろから蹴りを入れると、よろけたシナチクの元に、先程投げた矢が向かって来た。
「『小雨』、避けられないから」
全ての矢がシナチクの手足に刺さる。それは地面すら貫通して、地べたに張り付いたシナチクを動かなくさせた。アイリスは拳から炎を消して、素手でシナチクの顔を殴った。
「これはミゲルの分。これはサンチェの分。これはタレスの分。そしてこれは、エリルの分」
昔の仲間の仇を素手で入れているんだ。炎は纏わず、その人の拳として。殴り終えると、アイリスは危険を察知して飛び退く。その瞬間盛大にシナチクの身体が爆発する。その勢いで檻は吹き飛んだ。埃煙で広範囲が覆われる。その中から僕に向かってシナチクが攻撃を仕掛けて来た。しかしムチが身体に巻き付き、煙の中に引き戻される。その僅か二秒後、エリルと僕は小さめの青い檻の中にいた。今度は個別に守ってくれている。確かにシナチクは戦い慣れているが、アイリスも相当場数を踏んでいる。どちらの動きも目で追うのが精一杯だった。
「いやー!強いねーーー!楽しいねーー。次はーー!」
シナチクは身体から溢れ出す水を掌に集中させて、自身の身体より大きい水の球体を作った。それをアイリスに向かって投げる。
「そんな物、当たるわけないじゃん」
アイリスが避けたその時、球体は中から爆発した。そしてその水がエリルに向けて飛んで行く。檻が崩れ落ち、びしょ濡れのエリルの前にはシナチクが立っていた。
「お前、最初からそのつもりで」
アイリスはすぐに気付きシナチクの背後を獲る。足でエリルを踏み潰そうとする瞬間。大きな血飛沫が上がる。
「くそっ…」
そこには白装束の中から背中を突き破った隠しナイフが、アイリスの腹に刺さっていた。そのナイフは水で滴っており、アイリスの炎を貫通していた。倒れ込むアイリスに、すぐさま《癒しの眼差し》を使う。
「間に合ってくれ」
シナチクはエリルを踏み付ける。何度も、何度も。
「はーーーー!古来種相手に勝つって気持ちいーー!所詮子供だしねーーー。余裕だわーー」
「エリルから離れろーーー!」
僕は檻の中から叫ぶが、聞こえてすらいないのだろう。気にせず踏み続けている。しかしその時、アイリスが倒れたままシナチクの足を握る。掴んだその手には、真っ黒な炎が灯っていた。
「あれーー?まだ生きてるのーー?だけど虫の息だよねーーー!」
口が無いのに聞こえる甲高い笑い声は、心底腹立たしい。
「その…汚い、足で、エリルを踏む、な」
アイリスが言葉を発した瞬間、一瞬シナチクが燃え尽きる映像が脳裏を過った。奴も同じだったのだろう。すぐに飛び退き距離を空ける。ゆっくりと立ち上がるアイリスは、腹の傷を炎で焼いて塞いだ。身体から流れ出る黒い炎の揺らめきは、普通の炎と違い下の方へと向かっている。
「『黒煙』」
アイリスが言葉を発すると、一瞬で黒い炎が一帯を包みこんだ。熱くはない。しかし身体がとても重く感じる。重力が急に倍になった感じだ。前は炎の熱で蜃気楼のように見え辛いので、《千里眼》で見下ろした。
「『黒故障』」
動きの遅くなったシナチクの眼前にアイリスが現れる。そして息する間も無く、突きと蹴りが繰り出される。シナチクは爆破で反撃しようも、爆発は下に向かってしか打てていない。その隙に真上へ転じたアイリスは、強烈な一撃を首筋に入れる。そして五人に増え、それぞれが持った数十本の黒い炎の矢を宙に放った。
「『豪雨』。まずは一人。みんな。仇は取ったからね」
無数の矢がシナチクに向かって放たれる。その全てが身体中に刺さり、完全に動けなくなった。そして黒煙が引いていく。
「くそーー!!」
まだ意識のあるシナチクは、先程のように爆発で矢を抜こうとするが、ピクリとも動かない。
「無駄だよ。黒い炎は地獄へ燃え下がるから」
アイリスは最後に、思いっ切り腹を殴る。そしてシナチクは、もう二度と目を覚ます事は無かった。
僕は炎の檻が消えるとすぐに、アイリスの所へ走った。ふらっと体勢を崩すアイリスを抱える。
「あはは。あんま見られたくないとこ見られちゃったなー」
「とにかく無事で良かったよ。ありがとう、アイリス」
「ちょっと怖かったでしょ?黒い炎なんて乙女っぽくないもんね」
「どうだって良いさ。どっちもアイリスでしょ」
「あはは。ビンのそういうとこ好きなんだよ」
アイリスは力の入らない腕を、僕の首に回した。
「ねぇ。頑張ったからご褒美ちょうだい」
「何が良いの?何でも言って」
「あのね。キス、して欲しい」
僕は明らかに動揺した。初め言われたし、こんな時素直にした方が良いのか?分からない。でもこんな状況でお願いされてるし。と頭の中をぐるぐるさせていると、倒れていたエリルが目を覚ました。
「ゴホッ。…あれ。ここは何処かしら」
その瞬間、アイリスは溜息をついた。
「もぉ。ビンのいくじなし」
エリルが僕達を見付けたその瞬間。アイリスは僕の唇に無理矢理キスをした。
「これで家族公認になれるかな?」
そのままアイリスは気を失った。彼女を抱えている僕は僕で、意識を失いそうになった。エリルの目が痛い。そう思ってエリルの方を見ると、彼女は柔らかい顔を見せた。その顔はまるで、母親のような愛を感じるものだった。
しばらく三人は、荒れ果てた大地の上で休んだ。アイリスに《癒しの眼差し》を使い続け、だいぶ回復が見られた。その間にエリルへ状況を説明した。シナチクの狡猾さ、アイリスの本気の強さ、そしてキスのお願いの事も。
「アイリス、みんなのために戦ってくれたのね。ありがとう」
エリルは横たわるアイリスの髪を撫でながらお礼を言った。そして僕に向かってこう言った。
「私ね、ずっとビンに恋人が出来たら良いなって思ってた。ずっと私のために時間を使わせてしまっている。折角お年頃なのにね。だから、アイリスの気持ちがとても嬉しいの。この子は癖とかであなたに抱きついてるわけじゃないわ。いつも決まってビンに向かっていくのよ。それは家族としてではなく、一人の女性としてね」
「そんな事、本人に聞かなきゃ分からないじゃないか」
「見てれば分かるわよ。ちなみにキャンネルはもちろんただの癖よ」
笑いながら話すエリルは、本当にとても嬉しそうだった。エリルの意外な返答に少し戸惑ったが、今は一刻も早く二人の体調を戻す事が優先だった。
結局疲れて朝が来るまでみんな眠ってしまった。一晩寝て、アイリスもエリルも随分元気になった。
「いやー!ビックリしたね!私もう死ぬかと思ったよ!」
アイリスはすっかり元の調子に戻っていた。しかし僕は照れてアイリスの顔が見れなかったから、目を逸らしながら言った。
「昨日はありがとう。格好良かったよ。その…キスには驚いたけど」
アイリスは普段通りに抱きついて来た。
「わー!ビンに褒められたー!…って、キス?」
何の事?と言わんばかりのハテナを頭上に浮かべるアイリス。聞くと、その事は覚えてないらしい。
「えーー!私ビンにチューしてって言ったの!?やだ、恥ずかしいよ!」
急に照れるアイリス。人の記憶は不思議だ。無意識と言うのだろうか。自分でも分からない事がたくさんあるのは事実である。しかし僕は、とりあえず安心したんだ。また時が来るまで、この気持ちは取っておきたい。
「だよね。アイリスがそんな事言うはずないもんね」
するとアイリスは改めて抱きついてキスをした。
「何で?私ビンの事好きだよ?」
「ちょっと、エリルが見てるってば」
「えー!だって一回見られてるんでしょ?二人だけが覚えてるなんてズルいもん!」
「でも、その。付き合うとかはまだ良く分かんなくて」
「良いよ。私はビンが好きなの!それだけで良いんだよ!」
「弟に春が来たわ。天国のお父さんお母さんに報告ね」
「ちょっとエリル!」
僕はあたふたしながらも、エリルが笑いながら両親の話をしている事に安堵した。もう自分の中で乗り越え始めているんだ。良かった。
そうして話を有耶無耶にしながら、僕達はエリルの風で病院まで戻った。そしてロビーに到着すると、キャンネルさんがぷんぷんしていた。
「あ!ぷんぷん!」
実際にはぷんぷん言っていた。どうやら何の連絡も無しに放っておかれた事にぷんぷんしているようだ。
「ごめんなさいキャンネルさん。実は…」
事の転末を話すと、ならしょうがないわねん、と落ち着いてくれた。そしてキャンネルさんは、ニヤニヤしながらポケットに手を入れた。
「みんなが頑張ってくれてる間にねん。私もとっても頑張りましたわん。ほら」
ポケットから取り出したのは、一つの記憶カプセルだった。
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