第24話 アイリスの葛藤

「はいはーい!そのカプセルはもしかしてエリルの?」

「んー、残念。でもねん、これは何と超常種よん」

「凄い!何処で見付けたんですか?」

「アイリスちゃんと別行動してる時に、たまたま裏取引の現場に遭遇しちゃったのよん。そして途中、お金を用意していた方がトイレに行ったのねん。その時に《覆面》で変身したのん」

「それだと服装が違うからバレないかしら?」

「そうなのよん。だから声だけの出演をしたの。おそらく大金の入った鍵付きのアタッシュケース。それを利用してみたのん。『その中には実は爆弾が入ってる!爆破されたく無ければすぐにカプセルをこっちに投げな!』ってねん」

 キャンネルさんは得意気にカプセルを見せた。

「まさかこんなにもあっさり引っかかるとは思わなかったけど、結果オーライねん」

「それで、中身は何なのかしら?」

「それはもちろん、分からないわん」

「ですよね。そのカプセルどうしましょう?」

 キャンネルさんは迷っている。中身の分からない得体の知れない能力を誰が手にするのか。超常種であればハズレは無いと思うが、果たして使える物なのだろうか。するとアイリスが納得のいく答えを出した。

「はいはーい!だったら見付けたキャンネルが飲めば良いと思うよ?」

「それもそうね。もしかしたら戦闘向きの物かも知れないし」

「あら、良いのかしらん。じゃあ遠慮なくいただくわん」

 持っていた水で迷わず飲み込んだ。しばらくするとキャンネルさんは良い笑顔を見せた。

「これは、当たりよん」

「何何??」

「そうねん。アイリスちゃん、ここに立っててねん。そして…」

 キャンネルさんは飲み干した紙コップを少し離れた床に置いた。周りに人の目線がない事を確認してから、意識を紙コップに向けた。すると一瞬で、アイリスと紙コップの位置が入れ替わった。

「わー!凄い凄ーい!ビュンッってなったー!」

 アイリスは大喜びで騒いでいるが、僕とエリルは息を飲んだ。

「どうかしらん。《交換所》って言うみたいよん」

 間違いない。これはエリルの母親の力だ。何故ここに。母親は目の前で殺されている。その記憶は抜き出す事は不可能だったはず。僕はエリルの方を見た。

「そうね。みんなにも知ってもらってた方が良いわ」

 エリルは下水道で手に入れた二番の記憶の内容を語った。アイリスは驚いているが、キャンネルさんは納得をしているようだ。

「なるほどねん。実は私、《闇の使い魔》について考えてみたのよん。闇と言うくらいだから、たぶん真っ暗なイメージよねん。そして前にエリルが拐われた時アイリスちゃんから聞いた黒い穴があるでしょ?」

「ええ。あのワープする黒い穴ね」

「そう。あれはきっと、シナオカの力だと思うのん。闇に引き込まれていくのはまるで」

 エリルは目を見開く。何かに勘付いたようだった。

「そうか。吸収したのね」

「はいはーい!例の如く私分かってないよー?」

「説明するわ。《闇の使い魔》の性質は恐らく吸収と発散。その力により、記憶を抜き出した。と言う事は」

「そうなのよん。記憶の抽出の技術は、《闇の使い魔》が発端だと思うわん」

 そう言う事か。《闇の使い魔》の力は記憶を吸い取る事が出来る。そしてそれを与える事も出来る。その仕組みを誰かが応用して、記憶カプセルが産み出されたんだ。

「だとしたらシナオカは…」

「そうね。複数の能力を併せ持っている。しかもその範囲は到底想定出来ないわ」

「んー!色んな力使う人って事?」

「そう言う事ねん。古来種だけでも厄介なのに、追い討ちをかけるようねん」

 忘れてはいけないが、人外化計画は残り日数僅かだ。このままだとシナオカを見付け出したとしても、止められないかも知れない。

「あのさ、まずは飲み水を製造している場所を何とか止める事を優先にした方が良いかも知れないよね」

「待って、ビン。今の話だと吸収した物を発散、つまり誰かに移す事も可能かも知れないわ。そうなると奴が直接手を下す可能性が高い。やっぱりシナオカを倒す道が一番理に適っていると思うの」

「でもどうすれば…」

 病院のロビーで悩み込む三人。でもアイリスは悩む事なく次の行動を示す。

「はいはーい!とりあえず最後のお父さんの記憶を探そうよ!何かヒントがあるかも!」

「確かに!そうしようよエリル」

「そうね。まずは行動あるのみ。もう時間が惜しいわ」

 こうして僕達は最後のキーメモリーのある、ジャームの街へと向かう事にした。


 ジャームは中心部ブレッドとほとんど変わらない現代風の街並みだった。縦並ぶビルに整備された道路。車の交通量がとても多い。目的地まで向かうため、タクシー乗り場で待っていると、すぐ隣で信号を待っている少女が目に付いた。

 視線がほとんど隠れているであろう大きな紙袋を抱えていたからだ。青いショートカットは綺麗に整えられて、服装もまるでお嬢様のようなドレスを着ている。歳はアイリスくらいだろうか。これは目立つ。

 信号が青になり彼女は歩き出す、しかし車が信号を無視して突っ込んで来るのが見えた。思わずすぐに腕を引っ張る。すると少女は勢いで紙袋を放り投げてしまった。僕は引っ張った勢いで、青髪の少女を後ろから抱きしめてしまった。その状況にも驚いたが、隣にいた銀髪のタキシードを着たお爺さんが空中に飛び、紙袋から飛び出した果物やらを全てキャッチし、向こうの信号の辺りで着地した事にも驚いた。

「ちょっと、急になるするのよ!変態!痴漢!」

 青髪の少女が僕の腕から離れて睨み付ける。その瞳は深い青で、何とも神妙な奥深さがあった。

「ビン!私って人がいながら他の女に手を出すなんて!チューまでした仲なのに!!」

「あらん、アイリスちゃんはビンちゃんとチューしたのねん。お姉さん先越されちゃったわん。じゃあ私も」

 僕は前方から罵られ、アイリスに抱きつかれ、キャンネルさんのキスを阻止した。

「僕はただ助けただけだよ。車に轢かれそうだったから。そしてキャンネルさん、何でキスするのに脱ごうとしてるんですか!」

 破茶滅茶な状況に、呆れ顔のエリルが仲裁に入った。

「あのね、お嬢さん。この子は車に轢かれそうなとこを助けてくれた人よ。その態度は無いんじゃないかしら」

 すると負けん気の強いその少女は、大袈裟に言い返してきた。

「私に触って良いって誰が許可したのよ!それに私は助けてなんて一言も言ってないわ。あんなのすぐに避けられるわよ!」

 売り言葉に買い言葉が続きそうな雰囲気の中、さっきのお爺さんがまた一飛びでこちらにやって来た。

「これは大変失礼いたしました。危ないところを救っていただき感謝の言葉もございません。姫のご無礼をお許し下さい。さ、姫。もう参りましょう」

「分かってるわ。こんな所さっさと出ましょう。次が待ってるんだから。行くわよ、爺」

 捨て台詞を残し、彼女は優雅にドレスを翻してスタスタと行ってしまった。爺と呼ばれるその人も、深く一礼をしてから、大荷物を抱えて行ってしまった。

「姫なのか」

「姫なのねん」

「私姫って初めて見たよ」

「何だったのかしら」

 呆気に取られた四人は、タクシーのクラクション音で我に返った。

「姉ちゃん達、乗るのか?乗らないのか?」

「すいません、乗ります!」


 目的地に着き、最後のキーメモリーがある場所へやってきた。神を祀る修道館の庭の大きな木の下。そこを掘り返すと小さな鉄の箱が出てくる、はずだった。しかしそこで問題が発生した。

「無いわ」

 そこには既に掘り返した跡があり、空の鉄の箱だけ残されていてカプセルは消えていた。

「こんな事って。何でなの」

 エリルは動揺している。だが形跡からして誰かが取り出したに決まっている。するとまるで見計らったように、白装束の女が木の裏から出てきた。仮面はしていない。そこに居たのは目の無い女、シナメだった。

 全員戦闘体勢に入る。しかしゆっくりこちらへ向かって来るシナメからは、殺意や戦意など一切感じられなかった。そして膝を付き、頭を下げた。

「お願いです。シナオカを殺して下さい」

 僕達は一瞬何を言っているか分からなかった。アイリスが前に出て大声を出す。

「私は仲間の仇を取るためにここへ来たんだ!お前で最後なんだよ!なのに何で…」

 その拳は強く握られ、行く当ての無い思いが彷徨っていた。それは多くの戦いを経験してるであろうアイリスだからこそ、相手の敵意の無さに感情の行き場を失っていたからだ。

「お前のせいで仲間達は…」

「覚えております。今弁解したところであなたの気持ちを、あなたの仲間を元に戻す事は出来ません。本当に申し訳ありません」

「だったら何で!?」

「あなた達にどうしても頼みたい事があるのです」

「罠、って事は無さそうねん。まるで嘘を付いてる感じがしないわん」

「はい。誓ってこれから話す事に嘘偽りはございません」

 エリルはアイリスの肩に手を置く。

「アイリス、今は聞きましょう。この状況で仇を打っても後悔が残ると思うの」

「でも、だって。エリルだってこいつに、お父さんを人外化させられたんだよ!?悔しくないの?恨めしくないの?殺してやりたいと思わないの?!」

 アイリスは拳を握りながら何とか自分を抑えていた。その焦燥感と怒りとが相まって、心が揺らいでいる。

「もちろん悔しいし、恨んでもいる。でももう良いの。お父さんは私の中にいる。それが今は一番大切だと思っている。アイリスの中にも、仲間がまだ居るでしょ」

「いるよ!いるけど、そんなんじゃないんだよ。私そんなにすぐ、許せないよ」

 アイリスはエリルの手を退かし、泣き叫んだ。

「大好きな仲間だったの!大切な仲間だったの!私にとっては家族のようだったの。それを奪った奴が目の前にいるのに、何で我慢しなきゃいけないの?」

 アイリスはその場にしゃがみこんでしまった。大粒の涙が土に染み込んでいく。エリルは同じくしゃがみこんで、アイリスの肩に手を置いた。

「あなたは強い。仲間のために命を賭している。本当に凄いと思うわ。でもねアイリス。仲間はあなたにどうなって欲しいと思うかしら。もちろん仇を取って欲しいという気持ちもある。でも一番は、あなたに幸せになって欲しいと願っているはずよ。復讐が悪いとは言わない。ただ今となっては、それ以上にあなたが手にするべきものがあると思うの」

「じゃあ、私はどうすれば、どうしたら良いの」

 塞ぎ込むアイリスに、シナメが話しかけた。

「もしお話を最後まで聞いていただけたら、答えの是非は問わず、あなたにこの命を差し出します。都合の良い事を言っているのは承知の事です。どうかお話を」

「そんなのいらないよ!私はお前の命が欲しいんじゃないの!私が欲しいのは仲間の願いを叶えて…」

 ふとアイリスは何かに気付いたのか、立ち上がり空を見上げた。

「私、仲間の事、何も考えて無かったのかも。私が勝手に、私が復讐したいからしてた事なの?」

 アイリスは木まで歩き背を預けた。そして力無く座り身体を丸める。

「もう分かんなくなっちゃった」

 アイリスの前にエリルは座った。そして手を握り思いを伝える。

「あなたの仲間は確かにもういないわ。私のお父さんとお母さんも同じ。家族を失う気持ちは痛いほど分かるの。だからね、アイリス。私と本当の家族になろうよ。あなたは私が守る。あなたも私を守って。お互い支え合うの。これからもずっと」

「私はエリルの事、もう家族だと思ってるもん。ビンだってキャンネルだって同じ。私だって本当は復讐なんてしたくなかった。ただ仲間との時間を奪われたのが悔しかったんだもん」

 エリルは日々自分と向き合っているんだ。初めは復讐から始まった。そして父の記憶を受け継ぎ、復讐よりも大きな目的を見付けたんだ。それをアイリスにも伝えたかった。同じ境遇の、同じ世界の住人として。今までをどうするかより、これからをどうするかに目を向ける事は、決して楽な事じゃない。それでも自分が報われるには、救われるには、幸せになるには、これからを変えるしかないんだ。

「分かった。話すなら話して良いよ。とりあえず聞くだけだからね」

 アイリスの中では大きく何かが変わったのかも知れない。しかしその心を知るのは、もちろんアイリスだけだった。

「ありがとうございます。慈悲深きご配慮に感謝を」

「良いから話してよ」

「はい。既にみなさまならご存知とは思いますが、シナオカは《闇の使い魔》のメモライザーです。そして私は、彼の妻です」

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