第21話 作戦はこうだった

 チャンスは一度きり。速さではエリルが有利。これしかない。次にあの技を使ったタイミングを見逃すな。アイリスとエリルは未だに激闘を繰り返す。お互いに身体はボロボロ。若干動きが遅くなり始めていた。そしてエリルが構える。

「『風爆円陣』!」

「今だ!」

 アイリスの視界が爆風で遮られる。しかし決定打を与えられてはいない。アイリスは目の前のエリルに向かって、手に纏った炎を打ち付けようとした。エリルの眼前に炎が当たるか当たらないかの瞬間、シナミミの首が飛んだ。

 放物線を描き地面に落ちる首。それと同時にアイリスは糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる。アイリスが倒れてエリルの視界が広がる。色黒の大男の首を切っていたのは、間違いなくエリルだった。


「やった!」

 僕はすぐにエリルの心の中から出ようとした。すると小さなエリルが僕の袖を引っ張る。

「もー、行っちゃうの?」

「あぁ、僕の役目は終わったんだ」

「また来てくれる?」

「もちろん、いつだって君の側にいるよ」

「分かった。約束だよ。私を一人にしないでね」

「うん。約束するよ」

 僕は指切りをして、自分の意識へと戻った。


「アイリス、アイリス大丈夫か!」

 僕は目を覚ましてすぐにアイリスの所へ走った。《癒しの眼差し》で応急処置をする。その横でエリルが力を使い果たして倒れる。キャンネルさんも腰が抜けて立ち上がれないようだ。その時僕は気付いたんだ。さっきまでずっと能力を使い分けていた事に。

「今なら出来そうだ。『守護霊』」

 僕は目を閉じた。そしてアイリスの視点からさらに分岐して三人を同時に見る。出来た。《千里眼》の新しい使い道がまた増えた。でも今はそれどころじゃない。三人を早く治療しないと。僕はひたすらに《癒しの眼差し》を送り続けた。


「ビン、ビン起きて!」

「しっかりしてビン」

「ビンちゃん、早く起きないとお姉さん色々奪っちゃうわよん」

 目を覚ますとそこには三人の顔があった。どうやら気絶していたみたいだ。目が開くとすぐにアイリスが抱きついてきた。

「ビン、ごめんね。私のせいでみんなを傷付けちゃった。ごめんなさい」

 アイリスは涙を流している。そしてとても悔しそうな顔をしていた。

「あなたのせいじゃないわ、アイリス。何も悔やむ事はないの」

 エリルはアイリスの頭を撫でている。僕は身体を動かそうとするが、ピクリとも動かなかった。

「無理しちゃ駄目よん。今はゆっくりお休みなさい」

 声も出そうとしたけど、唇さえ動かない。ただぼーっとする事しか出来なかった。その後の記憶は無かったが、薄っすらと心地良い風に揺られている気分だった。とにかくみんな、無事で良かった。


「でも良かったわねん。みんな命に別状は無くて。それじゃ私は買い物に行ってくるわねん」

「あー!私も外に出るのー!」

「駄目よアイリスちゃん。それじゃ歩けないでしょ。今はゆっくり身体を休めてねん」

「そうよアイリス。買い物なら私が行くから」

「エリルちゃんも駄目よん。買い物は私が行ってくるわん」

 騒がしい声に目を開けると、見知らぬ天井が映った。僕は病院のベッドに横たわっていた。点滴の針が腕に刺されている。

「あー!ビンが起きたー!おはよう!」

 身体を起こそうとしたが、まだ少しふらつくようだ。

「ビンちゃん駄目よん。そのままで良いから」

「みんな、生きてる。良かった」

 僕はほっとして泣きそうになる。どうやら僕は力の使い過ぎで倒れてしまったらしい。アイリスは左腕と右脚の複雑骨折。エリルは極度の疲労によって衰弱していた。二人とも同じ部屋のベッドに横たわっている。キャンネルさんは既にピンピンしていた。

「みんなごめんね。あんな事して」

「本当よ。私が気付かなかったらどうしてたのよ」

「そうよねん。エリルちゃんが気付いてなかったら、私は今頃天国にいたわねん」

「ごめんね。でもエリルは気付いてくれた。キャンネルさんは信じてくれた。ありがとう」

「はいはーい!やっぱり私だけ話に付いていけてないよー!放っておかないでー!」

「そうだよね。実はあの時…」

 僕はあの瞬間の行動をアイリスに説明した。操られたアイリスは既に意識は無く、エリルを見た瞬間に襲いかかるようになっていた。エリルの攻撃で目が眩んだアイリスが次に見たエリルは、実は《覆面》によって変装したキャンネルさんだった。そして目を開けたアイリスは案の定キャンネルさん目掛けて攻撃する。それを見たエリルは、この勝機を逃せない事を瞬時に理解してくれた。そしてアイリスがキャンネルさんを攻撃するよりも速く、油断しきっていたシナミミを討ち取った。

「と言う訳なんだ」

「ひゃー!危機一髪だ!凄いよ!ビンもエリルもキャンネルも!」

「そうねん。私ちょっと漏らしちゃったものん」

「やめてよキャンネル、そんな話」

「あははー!お漏らしキャンネルだ!」

 僕達がいつも通りに茶化しあっていると、病室のドアが開いた。そこに居たのはノップルさんだった。

「皆様、よくぞご無事で。ほれ、お前も早く来んかい」

 続けて入って来たのはノッシュだ。ノッシュは何も言わずにエリルの所まで行き、ポケットから透明な袋を取り出した。

「これ。約束したやつ。まさか本当にやっつけるなんて思わなかった。その、ありがとう」

 すかさずノップルさんの鉄槌が下る。

「こらノッシュ。ありがとうございますだ。何だその言い方は。申し訳ありません。後で良く聞かせますので。では我々はここで」

「あ、ノップルさん。私あなたに聞きたい事が」

「いえいえ。そんな必要ありませんよ。あなたの欲しい答えはそのカプセルの中にある」

「何でこのカプセルの事を?」

 ノップルさんは窓の外に目をやり、ゆっくりと話し出す。

「それはエビンから直接渡された物です。数ヶ月前じゃった。これを大切に守っていて欲しい。いずれ俺の子が取りにくる。それまで持っていて欲しい、と。深くは聞きますまい。奴の目は本気じゃった。良い父親を持ったな。そして改めて、ありがとうございました」

 そう言って深々とお辞儀をして病室を去って行った。小さなテーブルの上に、冷たい麦茶の入った瓶を残して。


「じゃあ、飲むわよ」

 僕達は念のため、最大の警戒を払った。この前の事があったから、後にしようと提案したが、エリルは大丈夫だと言う。一応何かあればアイリスの青い炎で捕獲する準備は出来ている。麦茶でカプセルを流し込む。…良かった。暴れる様子は無い。しかしエリルの頬には、一筋の涙が流れた。

「そっか。そうだよね。お父さん、お疲れ様。後は私に任せて。ゆっくり休んでね」

 しばらく天井を見ながらぼーっとするエリルは、とても憂いているようにも見えるが、何より楽しんでいる。噛み締めている。今までの時間を取り戻すように、ゆっくりと時間をかけて、記憶を追っているんだ。僕達はただただ静かにエリルを見守った。時間にしたら十五分ほどだっただろうか。僕はもちろんだが、他の二人もきっとあっと言う間に感じただろう。

「あ、ごめんなさい。私ったらぼーっとしてて」

「良いんだよ。短いくらいさ。どうだった?」

「うん。またたくさんのお父さんと出会えたわ。五年から十年前のお父さんの記憶。結構ね、おっちょこちょいな人なの。後は周りの人にとても愛されていたわ。凄く誇らしい。何よりいつも私の事を思ってくれている。嬉しい。とても嬉しい。…そしてね」

 エリルは涙を拭い、瞳を大きくした。

「お父さんの目的、つまり阻止すべきホヤニス協会の計画が分かったわ。身体が回復したら、すぐにでも向かいたい。だから」

「あらやだん。またお願いするの?もうその先は、この前に言ってるはずよん」

「そうだったわね。…身体が治ったら、すぐにみんなで向かいましょう」

「はいはーい!」

「もちろんよねん」

「あぁ」


 次の目的地に向かうまで、まずは休養することとなる。アイリスは全治一ヶ月の怪我を一週間で治した。一体どういう身体能力なのだろうか。そしてキャンネルさんは一緒のベッドに入って寝ようとする。確かに約束はしたが、何回もベッドに潜り込む。そしてその度に看護師さんに摘み出されていた。エリルも元気になり、結局十日間という短い時間で全員完治した。

 そして大きな苦難を乗り越えた僕達は、これからさらなる大きな壁を乗り越える事になるのだった。

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