第20話 古来種vs古来種
その日はアンの街で一日中情報を集めた。街行く人に尋ね、店や宿に聞き回り、いくつかの情報を得た。
「つまり、シナミミは音を扱う超常種を持ってるみたいね」
「いっつも楽器を身に付けてるんだって!後ね、色黒!」
「ミュージシャンって言ってたわよねん。ギターとかかしらん」
「後はとても筋肉質らしいよ」
「大丈夫よん、ビンちゃん。私筋肉モリモリよりあなたくらいがタイプだわん」
「キャンネルさん、胸元閉めて下さい」
集まった情報はこれだけだった。楽器を持った筋肉質で色黒の耳がない男を探すため、僕達は再度屋敷の奥へと向かった。屋敷の中に入ると、ノップルさんが麦茶を飲んでいた。今日は眼鏡をかけている。
「エリルさん。孫のわがままを聞いて下さりありがとうございます。あの子が話を持ち掛けた時、正直に言うと嬉しかったんです。やっとこの時が来たのかと。孫の手前あんな事を言いましたが、本当はこの街を助けて欲しかったんです」
「ノップルさん。こちらこそノッシュの気持ちを考えずに、欲しい物ばかりに気を取られていました。すいません」
「はいはーい!お爺さんはシナミミが何処にいるか知ってますかー?」
「知ってるとも。あそこじゃよ」
しわくちゃの指が差したのは、荒れ果てた何も無い地平線だった。
「どういう事でしょうか?」
「行ってみれば分かる。ただくれぐれも、命だけは大切になさって下さい。諦めるのも、また勇気です」
僕達はノップルさんに行って来ます、と残して崖の前に立つ。その時ノップルさんはエリルを呼び止めた。
「あなたさん、エビンの娘さんじゃろ」
「何でそれを!?お父さんの事を知っているのですか?」
「知ってるとも。昔同じ研究室で働いておった。あの子はいつも前向きじゃったよ。どんな事も諦めんかった。だがそのせいで命以上に大切な物を失いかけた。それを本当に、本当に紙一重であなたが救いに来た。ちゃんと奴の言う通りになったわい」
「お父さんは何て?あの人はどんな人だったんですか?もっと知りたいんです。お父さんの事を」
「そう焦るでない。奴は常日頃から言っておったわい。エリルはこの世界を救う、あいつは俺の娘だから、とな。その話をする顔は嬉しそうじゃった。…時は既に動き出したんじゃよ。いずれ全てを知る事になる。その時までに、もっと強くなるんじゃよ」
「今じゃ、ないんですね。分かりました。ありがとうございます」
「あぁ、それと」
エリルが振り返るとノップルさんは口を継んだ。
「いや、何でもない。帰ってきたら美味しい麦茶をご用意しますよ」
「ありがとうございます。『風鈴』」
「わー!私これ好きー!」
僕達は風に乗り、地平線へと真っ直ぐに進んだ。
猛スピードで風を切って五分くらい経った頃、異様な雰囲気を察知したエリルは急停止した。
「誰かいるわ」
崩れた民家の影に隠れて様子を伺うと、タンタンタンと何かを叩く音が聞こえる。その音の方向には、真っ黒な身体で上半身裸の耳無し男が立っていた。僕達は小声で感想を述べ合う。
「イメージと違うわん」
「私も!」
「ちょっと意外ね」
「何だよあれ、デタラメだよ」
数百メートル先に居た男は、間違いなく情報にマッチする。この距離からでも身体の大きさがハッキリと分かる、恐らく三メートルはあろう身長。筋骨隆々でスキンヘッド。楽譜を前にしてカスタネットを叩く大男だった。
「あぁ、何でこんな事になってしまったのだ。こんなにも頑張っているのに、全然上手くならない。あぁ、音楽とは非常に奥深い」
四人ともゾッとし、身構えた。かなりの距離から見ている。それなのに普通に会話しているかの様な声が聞こえた。周りには誰もいない。
「もしかしてあの男が話しているのが聞こえたのかしら」
「そうだよ。折角一人で練習してたのに邪魔しないでくれるかなぁ」
またも全員身構える。位置がバレてる?この距離で?
「テレパシーかしらん」
「違うよ。話してあげるから、もうそろそろこっち来なよ」
僕達は恐る恐る近付いた。風で進んでも良かったが、未知の力に警戒が怠れなかった。一歩一歩、時間をかけて進む。その間もカスタネットの音が不気味に鳴り響く。そして進む度に大きくなるシナミミ。緊張で手に汗を握る。そして数十メートルほどの距離まで来た。
「遅かったね。もっと速く移動してると思ったんだけど、勘違いだったかな?」
「あなたがシナミミで間違いないわね」
「人の質問には答えて欲しかったな。でも良いかな。どうだった?僕の《絶対音感》は?」
「さっきの会話の事かしらん」
「そうそう。知ってるかい?この世の全ては振動しているんだよ。人も、物も、空気も、そこら辺の小石すらも、それに宇宙も!全て震えてるんだ。その振動が少ないほど硬くなる。そのまた逆も然りさ」
「この街を破壊したのもあなたで間違いないのね」
「それはちょっと違うよ。壊したのはこの街の人々だよ」
「そんな訳ないよ!こんな事普通の人には出来ないよ。山に穴だって開いてるんだよ?何でこんな事するの!?」
「中には超常種もいたからね。派手に暴れてくれたみたい。でもさ、僕がドラムの練習してたらさ、遠くの方から聞こえちゃったんだよ。シナミミって楽器下手だよねって。ほら、僕耳が無いでしょ。でもね、音っていうのは振動の大きさの違いでしかない。僕の《絶対音感》は全ての振動を感じる事が出来る。だからどんなに遠くても聞こえちゃうんだ」
何を言っているのかさっぱり理解出来ない。ただ言えるのは、シナミミは危ない思考の奴という事だ。
「だからね、みんなにお願いしたんだよ。じゃあ僕より上手にドラム叩いてくれって。そしたら一晩でこの通りさ」
お願いしたらみんながそれに応じたのか。そんな事洗脳でもしなきゃ無理だ。こいつの強さは一体なんなんだ。
「でもさ!カスタネットもあんまり上手くないよね!」
アイリスが言葉を放つと、シナミミはカスタネットを叩くのを止めた。そしてアイリスに向けた顔は、悲しそうに泣いていた。
「君も僕を責めるんだね。こんなに練習しているのに。分かったよ。もっと練習するからさ。君は少し時間潰しててよ」
シナミミがパチンと指を鳴らす。その瞬間、アイリスがキャンネルさんに思いっきり殴りかかった。即座にエリルが反応して受け止める。
「アイリス!何をしてるの!」
「違うの、身体が勝手に!」
シナミミはまたカスタネットを叩き始めた。何か力を使ったんだ。あいつが元凶なら、あいつを倒すしかないはず。僕はシナミミに向かって走り出す。その瞬間アイリスの炎が飛んでくる。直撃は避けたがバランスを崩し倒れてしまった。
「ごめんビン!駄目、身体が言う事聞かないの!」
「『縛風』」
エリルの風がアイリスを拘束した。しかし大火力の炎が風を引き千切る。
「お願い、逃げて!みんな早く!」
手から青い炎を上げ、大きな斧が成形された。それを地面に叩きつけると、青い炎が地を走る。
「『風化壁』」
風の壁が炎を遮った。ぶつかり合ったエネルギーは熱風となって僕とキャンネルさんを吹き飛ばす。キャンネルさんは地面にぶつかり気を失ってしまう。古来種と古来種が刃を交えた中に僕の入る余地は少しも無かった。今度はアイリスが手を合わせる。すると炎は紫になり、弓矢の形になり解き放たれた。
「エリル、相殺して!紫の炎は当たるまで追い続けるの!」
「何なのよもう。『風爆』!」
エリルの構えた手の平の先に、風が収縮していく。紫の弓矢が近付いた瞬間、爆弾の様に風が破裂し、弓矢は消えてなくなる。
「あぁもう。なかなか意識がなくならないから変だと思ったら、古来種だったんだね。しかも二人もいる。なら二人とも働いてもらったら良いんだね」
シナミミはまた指を鳴らそうとする。マズイ、エリルまで操られたら終わりだ。考えろ。何か切り開く道はないのか。…これしかない。僕は研究所で試した『遠隔転送』を実行した。その瞬間シナミミの指が鳴る。そして僕は、その場に倒れた。
「ビン!」
動けない。自分の身体が自分じゃないみたいだ。僕はまたエリルの心の中にいた。今度は直接扉の奥にいて、小さなエリルが不安そうに僕を見た。
「ねー、扉がどんどんと叩かれてるよ。誰か来たの?」
おそらくシナミミの力だ。心の中に直接作用するのか。だとしたら今回も正解だったらしい。僕は扉の向こう側に《解錠の理》を使った。すると扉を叩く音は和らぐ。しかし少しするとまた叩かれる。鼬ごっこだった。
「ねー、君辛そうね?大丈夫?」
「大丈夫だよ。君を守りに来たんだ」
「そーなの。ありがとう」
小さなエリルは僕に抱きついた。
「何だか君、懐かしい匂いがするね。前にどこかで会ったのかな?」
「前に一度ここに来たんだ。だからかな?」
僕は受け答えながら《解錠の理》を使い続けた。外はどうなっているんだろう。《千里眼》を使える余裕があるか分からないけど、見てなくちゃいけない気がする。僕は外の様子を覗いた。
「何で?何で君には効かないの?おかしいよ。変だよ!」
シナミミが狂ったように頭を掻き毟っている。
「じゃもう良いよ。二人で潰し合っててよ!早くこの風の女を排除して!」
「エリル!逃げ…て…」
もう一度シナミミが指を鳴らすと、アイリスの目から正気が失われた。身体から力が抜け、まるで操り人形のように動き出す。紫の炎がアイリスの身体を包み、まるで見えるオーラのようになった。そうか。振動と言っていたのは、心の中、そして脳の中に介入しているんだ。奴の言う事が本当なら、意識だって振動している事になる。その震えを操作しているんだ。
「ここまで来たら、あなたを眠らせる他ないようね。あまり手荒にしたくないけど、手を抜けばこっちがやられるわ」
エリルの周りにも風が纏われる。刹那、風と炎が激しく交差する。エリルはいくつもの素早い攻撃を仕掛けるが全て炎に掻き消される。逆の場合も風の壁が炎を阻む。お互いの猛攻が繰り返される内に、エリルの体力はどんどん削られていく。しかしアイリスは体力どころか痛みも感じていないようだった。
「『風爆円陣』」
アイリスの周りに空気の圧縮が何箇所も出てきた。そして一気に爆発する。アイリスはそれを全て左手で弾き、その勢いで腕が折れた。しかし構わずエリルに突っ込む。そうか。今はエリルを排除する事だけしか考えられないんだ。だから彼女を見た瞬間に攻撃する事しか出来ない。
「このままじゃ、どちらかが倒れるまで終わらないじゃないか」
さっきからエリルは隙を見てシナミミを襲おうとする。しかしアイリスはすぐに察知してそれを食い止める。これじゃアイリスを殺さなくては全員死んでしまう。でもそんな事は絶対に出来ない。どうすれば良いんだよ。
その時キャンネルさんが意識を取り戻した。そして僕は思い付いてしまった。恐らく唯一の可能性。しかしこれを実行するには賭けの要素が大きすぎる。失敗すれば全員ここで死ぬ事になってしまう。
「ねー、君大丈夫?」
小さなエリルが心配そうに見つめてくる。
「ちょっと駄目かも。本当に困ったよ」
僕は全てのメモリーをフル活用していて、精神的に限界が来ていた。
「あのね。パパが言ってたの。困った時はお互い様だぞって。困った時はね、仲間を頼りなさいって」
僕はその言葉にハッとした。自分だけどうしたら良いかばかり考えていた。自分だけで解決しようとしていた。でもそれはただの独りよがりなんだ。仲間を失いたくないから一歩踏み出せないんじゃない。自分が傷付きたくないから決められなかったんだ。僕が決めた事に責任を持つ。それが今を切り抜ける切り札なんだ。
「ありがとう、エリル」
僕はキャンネルさんに《千里眼》を通して話しかけた。
「キャンネルさん、聞こえますか?今直接心に話しています。今を切り抜けるには……」
「ビンちゃん、それ正気なのん?もしエリルちゃんが気付いてくれなかったら」
「大丈夫です。僕を、エリルを、アイリスを、信じて欲しい」
「…分かったわん。その代わり、今日帰ったら一緒のベッドで寝てもらうわよん」
「今日、だけですよ」
次の一瞬で全てが決まる。大丈夫。エリルなら、僕のお姉さんならきっと気付いてくれる。
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