第13話 エロじいさんと、その妻
「凄ーい!私知ってるよ!こういうの、オンボロって言うんだよね?」
「駄目だよアイリス。中の人が聞いてたら失礼でしょ」
僕達は《千里眼》で探し出した場所に来た。目の前には小さく古い家が一件。中は商店になっていた。
「ごめんくださーい」
ギシギシ鳴る引戸を開けて中に入る。どうやら誰もいないようだ。
「ねー見て見て!珍しいカプセルがいっぱいだよ!」
アイリスの方に行くと、探偵の記憶、媚薬作りの記憶、毒薬の作り方の記憶と、何だか怪しげな物がたくさん売っている。媚薬作りの記憶カプセルを手に取りながら、キャンネルさんは微笑む。
「これ、買おうかしら」
「何に使う気ですか」
「嫌だわビンちゃん、別にあなたに使おうだなんてこれっぽっちしか考えてないのよん」
「ちょっと使おうとしてるじゃないですか!」
僕がカプセルを棚に戻していると、店内を見渡すエリルが恐る恐る言う。
「それにしても誰もいないのかしら」
「ここに、ずっと、おるよ」
急に誰もいない部屋に響く声。家の古さと薄暗い店内、切れかけの蛍光灯が恐ろしさを醸し出していた。
「ねぇビン、今の声聞こえた?嫌だわ、ここ出るのかしら」
エリルは僕にしがみつく。こういうのは苦手らしい。
「ほっほっほ。ずーと見ておるよ。黒は良いのぉ」
その声は床の底から聞こえてきた。床をよく見ると、怪しげな影がある。僕がそれに気付くより先に、何かを察したエリルはその影を思いっ切り踏み潰した。
「見るな馬鹿!」
ぎょえー!という声と共に、空いた床の下から老人が出てきた。背はかなり低く腰が曲がり、典型的で優しそうなおじいさんだった。
「ほっほっほ。失礼いたしました。わしゃがこの店の店主のホウライという者じゃ。急にびっくりさせてごめんちゃい」
「あなたが店主だったのですね。失礼しました。私はエリルと言います。今日は探している物がありここへ来ました」
「ほうほうエリルちゃん。黒の下着より派手なのをお探しと。それならこの穴の空いた」
「『鎌鼬』」
おじいさんが話し終える前に思いっ切り風を打ち放たれる。店のあちこちに亀裂が入る。
「やめてエリル。お店壊れちゃうしおじいさん死んじゃうよ」
「そうよエリルちゃん。それにそんな娘っ子より、私の方が魅力あるんじゃないかしらん。おじい様」
「あんたさんはわしゃのタイプではないのぉ」
「エリルちゃん、もう一発打って」
「キャンネルさんも落ち着いて。…僕達が探しているのは《解錠の理》という超常種のカプセルなんです」
おじいさんの目付きが変わり、一気に店の中に不穏な空気を作り出す。
「お前さん達は、どこの関係者じゃ」
「はいはーい!私達は妥当ホヤニス協会を目標に旅をしている者でーす!」
「アイリス、駄目だよ人前で。すいません。意味の分からない事を言って」
肩の力が抜けたホウライさんは、やれやれと疲れた様子で息を吐く。
「いや、良いんじゃ。お前さん達が敵でない事は分かったわい」
「ホウライさん、もしかしてホヤニス協会と関係が」
「関係なんてないわい。あやつらがそのカプセルを狙って何度も奪いに来るのじゃよ。その度に上手く隠してわしゃも隠れる。今まで一度も見つかっておらんよ」
おじいさんは座っていた座布団から徐に立ち上がる。そして奥の棚から何かを持ち出して来た。
「これも何かの縁じゃのう。これをお前さん達に譲ろう」
「ホウライさん、それってもしかして!」
「そうじゃ。わしゃの大切なエロ本じゃ」
「いや、それはいらないです」
「何じゃお前さん、この魅力が分からんのか。まぁそう焦るでない」
ホウライさんはエロ本の間から古いメモ帳の切れ端を取り出した。
「ばあさんが買い物に行ったっきり帰って来なくてのぉ。これは買い物のリストじゃよ。わしゃ腰が痛くて外に出れんでな。お前さん達が買い物ついでに探しに行ってくらるなら、そのカプセルを贈呈しちゃう」
「良いんですか!」
「良いんじゃ良いんじゃ。パンツ見せてもらったお礼じゃよ」
僕はエリルが『鎌鼬』を出す前に止めながら感謝を述べた。そしてホウライさんの奥さんを探しに店の外に出る。
「はいはーい!リストには何て書いてありますかー?」
「えっと。牛乳、卵、小麦粉、ローション、キャベツ、ネギ、ジャガイモだね」
「ちょっとビン、途中変なの混ざってなかった?」
「あらいやだわエリルちゃん、男性の大切な心遣いよん。それにしても古い紙ねん。もうちょっとマシなメモ帳はなかったのかしらん」
「…まだそんなに元気なのかしら」
僕達は手分けして近所のお店を手分けして探した。しかし一向に見つからない。一度集まり、場所を絞る事にした。
「どこにもいない。そう遠くには行ってないと思うんだけど」
「ねぇビンちゃん。今思えば《千里眼》で見つけられないのん?」
そうだ。何だかホウライさんのペースに乗っかっていてすっかり忘れていた。
「でもおばあさんの顔が分からないと見つけられないや」
「だとしたら、あの家の何処かに写真とかないかしら。店の奥は普通に住居だったと思うわ」
「そうだね。見てみるよ」
僕はさっきの店を見渡す。カプセル探しの下調べで何度も見ていたが、部屋の奥は初めてだった。見回すとホウライさんが仏壇の前で手を合わせている。そしてその仏壇には、若い女性の写真が飾られていた。
「駄目だ。唯一飾られていた写真は、仏壇にあった若い女性の写真だけだ。娘さん、お亡くなりになってるみたい」
「そうなのね。勝手に見てしまって申し訳ない気分だわ。ごめんね、ビン」
「良いんだよ。それよりこれからどうしようか」
「とりあえずもう一度探しましょう」
さらに遠くまで探し回ったが結局見つけられず、時はすでに夕方になっていた。
「ねぇビン。もしかしてもう帰って来てるんじゃないかしら」
「いや、さっきから定期的に見てるけど、あの店に帰って来てる様子はないんだ」
「はいはーい!何だか幽霊を探してるみたいだねーー!」
アイリスが冗談を言って場を和まそうとすると、夕日を見つめていたキャンネルさんが話し出した。
「ねぇ。もしかしてなのだけどん。あの人の奥さんって、この世にいないんじゃないかしらん」
「ちょっとキャンネル。怖い話はよして」
エリルは僕の袖を掴む。
「違うのよん。さっきお仏壇に飾ってあった写真。もしかしたら奥さんのじゃないかしらん。例えば若くして亡くなられたとか。だとしたらそのメモが古いのにも納得がいくわん」
「だとしたら初めから僕達を騙してたっていう事ですか?」
「そうね。超常種なんて普通は手に入らない。そんなもの簡単に渡すはずないわ。でもあれを売れば一生遊んで暮らしていけるはずよ。なのに何であの古い家に住んでいるのかしら」
「理由は分からないわん。でも何か特別な思い入れがあるんじゃないかしらん」
「はいはーい!だったらキャンネルの《覆面》で変装して驚きの仕返しをしちゃいましょー!」
「駄目だよアイリス。もし本当にそうなら、かわいそうだよ」
冗談だよー、と抱きつくアイリスに向けてキャンネルさんは話す。
「でも、良いアイデアかも知れないわん。写真だけだと姿しか変えられない。背格好もこちらのイメージでしかないし、声とかは今のままよん。せっかくのご縁だし、もしかしたらおじいさん喜ぶかもねん」
「ほらビンー!やっぱり良いアイデアだったじゃーん!」
「そうね。では買い物も済まして行きましょう」
「じゃあエリルちゃん。あなたの風の速さで、買い物お願いしても良いかしらん?」
「え、でも、その」
「何かしらん?」
「ろ、ローショ…」
「あらー、あなたの速さじゃないと夜になっちゃうわよん?おじいさん寝ちゃうかもねん」
キャンネルさんは悪戯に笑う。エリルは渋々了承して、風の如く消える。数分後。ビニール袋を手に帰って来た。
「はい、これ。何かレジのおじさんにニヤニヤされたわ。全くもう」
キャンネルさんはビニール袋を受け取りながら思い出したように言う。
「でもねん。ごめんなさい。そう言えば私、その写真まだ見てないわ。一度あのお店に戻らないと」
「大丈夫ですよキャンネルさん。僕の手を握って下さい」
「あらやだビンちゃん。とうとう心と身体を許してくれたのねん。お姉さんの事好きにして良いわん」
「違います!そういう意味じゃなくて」
僕はキャンネルさんの手を握った。ここ
「『転送』」
『転送』は僕が見た情報を対象者に送る事が出来る。エリルで実証済みだ。
「なるほど便利ねん。分かったわん。これで準備は万端ね」
こうして僕達は、ホウライさんのお店に向かった。
引戸がガラガラと鈍い音を出す。コツコツと聞こえる靴の音。それに気付き振り返るホウライさん。柔らかい夕日が照らすキャンネルさんへ後光が、まるで天国からの遣いのように見えたに違いない。
「ユニラ。ユニラなのか?」
ホウライさんは涙を流す。そしてゆっくりと立ち上がり、小さな歩幅で近づく。顔を触り、手の感触を確かめ、うずくまる。
「すまんかった。本当にすまんかった。わしゃが代わりに死んでやりたかった。わしゃお前の帰りをずっと待っておった。遅いのぉ。ようやく帰って来おった。わしゃ待ちくたびれたわい」
キャンネルさんは何も言わずビニール袋を差し出した。
「あぁ。ありがとうな。これで夕飯が作れるわい。いつものお前の美味しい料理、食べさせておくれ」
ホウライさんは泣きながらその場に座り込んでしまった。そしてキャンネルさんはゆっくりと出口から消えていく。一人残されたホウライさんは、ビニール袋を握ったまま、ただただ呟いていた。
「お天道様ありがとうごぜぇます。もう一度会わせて下さって、本当にありがとうごぜぇます」
もう夜になり、僕達四人はホウライさんと一緒にご飯を食べていた。
「いやぁ、お前さん達の粋な計らいには感謝してもしきれねぇ。ばあさんに会わせてくれて、本当にありがとなぁ」
「いえホウライさん、頭を上げて下さい。僕達が勝手に知ってしまい、勝手にやった事ですから」
「とんでもねぇ。そうだ。これを受け取ってくれんかね」
そう言うとホウライさんは入れ歯を取り出した。そしてその中からねちゃーっとカプセルを取り出す。確かにそこなら見つからないが、ベトベトのまま渡させると困る。
「感謝の気持ちじゃ。お前さん達に受け取って欲しい」
「でも大切な物じゃ」
「確かに大切じゃ。このカプセルはばあさんと夢を誓った物じゃ。これで一儲けして、一緒に楽しく暮らそうと誓い合った。このカプセルを手にしたその日、お祝いに豪華な料理を作ってくれると言って買い物に出たばあさんは、交通事故に合った。そしてもうこの家には二度と戻らなかったんじゃ」
「そんな話聞いたら受け取れないですよ。お二人の大切な想い出を奪ってしまう事になる」
「良いんじゃ。これはお前さん達にふさわしい物じゃ」
するとキャンネルさんはそのカプセルをひょいと取り上げた。
「良いじゃない、折角いただけるのよん。商売人として見過ごせないわん」
「それは酷いですよ!そんな言い方」
僕は立ち上がって抗議しようとしたが、エリルが僕の服を引っ張って耳を寄せ、小声で話した。
「良いのよ。受け取りましょう」
「エリルまでそんな」
「違うのよ。今一番辛いのはキャンネルなの。あの人おじいさんと対面してる時、一緒に涙を流していたわ。ホウライさんの気持ちを一番近くで感じたのはキャンネルよ。カプセルの重みがどれだけか知ってるわ。それでも受け取るの。ホウライさんのために」
僕は言葉が出なかった。ホウライさんのためだと思っていた事は、もしかしたら自分のためだったのかも知れない。落ち込む僕にキャンネルさんは話しかけてくれた。
「ビンちゃん。私達はこの人の、いえこの二人の想い出を奪うのではないの。引き継ぐのよん。だから暗い顔しないで。ユニラさんに顔向け出来ないわよん」
食事も終わり、最後にみんなで仏壇に挨拶をした。僕は不意にヨンスの事を思い出した。大切な家族を失う悲しみは、誰にだって平等だった。そしてその記憶がある事への感謝をした。どんなに辛い記憶でも、忘れられない事がある事は、とても素晴らしい事なんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます