第12話 それぞれの目的

「ごめんなさいねん。迷惑かけちゃって」

「いえ、キャンネルさんは悪くないですよ。それに僕達も、あアイリス、それ僕のパン」

「へへー!食べないからいらないと思ったのー!」

「こらアイリス。人の物取っちゃ駄目でしょ」

「あらまぁエリルさん、そんなにマヨネーズかけたら身体に悪いわよん。それよりお姉さん、ビンちゃんが助けてくれたと思うと、胸が熱いわぁん」

 僕は今、アイリスからパンを取り返しつつ、キャンネルさんの胸元お色気攻撃を避け、エリルからマヨネーズの瓶を遠ざけながら朝食を食べている。数時間前までの深刻な状況は無かったかのように、みんな各々が生き生きしている。

「そう言えば私も言って無かったのが悪いわねん。ベイックについてもっと詳しく説明するべきだったわん」

「戦いの最中、《真実の嘘》と言ってたけど、それがベイックの超常種なの?」

「んー、ちょっと違うかしらん。ビンちゃんは古来種がどうやって現代に残ったか知ってるのん?」

 僕はマヨネーズのビンを取り戻そうとするエリルの手からマヨネーズを遠ざけ話す。

「エリルから聞いたけど、古来より語り継がれ、受け継がれて来たって」

「『風鈴』。これは返してもらうわ」

「あ、こんな事で力使わないでよエリル。…だから数が少ないんでしょ?」

「そうねん。空想かのような超常種の記憶より遥か昔。この世界を創ったと言われる自然の伝説。それが五つの古来種よん。だからとっても貴重なのん。でもねん。ベイックの力は少し特殊」

「もしかして、〈禁種〉なのかしら?」

「あらご名答!その通りよん。古来種よりは新しく、超常種よりは古い。そんな存在。危なすぎて誰にも語り継がれずに、先人達が封印したと言われているのん。それは長い間世界のどこかで身を隠していた。その真実は石板に記されていたりするらしいのだけど、解析するのがとても困難なものなのよん」

「はいはーい!じゃぁ古来種よりも弱いって事でしょ!エリルなら負けないよー!」

 やっと胸元を閉じ、僕から身を引いてくれたキャンネルさんは静かに語る。

「それがね、ベイックの《真実の嘘》の場合は、少し違うのん。奴の力は、見た物の記憶をそのままコピーする事が出来る。能力だけじゃなく記憶そのものよ」

「厄介ね。その相手の癖も得意も弱みも知られてしまう」

「そうなのよん。だから奴に見られては勝機がないと思って欲しい」

「はいはーい!それに関しては私に良いアイデアがあるよー!」

「どんなアイデアなのかしらん」

「私がたくさん増えて、増えて、頭が回らないくらいぼーっとするまで増えれば、記憶から推測する事は出来なくなるのだーー!」

 僕はアイリスの頭を撫でながらいなす。

「凄いね。それなら勝てるかも」

「あー、ビン今馬鹿にしたー!それより先に私との約束でしょーー!」

「妥当ホヤニス協会よね。そのために今日明日にはオーガスに着けるよう急ぎましょう」

「そう言えば、あなた達の目的ってホヤニス協会に仇を取る事だったわねん」

「はい。アイリスもエリルも偶然仇が同じだったんです。そしてエリルはお父さんの記憶も探しています」

「あらそう。これも縁なのなん。ところでビンちゃんの目的は?」

 聞かれて初めて考えた。僕はエリルのために付いて来た。でも僕の目的。それは一体何だろうか。みんなどうしてもやりたい事がある。僕はそれに付いてきているだけだ。

「僕は、みんなのお手伝いですから」

 そう言うとエリルはこちらをチラッと見る。何か言いたげだがふいに目を逸らす。するとアイリスが抱きつく。

「えー!ビンは私達の事守ってくれてるじゃーん!」

 そうだ。足手まといになりたいわけじゃない。助けたいんだ。お手伝いなんかでは決してない。

「ちょっと間違えました。僕の目的は家族を、エリルとアイリスを守る事です」

「あらやだん。急に良い顔付きになっちゃって。お姉さん興奮してきたわん」

「いや、だからすぐ脱がないで下さい!」


 朝食と準備を済ませて、早速馬車に乗り込みオーガスを目指した。

「そう言えばキャンネルさん、ホヤニス協会にも詳しそうでしたが、何か知っているんですか?」

「知ってるというか、ホヤニス協会はベイックが創ったのよん」

「ええーーー?!」

「ベイック・ホヤニス。サントス騎士団長のフルネームよん。ホヤニス協会は急速に力を付けて闇社会でのし上がった。そして程なくして優秀な研究者にその権限を譲り離れた。きっと奴の事だから、飽きたんでしょうねん」

「だけどベイックの遣いはホヤニス協会を酷く嫌っていたよ?」

「それはねん。ベイックもホヤニス協会も古来種を探しているからよん。だから単純に敵対同士。何たって殆どの記憶カプセルはホヤニス協会が所持してるんですもの。残る古来種も手元に置いておきたい。しかしベイックはそう簡単に倒せない。そうすれば自然と争いが起きて対立するのよん」

「だから私の力も狙われていたのね」

 だんだんと僕達の目的は壮大になってきた。だけど、どんなに壮大であろうとエリルは取り戻したいんだ。すっぽり抜けた記憶を。いや、胸の風穴を。それを僕が、絶対に叶えるんだ。


 結局二日かかってオーガスに着いた。到着するともう夕暮れ時だった。そこは見慣れた街並みだ。縦並ぶビルに横断歩道。車も走っている。大都市イヤーよりも現代風なのは何か不思議な感覚になる。

「んんーー!やっぱり馬車は疲れるーー!」

「そうね。まずはホテルを探してお風呂に入りしょう」

「ビンちゃん、私と一緒にお風呂入る?」

「駄目!ビンは私と入るの!」

「いや、一人で入るから」


「はいはーい!私一番風呂ー!」

 ホテルを見つけて部屋に入ると、アイリスはすぐお風呂に向かった。僕は椅子に座り、《千里眼》である場所を探した。

「どう?まだ場所は変わっていない?」

「うん。まだずっとあの場所だ」

「何何?お姉さんにも教えてん」

 僕はエリルに目で確認した。何も言わず頷く。そして僕はキャンネルさんにアイリスが《火の踊り子》という事、呪いがある事、ホヤニス協会の本部に入る事、それには《解錠の理》が必要な事を伝えた。するとキャンネルさんは鞄から大金を出そうとするが、必死に止める。

「もう仲間なんだから、そう言った情報交換の仕方はなしよ。それに旅費はほとんどキャンネルが払ってくれているし、逆に恩があるわ」

「そうかしらん。私は今とても興奮しているわん。古来種に二人会えるなんて、商売人として光栄な事この上ない体験をさせてもらっているのん。だからビンちゃん、一緒にお風呂入りましょう」

「いや、それとこれとは話が別ですし」

「もう、ふざけてないで。アイリスが出たわよ」

「ふー!スッキリしたー!」

 全裸で戻ってくるアイリスにバスタオルを渡す。エリルというお姉ちゃんと一緒に過ごしていたから、あまり気にはしないけど、やっぱりちゃんとした方が良いと思う。

「一応隠しててね」

「わー!ビン優しいー!」

 バスタオルは受け取ってくれたが、びちょ濡れで抱きつかれる。

「アイリスちゃんはビンちゃんの事大好きなのねん。どこがそんなに好きなのん?」

「えーっとね!ちょっと抜けてるとことかー、優柔不断なとことかー、弱気なとことかー、あと家族を大切にするとこ!」

「アイリス、最後以外あまり褒めてないわよ?」

「あら、そうかしらん。お姉さん嫉妬しちゃうわん。駄目なとこも全部好きって事よね?でもそれはきっと、エリルちゃんも同じでしょ?」

 エリルはちょっと照れながら言った。

「そうね。ビンは大切な家族だから」

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