第11話 騙し討ち

「ごめんね、こんな時に風邪引いちゃって」

 僕は夜になり、急に熱が上がり倒れてしまった。慣れない旅に疲れが溜まっていたようだ。

「仕方ないわ。初の長旅だもの。今はゆっくり休んで、明日からまた動きましょう」

「じゃあ、お二人さん。良かったら私が街を案内いたしますわん。イエロはこの時間からが楽しいんですのん」

「そうね。私も色々情報収集がしたいから、一緒に行きましょう」

「私はビンの側にいる!」

 アイリスは掛け布団にのしかかる。ぎゅっと抱きつかれるのは嬉しいが頭に響く。一応僕病人なんだけど。

「そうですか。ではエリルさん、早速夜の街に行きましょう」

 こうして部屋にアイリスと二人きりになった。僕はゆっくり休むはずだったが、アイリスがたくさん質問してきて眠れなかった。

「へぇー!ビンとエリルの出会いって素敵だね!感動だ!じゃ次の質問はー」

 そんなこんなで外は真っ暗。人の気配も消えかけている。質問される方がどうしても話すのが長い。逆に質問し返さないとこの熱は下がりそうになかった。

「アイリスはどこの生まれなの?」

「実は私はこの国の人間じゃないんだよ!地図で言うともっともーっと南の小さな島国から来たの!そこには古い風習があって、島一番の使い手には古来より受け継がれる一子相伝の秘密があって、それが《火の踊り子》の始まりなんだけど…って、ビンったら寝ちゃったよー!聞いといて何なんだよー。…んー、私も眠いからちょっと寝よーっと」

 僕はアイリスが話し始めるとすぐに寝てしまった。身体が怠く重い。早く治さなきゃ。


 数十分経ったのだろうか。ガタガタとベッドが揺れる音とアイリスの大声で目を覚ました。

「やめて!何で!?何で」

 目線をアイリスに向けた瞬間、嘘のような光景を目の当たりにした。そこにいたのは血の付いた包丁で何度も何度もアイリスを刺すキャンネルさんと、動かなくなったアイリスの姿だった。

「キャンネルさん、何を…」

 理解が追いつかなかった。ほんの少し前まであんなに元気に喋っていたアイリスが、全身穴だらけになっている。起き上がろうとするが身体が重い。くそっ、動け、早く動け!その間もゆっくりとキャンネルさんが不気味に笑いながら近づいてくる。ヤバイ、僕も刺される。しかし包丁を振りかざすその刹那、動きが止まる。…この風は。

「キャンネル。何をしているの。言い訳次第では命を落とすわよ」

 するとキャンネルさんは風で固定された腕を自ら引き千切り、奇声を上げてエリルに突っ込んで行った。いくつか攻撃を仕掛けるが、エリルは全て紙一重でふわりとかわす。瞬時に背後に回り込み首筋を手刀で打つと、キャンネルさんは意識を失い床に倒れた。

「何があったの?!」

「アイリスが、アイリスが!!」

 無残に横たわるアイリスは息をしていなかった。《癒しの眼差し》も既に通用しなかった。

「酷い。許せない。私の仲間を…殺してやる!」

「待ってエリル。まずは拘束して、話を聞き出さなきゃ」

 エリルは渋々キャンネルさんの千切れた腕を風で止血する。僕は悲しみと怒りより、悔しさが勝っていた。何も出来ない自分が不甲斐ない。その時ベッドが急にガタガタと動き出した。そしてベッドの下から五人のアイリスが飛び出て来た。

「じゃーーーん!アイリス復活!」

「アイリス!?」

 さらに扉から五人、窓の外から五人、計十五人のアイリスが一斉にポーズを決める。安堵と喜びと、面白いポーズに思わず笑ってしまった。

「アイリス、良かった。良かった。助かってたんだね」

「そう言う事ね」

 エリルは深く溜息を付いた。何より僕達は安堵したんだ。アイリスは空気を読まずに説明し出した。

「はいはーい!寝ている時に突如襲われた私は、即座に《ドッペルゲンガー》とすり替わり、さらに人数を増やしたのです!そして部屋の外にも多数待機。これで痛みは十五分の一になって何とか凌いでいたのでした!どう?凄い?」

「あぁ、凄いよ。おいでアイリス」

 そう言って手招きすると、アイリスが走り出すより前にエリルが抱き付いた。

「良かった。本当に良かった。また失うところだった。あなたが生きている事が、嬉しい」

 アイリスはエリルを抱き返した。

「ごめんね、ビックリさせちゃって。私も嬉しかった。仲間って言ってくれて」


 優しい空気に包まれたのも束の間。キャンネルさんが目を覚ました。そして一瞬で僕達三人を窓の外へと吹き飛ばした。

「この力!?」

 宙に舞う三人をさらなる風が押し付け、街の角へと吹き飛ばされた。夜中で人影はなく、街灯だけが揺らめく。

「あいつ今、風を使っていたわ」

「私も見た!エリルと同じだった!」

「えぇ、でも威力は大した事は無かった」

 すると風に乗り、キャンネルが追って来た。その目は狂気に満ちて、今にも殺しにかかる勢いだった。

「キャンネルさん、何で僕達を襲うですか?!」

 聞く耳も持たずに攻撃を仕掛けてくる。風を纏う蹴りが飛んでくるが、エリルは片手で受け止める。

「何故かって聞かれたら、答えて欲しいわ、ね!」

 吹き飛ばされたキャンネルさんは立ち上がり、声色を変えて話し出した。

「駄目ね。この身体じゃ動きにくいわ。この人戦闘向きじゃないのね」

 そう言うとキャンネルさんの姿が一瞬で変わる。聞き覚えのあるその声の主は、あの時の取り逃した双子の姉だった。

「闇討ちを失敗したら仕方ない。真っ向勝負は嫌いじゃないの。改めてましてお久しぶり。私はアイコと申します。先日はメイコを可愛がってくれてありがとう。妹の分まで、叩きのめして差し上げます」

「あなた、最初から私達を騙していたのね」

「安心しなさい。本物は眠っているわ」

 隙を見てアイリス二人が裏から攻める。しかし風の壁で近づけない。今度は違うアイリスが前から足を目掛けて蹴りを入れる。バランスを崩した瞬間一人に戻り強烈な一撃を打ち込む。その動きはエリルに引けを取らない。その後も猛攻は続くが風で吹き飛ばされる。

「『鎌鼬』」

 そこへエリルが間髪入れず攻撃を仕掛ける。しかし同じように鎌鼬を返される。すると威力はエリルが勝り、いたるところに傷を付ける。そしてボロボロになったアイコはゆっくり立ち上がる。しかし身体の傷がどんどん治っていく。

「くっ。何なのこいつは」

 でも何かがおかしい。傷は全快とは言えず、風の力が弱い。そもそも古来種は数少ない…本物は眠っているとは…そうか!

「エリル、こいつはコピーの能力がある!」

 アイコは一旦距離を離す。

「あらお察しの良い子ね。でも残念ながら私の力はコピーではないわ。私は超常種レプリカを持っているの。見た相手の記憶を十分の一の精度で真似する事が出来るわ。今はベイック様の《真実の嘘》を拝借させてもらっていますの」

「ふふーん!十分の一程度なら怖くないもーん!」

「あら、そうかしら」

 アイコは風を身に纏ったかと思うと、十人に増えた。

「これでおあいこね」

 マズイ。これでエリルとの能力差が埋まる。さらに人数で推されてしまう。傷もすぐ治っていく。厄介だ。エリルは何とか猛攻を避けているが、着実にダメージが蓄積している。僕は《癒しの眼差し》を使い続けた。

「もうー、分かってないなぁ」

 声の先にはアイリスが腕を組みながら立っていた。そしてエリル達の動きに気を取られて気付かなかった。街中に、さらに屋根の上にも、ざっと見て四十、いや五十人はいる。

「君が十人いるって事は、私はその十倍いると思ってね?『民族大移動』アイリス軍団、出撃ーーー!!」

 おー!という掛け声と共に、アイリス達が一斉に飛び掛かる。あっと言う間にアイコは埋め尽くされる。隙間から風らしき攻撃が見えるが意味をなしていない。

「能力を真似出来ても、その使い方までは真似出来ないようね」

 エリルは腰に手を当て傍観していた。

「今回はあの子のおかげで助かったみたいね」

 決着が着いたようで、アイリスが一人に戻り、抱きついて来た。

「終わったよ、ビン!私頑張った!」

「ありがとう。アイリスのおかげだね」

 頭を撫でると、本当に嬉しそうに喜ぶ。


 ほどなくして騒ぎを聞きつけた警官が来たので隠れた。気絶したアイコは警察に引き取られていった。その千里眼でキャンネルさんを見つけた。カジノの裏口で眠らされていた。事情を聞くと、トイレに行った時に襲われたらしい。エリルはキャンネルさんが見付からないから、偶然にも宿に戻った。だから今回の危機は逃げ切れたのだった。

「これからもっと過激になるかも知れない。今まで以上に危機感を持って行きましょう」

 しかしこれはまだまだ、序章に過ぎなかった。

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