第10話 キャンネル参戦

 馬車に長い事揺られて一日半。荷台の上で寝泊まりしながら、イエロに着いた時には翌日の夕方になっていた。

「ここがイエロか。凄いね、夕方なのに凄い熱気だ」

「夕方だからよ。ここは夜の方が活発になるわ」

 周りは既に街中電飾やネオンだらけだった。あちこちで呼び込みが声を張り合っている。まずは依頼掲示板に立ち寄った。しかし僕達の求める仕事は運悪く見つからなかった。

「珍しくわね。イエロで仕事が見付からないなんて」

「どうしよう。ここで足止められるのは厳しいよね」

「はいはーい!私凄い良い案がありまーす!」

 アイリスが元気よく手を挙げた。彼女が指差したのは、街の角にあるカジノだった。

「カジノでどうするの?ギャンブルで一攫千金なんて無理よ」

「大丈夫!ポーカーって一卓何人座れるの?」

「ここは確か五人だったはずよ」

「ではでは、私が五人になって、ポーカーをやるの!そしたら確率的に絶対勝てる!ちゃんとそれぞれ変装もするよ!名付けてアイリスいっぱい夢いっぱい作戦!」

「それなら行けそうだけど、バレないかな?」

「もしバレたら、次はビンの《千里眼》があるから大丈夫!じゃあ、行ってくるねー!」

 そう言うとアイリスはカジノに向かって走って行ってしまった。そして入口で口論をしている。するとすぐに走って戻ってきて、僕に抱きついた。

「えーーん!子供は駄目だってー!私十八歳なのにー!全然聞いてくれなーい!」

 そりゃそうだ。見た目はどう見ても七歳くらい。ちなみに十八歳でも入れないんだよ。

「私の仇はエリル達が取ってくれー」

 アイリスはショボショボと街に消えて行った。

「それなら今日はとりあえず宿に泊まって、明日また出直そうかしら。ホヤニス協会とベイックの対策もしておきたいわ」

「そうだね。無い物は仕方ないよ」

「ちょっとそこのお二人さん。今ベイックって言葉が聞こえたけど、聞き間違いかしらん」

 声の主に振り向くと、黒いスーツの女性がいた。真っ白な長い髪はエリルより長く、真っ白な瞳が黒い服装でさらに目立つ。胸とお尻が溢れんばかりにスーツをぱつんぱつんするダイナマイトボディお姉様だ。エリルはすぐに戦闘態勢に構えるが、どうやら敵ではないようだった。

「ビックリさせてごめんなさいねん。あなた達と戦う気はこれっぽっちもないわよん。そ・れ・よ・り。ベイックって言ってなかった?」

「はい。お姉さんベイックを知っているんですか?」

「知ってるも何も、私の復讐の相手よん。あの憎たらしいギザギザ頭のベイックでしょう。私はあの男を倒すために強い仲間を探してるのん。見たところそちらのお嬢さん、かなり強いでしょう?」

「ベイックってギザギザ頭なんですね」

「あらん。もしかしてあんまり知らない感じ? お姉さんが詳しく教えてあげても、良いわよん」

 急に近くに寄られて、胸を押し付けられる。思わず一歩下がってしまうが、逆にエリルは一歩前に出る。

「あなた、ベイックについて詳しいの?」

「そうねぇ、詳しいわよん。ここで話すのもあれでしょうからん。何処か腰を落ち着けましょう」

 こうして見知らぬ女性とのお食事会が始まった。


「まずは自己紹介よね。私はキャンネル・トルク。旅商人よん。この街には長くいるから、分からない事は私に何でも聞いてちょうだい」

「初めましてキャンネルさん。僕はビン。こちらはエリルです。僕達は今オーガスに向けて旅をしています。この街には資金調達のために寄りました」

「あらん、それはちょうど良かったわ。私それなりに裕福なの。そうねぇ。お金に困ってるみたいだし、良かったら私と商談しない?」

「その前にキャンネル。あなたのベイックとの関係を知りたいわ」

「いやだわん、エリルちゃんったら。情報は商売道具よん。ただで何て教えてあげられないんですもの。それ相応の対価が欲しいわん」

「何が欲しいのかしら?」

「んー、じゃああなた達のベイックとの関係を教えてくれたら話してあげても良いわん」

「それなら良いですよ」

 僕は先日の馬車での出来事を話した。古来種については疑問を持たなかったから、どうやらその筋の関係らしい。

「あらやだ。道理でエリルちゃんから感じるオーラが強いと思ったら、古来種をお待ちでしたのねん。そんな貴重な情報もらっちゃったら、こちらも相応の対価を払わなくちゃねん」

 そう言うとキャンネルさんは胸元のボタンを外し、僕に近寄って来た。僕がどうしようもなく焦っていると、全速力のアイリスが抱きついて来た。

「ビンー!何で探してくれないんだよー!寂しかったよー!…おばさん誰?私のビンを誘惑しないで!」

「誰がおばさんかしら。私はまだ三十歳よん。この大人の魅力からあなたのビンちゃんとやらを守ってみなさいな」

「べーだ!ビンはそんなの興味ないもん!だよね?」

 僕は潤んだ瞳で見つめるアイリスから目をそらし、あははと誤魔化し笑いをする。するとエリルはコーヒーを一口飲んでから話し始めた。

「キャンネル。そろそろお遊びを止めましょう。あなたの見せたい物を出すだけなのに、なんでビンを誘惑しているの?」

「あらん、勘の良いお嬢さんだこと」

 キャンネルさんは胸元を開き、お腹と胸の間の火傷の痕を見せた。深く抉れたような痕は、痛々しさを物語る。


「私はベイックに出会い、その強さに惚れたわん。そしてベイック率いる【サントス騎士団】に入団したの。でも彼は少しのミスも気に食わない男なのん。だからミスをすると、こうして戒めに身体に火傷を負わせるの。そんな事知らなかった私は直ぐに逃げたわ。この傷の借りをいつか返したい。そう心に秘めてね」

「サントス騎士団。噂には聞いた事があるわ。騎士団と名乗りながらも残虐非道な行いでセプテンの街を中心に悪名を知らしめていると」

「その通りよん。私とベイックとの関係はそんなとこ。それより、あなたが《風の妖精》に選ばれた人だという価値のある情報に見合う対価は二つあるわん。一つは私の力。《覆面》と呼ばれる超常種よ。簡単に言えば瞬時に変身出来るわん。例えば」

 僕は目を疑った。目の前に僕がいる。そして次の瞬間にはエリルに、そしてアイリスと、姿形背格好に声色まで、全てそっくりに変わっている。

「どうかしらん。この力は戦闘向きではないけど、潜入調査の時は重宝するわよん。そしてもう一つの対価はこれねん」

 そう言うと目の前に大金が出された。

「これを受け取って欲しいのん」

「何でですか?!というか、いくらなんでもこんな大金受け取れません」

 僕が申し訳なくお金の山を突き返そうとすると、それを押し込まれた。

「いいえ。私達のような人間にとって古来種の情報というのはビンちゃんが思ってるより重いのよん。それをたまたまでも知ってしまった。これはそのお礼なのよん」

「はいはーい!私も実」

 僕はアイリスの口を塞いだ。これ以上古来種がいるなんて情報は出せない雰囲気だ。小声でアイリスに、内緒にしててと伝える。

「しかし、出来る事なら他の誰かに漏らして欲しくない情報なの。約束してもらえないかしら」

 キャンネルさんはほっぺに人差し指を当てながら悩む。まだ交渉するつもりだろうか。

「じゃあ、こうしましょう?誰にも言わない代わりに、私と一緒にベイックを倒して欲しいのん」

「駄目だよ!エリル達はまず、私と一緒にホヤニス協会を倒すんだから!」

「あらん。ホヤニス協会を。これは何とまぁ面白い導きなんでしょう」

「ホヤニス協会の事も知ってるんですか?」

「まぁまぁ、その話はまた今度。それならホヤニス協会の後でも良いわん。その後で一緒にベイックを倒して欲しい。それなりの報酬も用意するわん。もちろんそれまでは旅に同行してお金を出しても良いわよん。どう?破格の条件じゃない?」

 エリルはまたコーヒーを一口飲む。しばらく考えた結果は、交渉成立だった。こうして旅の仲間が一人増えた。

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