第9話 姉と妹と月

「今日はブルに泊まるしか無いみたい。とりあえず今の状況を整理しましょう」

 僕達は馬車のおじさんを家まで送り届け、その後宿を借りた。僕達の馬車が狙われた理由はブルの街に戻ると判明した。大食い大会の賞品のカプセルが狙われていて、参加者全員被害に遭ったそうだ。だがあそこまで過激だったのは僕達だけだったようで、他は軽傷で済んでいた。そして今は宿の部屋で作戦会議中だった。

「あの双子はホヤニス協会ではなかった。でも古来種を狙っているという点では目的が一緒。ただし敵同士のようね。最後にあの女が呼んでいたベイックという名前がリーダーで間違いないはず」

「はいはーい!という事はまとめるとどういう事ー?」

 アイリスは相変わらず元気に手を挙げる。

「ホヤニス協会とベイックという人物が、古来種を奪い合っている。だから私もアイリスも狙われていた、という事ね」

「もしあの時アイリスが《火の踊り子》を使っていたら、もっと情報がバレていたんだね。良かった」

「はいはーい!私まだ呪い解けてないからそれは使えないよー?」

「え?だって声が戻ったじゃないか」

「この子は声が出るようになっただけよ。体格も変わっていないし、痣も消えていない。《癒しの眼差し》で取れたのは後遺症とも言える声の部分だけね」

「はぁ、そうだったのか。ごめん、勘違いをしてたよ」

 がっかりする僕にアイリスは抱きついてきた。もうこの感じは慣れてきたみたいだ。

「でもでも、ビンに見つめられたら、なんか心まで癒された感じがしたー!すっごく嬉しかったよー!」

「《癒しの眼差し》には身体の傷だけでなく、心の傷にも効くと言い伝えがあるそうなの。だからきっとその力ね」

 アイリスは頭をぐりぐり押し付けてくる。嬉しいのは本当のようで良かった。僕はエリルに聞いた。

「これからどうしよう」

「そうね。相手の戦力はかなり高いと推測出来た。それにホヤニス協会の方は私の力を感知可能なメンバーがいるようだから、またいつ襲われてもおかしくない。だから早急にオーガスで《解錠の理》を手に入れる必要がある。おそらくその力があればアイリスの痣を取る事が可能なはずだわ。そうすれば戦力は一気に拡大される」

「はいはーい!アイリス頑張るー!」


 明日は朝早くからイエロの街へ向かう事になった。アイリスはすぐに寝付き、寝相が悪くベットから落ちそうになっている。エリルも先に寝たけど、僕はどうにも寝付けずベランダで月を眺めていた。

「月は凄いよな。世界中の人が君を知っている」

「どうしたの?眠れない?」

 横にはいつの間にかエリルが立っていた。

「ごめん、起こしちゃったみたいだね」

「良いの。私も眠れなかったから。なんか家族が増えたみたいで楽しいわね」

 髪をかきあげ笑うエリルは、戦いの時とは別人のように優しい目をしている。

「うん。妹が出来たみたいで嬉しいよ」

「どうしたの?浮かない顔して」

 僕は森で襲われた時、何も出来なかった。もしあの場に誰もいなかったら、すぐにお陀仏だっただろう。

「ちょっとさ、考えてたんだ。さっきの戦いで、もしエリルが《千里眼》を持っていたら、もっと早く的確に敵を捉えられたんじゃなかって。僕がこの力を持ったばっかりにエリルに迷惑かけてるんじゃないかって痛いっ」

 エリルは月を眺めながら、僕の耳たぶを思いっ切り引っ張った。月明かりに照らされた綺麗な僕の姉の姿は、きっと誰もが羨むに違いない。

「そんな事で悩んでたのね。ビンらしいっちゃらしいけど。確かに私が《千里眼》を持っていたら最強だと思う。的確に動ける上に、その情報を得てから動くまでの隙も限りなくゼロに近い」

 僕は耳が痛かった。引っ張られたからではなく、耳から入った言葉という意味でだ。

「でもね、ビン。逆にもしあなたが《千里眼》を手にしていなければ、私はずっと独りだったと思うの。あなたが偶然手に入れた力は、私を変えてくれた。ずっと独りだった私に家族をくれた。手を焼く弟をね」

 悪戯に笑うエリルは、もう本当に僕のお姉さんだった。ジャニアにいた頃、僕達は思い出話はほとんどしなかった。元より思い出の記憶がないのだから。だから二人は未来の事しか話さなかった。喧嘩もしたし、認め合ったし、一緒に暮らす幸せを分かち合った。

「それはエリルだけじゃないよ。僕も同じだ。頼りにしてるよ、姉さん」

「当たり前よ。長女は守るものが多いほど力を発揮するの。任せなさい」

「ねーねー、何話してるの?私も入れてー」

 目をこすりながら寝ぼけたアイリスが起きてきた。

「ごめん、起こしちゃったね。月が綺麗だからさ、二人で見てたんだよ」

「ずるーい、アイリスも見るー!わぁ、まん丸だね!」

「そうだね」

 僕達は違う場所で産まれ、違う場所で育った。でもこうして月を見ていると、本当に最初から家族だったように思えてくる。

「よし、明日は早いからもう寝ましょう」

「はーい!」

 こうして長い一日は終わった。


 翌朝。身支度を整え、馬車を借りに行った。今日は祝日でいつもより値段が張った。移動中の食べ物や毛布なども買うから、そろそろ残金も不安になってきた。実はそこまで多くの所持金は持ってきていなかったのだ。何処かで稼がないと。

「ねぇエリル。そろそろ残金が少なくなって来たから、何処かで少し稼ぎたいね」

「そうね。それなりに持って来てたけど、ここは物価も高いし、今のままだと長く持たないわ。マヨネーズが切れるのも怖いし。じゃあイエロに着いたら依頼掲示板を探しましょう」

「依頼掲示板?」

「そう。イエロは商業の街と言われてて、たくさんの商売があるの。そこなら仕事には困らない。そして急ぎで仕事をして欲しい時は街の中心にある依頼掲示板を通して情報が行き交うの」

「なるほど。じゃあみんなで一気に稼げるね」

「はいはーい!私も頑張りまーす!」

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