第8話 双子の襲撃

 朝が来た。太陽の日差しが高い壁を照らす。僕はいつも通りワイシャツ姿で二人を待っていた。しばらく待つと、向こうから全速力で走ってくるアイリスが見えた。

「どーーん!おはようビン!」

 朝っぱらから抱きついてきたアイリスは今日もワンピースだったが、頭に花が付いていた。

「おはようアイリス。今日は頭にお花が付いているんだね」

「そうなの!私お洒落だから!ワンピースもね、凄く動き易いんだよ!敵が来てもシュバッとやっつけちゃうもん!」

 僕は妹が出来たようで嬉しかった。と言っても本来は僕より一つ歳上なんだけど。性格も相まって妹にしか見えない。

「おはようビン、アイリス。改めて今日からよろしくね」

 声の方を見て挨拶をしようと思ったが、驚いて挨拶を忘れる。エリルはヒラヒラとミニスカートを揺らし、ブラウス一枚だった。

「どうしたのエリル。今日は攻めた格好だね」

「違うのよ。昨日の戦いで服が駄目になったから、仕方なくさっき新調したの。どう、動き易そうでしょ?」

「エリル可愛いー!あ、パンツ黒だ!」

「こらアイリス、そんな事のために《ドッペルゲンガー》を使わないの」

 アイリスの《ドッペルゲンガー》がエリルのスカートをめくった瞬間、頭にゲンコツが飛んで来た。痛がるアイリス。

「それとあまり人前で超常種を出さない事。変に目を付けられるわ」

「《ドッペルゲンガー》がやられても、アイリス本人は痛いの?」

「痛たたた。うん、そうだよ!《ドッペルゲンガー》の数が少ないほど共有出来るパーセントが上がるんだ!一体なら私とほぼ同じ。増えてく度に痛みとか視界とか、色々と練度が下がるんだよ!」

 アイリスはまたもや抱きつく。この子は抱きつくのがデフォルメなのだろうか。

 僕達はエリルの準備していた許可証を使い、大都市イヤーに入った。《千里眼》では何度も見ていたが、生で見る大きな建物は圧巻だった。石畳にレトロな雰囲気の建物、全体的に丸みを帯びた世界観は、壁の外とは時代が違うように感じる。

「ビンとアイリスはこの街の地理を把握するために、まずはカプセルショップに行きましょう」

「はいはーい!私この街の記憶は持ってまーす!」

「じゃあビンだけね。他にも使えそうな記憶カプセルがあるか見てみましょ」


 店内には所狭しと記憶カプセルが展示されていた。海外の文字や文法、街の歴史、建設関係にダイエット。様々な記憶が売られていた。だが何処を探しても超常種や古来種はなかった。

「やっぱり超常種って珍しいものなの?」

「そうね。こういった表立った店に出てくるのは十年に一度あれば良い方よ。もしあっても五百万ケルンは下らないわ」

「そんなに貴重なのか。だとしたらアイリスは何処でドッペルゲンガーを手に入れたの?」

「私は、盗賊が持っていたのをバシュっと奪ったのです!」

「はは、どちらが盗賊か分かんないや」

「ひどーい!私は街を救ったから良いの!正義の味方ですー!」

 アイリスは舌をベーっとした。

「ありがとうごさいましたー」

 必要なカプセルをいくつか買い、僕達は店を後にした。早速地理を頭に入れる。何度体験しても不思議な感覚だ。誰かの記憶が自分の中に入ってくる。そしてまるで知っていたかのようになれる。

「なるほど、このイヤーの壁の中は、さらに五つに分かれてるんだね。真ん中に国家中枢カラーがあって、この島の中央に位置してる。そして四当分に仕切られたそれぞれの街。今は北にあるブルの街にいるのか。でも全然近代的じゃないね。どこも道は車が通るように道路整備されてない。移動はどうするの?」

「そう。そしてイエロの街を通過して一旦イヤーを離れ、オーガスの街に行くわ。特にイエロは夜も明るいから、風での移動は目立ち過ぎる。イヤーは古き良きを掲げているの。だから壁の外と違ってビルもなければ車もない。基本は歩きか馬車。だから三日もあればオーガスに着く予定よ」


 しばらく歩くと、広場に出た。中央に噴水があり、露店が並ぶ。騒がしい街並みの中、アイリスは何やら見つけたようだ。

「あそこで大食い大会やってる!優勝者にはレアなカプセル贈呈だって。参加しようよ!私お腹空いたからいっぱい食べれるよ!」

「アイリスは大食いなの?」

「任せてよ!私すっごい食べるんだから!」

 アイリスがゴリ押しするので、参加してもらう事になった。沢山の大男の中、幼気な少女が一人。歪な光景だ。

「お嬢ちゃん、逃げるなら今のうちだぜー」

「お母さんが家で待ってるぞー」

 野次が凄い。でもあれだけ自信満々だったんだ。何か秘策があるのだろう。そしてゴングが鳴る。参加者が一気に食らいつく。アイリスも凄い勢いだ。そして三十秒が経過した。

「あの子、もしかして」

「もう駄目ー!お腹いっぱーい!」

「いや早いでしょ!」

 アイリスは結局何も秘策はなく、ただただお腹が空いていただけだったらしい。

「いやー、お腹空いてたからいっぱい食べれると思ったんだけどなー!でもほら。参加賞の福引券もらったよ!」

 この子の行動は無邪気そのものだ。何だか守ってあげたくなる。福引の結果、幸運にも馬車のチケットが当たった。こうして今僕達は馬車に揺られ、イエロの街に向かっている。


「馬車なんて初めて乗ったよ。このガタガタ揺れる感じが良いね」

「そうね。街の景色も楽しめるし、壁の外では味わえない光景ね」

 風に揺れるエリルの長い髪は、とても綺麗だった。しばらくすると森の中に入っていく。馬車道は遠く続いている。その時エリルが何かに気付いたようだった。

「風が変だわ。何かが追ってきてる。おじさん、馬車を止めて!」

 エリルが言い終わる寸前、馬車の運転手は姿を消した。

「ビン、『守護霊』を!」

「今やってる。運転手さんは茂みに倒れてる。大きな怪我はないし息もしてる。それと左右から誰か来る!」

「馬車から降りて!」

 三人は馬車から飛び降りると、乗っていた荷台が真っ二つに割かれる。崩れ落ちる馬車の残骸の上。黒いスーツに身に纏う二つの影。そこにはそっくりな顔の女が二人立っていた。

「あら、姉さん。この子達じゃないわよ」

「まぁ、ハズレを引いてしまったみたいね」

「でも、姉さん。見られたからには仕方のない事ね」

「えぇ、仕方のない事だわ。ここは私達双子の顔に賭けて、証拠隠滅よ」

 双子の姉妹は勢いよくこちらに走ってくる。

「『風鈴』」

 風が僕の身体を包み、物凄い速さで後ろに飛ばされた。

「ビンは前線から離れて状況把握!アイリス、戦える!?」

「任せてくださいな!あっちが双子なら、こっちは三つ子でいっちゃうよ!《ドッペルゲンガー》」

 アイリスが三人になり、双子を囲む。素早い動きで攻撃をするが、ギリギリで避けられる。二対三でお互い猛攻を繰り返す。

「ひー、凄い速いよー!」

 そこにエリルが飛び込み、手に纏った風で地面を叩きつけると風圧で五人とも吹っ飛んだ。

「エリルー、私まで飛んでるよー!」

「ごめんね、複数で戦うの慣れてなくて」

 お互いに一旦距離を置く。森を駆け抜ける風が両者の髪を揺らす。ジリジリと相手の力量を把握しているのだ。

「あら、姉さん。この女もしかして」

「んん、そうね。間違いなく風を操っているわ」

「では、姉さん。これは思わぬ形で良い情報を持ち帰れそうね」

「そうね、ここは一旦引いて報告にいきましょう」

 そう言うと姉さんと呼ばれる女がポケットから何かを取り出した。それを地面に叩きつけると辺りに煙が広がり、瞬く間に視界が遮られた。

「ビン、見える!?」

「駄目だ、視界が覆われてどこも煙だらけだ」

「『雲外蒼天』」

 エリルの周りから全方位に風が放たれ、一瞬で煙が吹き飛んだ。そこに見えたのは、さっきの双子の内一人を十人掛かりで抑え込むアイリスの姿だった。

「いやぁ、一人取り逃がしちゃったよ」

「いえ、ありがとうアイリス。お手柄だわ。とりあえず逃げられないようにしましょう。『縛風』」

 風が敵の両手足を拘束した。エリルは一体いくつの言霊を持っているのだろうか。

「じゃーアイリス軍団、戻りまーす!」

 本体のアイリス以外は跡形もなく消えていく。エリルは女の前に立って尋問も始めた。

「あなたは何故私達を襲ったの?」

「あぁ、姉さん。本当に風よ。風の力で今動けないわ」

「話を聞いてちょうだい。あなたは何故私達を襲ったの?」

「あぁ、とうとう見つけた。古来種よ。ついにこの日が来たのね」

 エリルの言葉など全く介さず、ただひたすら一人で喋り続ける。その姿その目は、まるで何かに取り憑かれているようだった。

「あなたはホヤニス協会の者で間違いない?もしくは協会から雇われたのかしら?」

 ホヤニス協会の名前を聞いた途端、女の目は急に激しさを増して怒鳴り出した。

「あんな奴らと一緒にしないでちょうだい!汚らわしい。最低最低最低」

 激情しながらバタバタと激しくのたうち回る。ホヤニス協会じゃない。しかもホヤニス協会の敵らしき組織があるのか。

「姉さん、後はよろしくね。あぁ、とうとう古来種を見つけましたわ、ベイック様」

「マズイわ」

 エリルが風を起こそうとする直前に女はぶくぶくと泡を吹き出し、動かなくなった。アイリスが近寄り脈を取る。

「駄目、死んでるよ」

「遅かったわ。死んでも情報は漏らさない。この女の組織に対する忠誠心、厄介だわ」

 僕は吹き飛ばされた馬車の運転手さんに《癒しの眼差し》を施した。目を開けた運転手さんに状況を説明し、この日はブルの街に戻る事にした。

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