第7話 アイリス参戦

「これがイヤーの壁なんだね。凄い大きいや」

 僕は見上げても見上げ足りない大きな壁に圧倒されていた。この先に大都市イヤーがあるんだ。

「そうね。何度見ても壮大。とりあえず宿を探す前にお茶でもしましょう。まだ灯の付いているお店があるわ」

 お店に入ると、エリルはすぐに話し始めた。

「早速だけどさっきの話をまとめるわね。大きく三つあるの。まず一つ目。私を追っていた理由ね。これは予想の範疇を超えないけど、恐らく古来種と関係があると思う。さしずめ珍しい能力を奪おうとしているのだと思う。そして二つ目はあの口の無い男の居場所。あいつの顔を見たでしょ?」

「うん、バッチリ見たよ」

「それじゃ、《千里眼》で確認出来る?」

「ちょっと待ってて」

 僕は意識を集中した。しかしぼんやりとしか映らない。何か靄がかかっているようだ。

「駄目だ。詳しくは分からない。ただ方角と距離的にはイヤーの何処かにいると思う」

「やっぱりね。あいつらの仲間に情報を隠せる奴がいる。逆に言えばアジトはイヤー内に存在する。どんどん道が開けてきているわ」

 僕は注文したコーヒーを飲みながら聞いた。

「三つ目は?」

「それは、新しい仲間の募集よ。さっきの戦いを見て分かったと思うけど、相当のやり手だった。この先二人だけで戦うのは得策じゃない。戦力が多いに越した事はないわ」

 確かに、僕は目で追うのが精一杯だった。数年鍛えた身体に多少自信はあったが、悔しいけど勝てる気がしなかった。

「大丈夫よ。あいつは恐らく戦闘専門のタイプ。あんなのがゴロゴロいたらお手上げだけどね。今のあなたでも充分に戦えるわ」


 話が一通り終わった頃、小さな女の子が近寄って来た。そして僕達のテーブルの空いてる席にちょこんと座った。セミロングのピンク色の髪の毛にピンクのワンピース。瞳は真っ赤に光る。ここら辺じゃ見ない顔つきだ。迷子かな?とりあえず話しかけてみた。

「あの、お嬢ちゃん、どうしたの? パパとママは?」

「…は…ん…じゃな…」

「ん?」

 あまりにも小さな声に思わず聞き返した。

「…しゅう…も行…」

 仕方なく口元にまで耳を寄せた。すると突然少女の掌が思いっきり頬を打つ。

「痛ーーーーい!!」

 思わず仰け反って椅子から転げ落ちた。見兼ねたエリルが、紙とペンを出した。するとスラスラと書き始め、テーブルに置いた。

 [私はお嬢さんじゃない。仲間の募集と聞いたから私も行きたい。顔が近かったら殴った]

「ごめんね、私達これからとても怖いところに行くの。だから可愛くて小さな女の子を連れて行くわけには行かないわ」

 少女はまたペンで書き始めた。

 [私はアイリス。十八歳。結構強い。怖くない]

「歳上ーーー!」

「ちょっとビン、喋り方あの口無しのが移ってるわよ。それにしても驚いたわ。その背格好で十八歳なんて」

 驚くエリルは彼女の異変に気付いたようだ。実は僕も違和感があった。この子は何かを隠している。エリルはそっとアイリスの首筋に手を伸ばす。

「やっぱり、呪いだわ」

「呪い?」

「この子は何かしらの呪術にかかっている。この首筋にある痣を見て」

 そこには歪なハートマークのような真っ黒い痣があった。しかし何故か不思議と温かみのある呪いだった。

「私も生で見るのは初めてだけど、確か制限呪術と言って、何かしらを封印されてるんだと思う。本当に十八歳だとしたら、身体と声を抑え込まれてると思うわ」

 話した結果、僕の《癒しの眼差し》で何とかならないか試してみる事にした。見つめるが何も起こらない。ずっと力を込めるが一向に変わった気配は見られなかった。しかしアイリスは急に泣き出した。

「…あ、あー」

「ビン、続けて!」

 僕は力の限り見つめ続けた。数分すると、彼女は涙いっぱいの顔で笑った。

「あ、あー。嘘みたい。声が出てる。私、声が出てる!ありがとう。ありがとう!」

 アイリスは僕の手をギュッと握った。


 アイリスは事の経緯を話してくれた。

「つまり、あなたはある敵に襲われ、返り討ちは失敗。仲間は全滅。そしてあなたは何かしらの呪術をかけられ、身体が小さくなり、声も殆ど出せなくなっていた。その仇打ちがしたいけど、そんな身体と声じゃイヤーに入る事すら出来なかった」

「そうなの!こんな見た目でも中身は立派なレディなのに!子ども扱いするし、基本筆談しか通用しないし、誰も相手にしてくれなくて。ひたすらこの街で仲間を探してた。でも何度も何度も断られて、もう今日で最後にしようって決めてたの!でもエリル達と出会えた。そしてこの声を戻してもらったビンにも出会えた!これは運命だよ!」

 今度はギューっと抱きつかれる。さっきとは打って変わって物凄い勢いだ。見た目年齢七歳くらいなのに、パワフルさは間違いなく年相応だと思った。

「と言うわけで!私アイリス、これからはお二人のために全力で張り切ります!」

「事情は分かったわアイリス。でもまだ仲間にすると決めた訳じゃないのよ。そもそも力を封印されていたんじゃ戦えないでしょ?」

 アイリスはニヤリと笑う。

「それが何と、封印されたのは身体と声と一つの能力だけなの!私もビンと同じで、今でも超常種のメモライザーなんだよ!封印された方は確かに惜しいけど、一つ残ってるし、まだまだ全然戦えるもん!」

「でもねアイリス。戦えるかどうかは実践してみないと」

 エリルがそう言いかけた瞬間、背後に気配を感じた。首元を鋭い爪で引っ掻かれる直前のような感覚だ。エリルは危険を察知してすぐに背後に肘鉄を打つ。しかしそのスピードを上回り背後から遠退く影。それは紛れもなくアイリスだった。僕も後ろを振り向くと、可愛いげに手を振るアイリスが抱きついてきた。でも当の本人は椅子に座ったままだ。

「帰っておいで《ドッペルゲンガー》」

 アイリスが呟くと、抱きつくアイリスは影のように消え失せた。そして椅子に座るアイリスは元気よく言った。

「これが私の超常種ドッペルゲンガー。ちなみに私、前のチームではバリバリ武道派の前線担当だったよ!」

 エリルはしてやられた、という顔で椅子に座り直す。

「疑ってごめんなさいね。あなたの実力、確かにこの目で拝見しました」

「って事は?!」

「これからよろしくね、アイリス」

 エリルとアイリスは握手を交わす。そして僕も握手しようとしたら抱きつかれた。何だか複雑な気分だ。


「そうと決まれば早速明日出発しましょう」

「そうだね。心強い仲間も出来たし、これで安心してイヤーに乗り込めるね。そう言えばアイリスの仇ってどんなやつなの?」

「それがね、すっっごく強くて、一人は目がないのにどんな攻撃も避けちゃう女の人で、もう一人は口が無いのによく喋る変なおじさん!」

 僕とエリルは同時に目が合った。

「ねぇアイリス。その男って紫色の髪の毛だった?」

「んー、言われてみればそうだったような。手が爆弾みたいにぼーんってなるの!」

 エリルは小さく笑った。僕と同じ気持ちだったんだと思う。人生は繋がっているんだ。きっとアイリスは、僕達を待っていたんだ。

「こんな事があるなんて、どんな偶然かしら。アイリス、ビン、ちょっと座って」

 エリルは改めて説明を始めた。

「偶然にも私達は今日、その口無しの男に出会ったの。逃げられちゃったけどね。そしてその男はホヤニス協会という組織にいる男よ。私の旅の目的は、ホヤニス協会への復讐と、お父さんの記憶を取り戻す事。つまりは共通の仇ってわけ。もう仲間にならない理由なんて見つからないわ」

 ジュースを両手で飲みながら足をパタパタさせるアイリスは、見たまんま少女だった。という事は中身も少女のような性格のようだ。

「良かった!じゃあ契約成立だね!」

「うん。でもさ、そもそも何でアイリスはホヤニス協会に襲われたの?」

「私の力が珍しから、奪いに来たみたい!初めはババーンとやっつけてたけど、その二人は圧倒的に強くて。バッチリやられちゃったの!でも仲間が最後に奪われるくらいなら、って呪術で封印してくれんだ!封印によってその存在が気付かれなくなったから、それからは追われる事もなく命だけは助かってるの。感謝」

 アイリスは真面目なのか抜けているのか、合掌をして仲間を弔っていた。

「なるほど、呪術をかけたのは仲間の方だったのね。それにしてもそんなに貴重な能力って何かしら」

「エリルは古来種って知ってる?」

「あぁ、知ってるも何も、エリルは古来種のメモライザーだよ」

「えー!じゃあ私と一緒だね!」

 その場が一瞬静まり返る。

「エ、エリル。古来種って結構数多く存在するの?」

「馬鹿言わないで。古来種は世界に五つしか無いと言われているわ。《風の妖精》《水の聖母》《火の踊り子》《光の精霊》《闇の使い魔》の五つだけ」

「はいはーい!火の踊り子でーす!」

 ハテナ顔のアイリスは気付いていないが、これは間違いなく偶然より崇高な導きだったのだろう。僕達は妥当ホヤニス協会を胸に、この日は宿でゆっくり休む事にした。

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