第6話 口の無い男
僕達は首都部のイヤーに向かって歩き出した。乗り物は乗らずに歩く事にしたのは、情報収集のためと、夜になれば人目につかずエリルの風で移動した方が速いという理由からだった。僕は歩きながら思い付いた事を色々質問してみた。
「ねぇ、昔公園で植物に捕まった時、言霊がどうの、って言ってたけど。あれって何だったの?」
「んー、あれは必殺技みたいな物かな。ある程度能力に慣れてきたら、使い慣れた方法に名前を付けるの。例えば私だったら、鋭い風を刃物のように飛ばす『鎌鼬』だったり、身体に風を纏った状態で、足に出力を集中して移動する『迅人』だったり、対象を素早く移動させる『風鈴』だったり。それを決めておくと、自分が何をしたいのかが瞬時に理解出来て、有利に動く事が出来るの」
「なるほどなぁ。僕も何か決めとかなきゃ」
「そうね。今は何が出来るの?」
僕は自分の手を見つめ、今出来る事を考えた。《千里眼》で出来る事…。
「ただ見つける事しか出来ないや。イメージ出来る物や人を少し離れて見てる感じ。その周りもちょっとだけど一緒に見えるかな」
エリルは急に足を止めて、近くの空き地に入っていった。
「こっち来て。良い事思いついちゃった」
楽しそうに手招きする。エリルが言うには、対象の周りの見える範囲を広げるだけで、かなり使えるものになるみたいだ。
「ビンは今まで遠くの物を探していた。三年もずっとそうやって使ってきたでしょ?それで周りも少し見えるなら、近くだったらもっと見えると思わない?」
「そうか!」
対象が近くになればなるほど、見える範囲が広がるんだ。僕は早速やってみた。目を閉じ、空き地に立つエリルを見る。するとさっき普通に見ていたのと全く同じ感覚で見えた。いや、もしかしたらそれ以上かも知れない。あれ?エリルが移動してる。
「ここで待ってて。しばらく歩くから、私の周りからこの空き地の視界が消えたら教えて」
数秒後に空き地がエリルの周りから消えた。
「見えなくなったよ」
言った側から目の前に戻っていた。これが『迅人』か。
「なるほど、ワンブロックくらいは見えてるみたいね。どう?これなら活かせそうじゃない?」
「うん!ありがとうエリル」
「そうね、折角だから名前を付けましょう」
んー、何にしよう。考えても出て来ない。腕を組み悩んでいると、エリルが助け舟を出してくれた。
「じゃあ『守護霊』は?何か守られてる感じするし」
「良いね!それにするよ」
こうして僕は初めての技を手にした。
「近ければ近いほど練度は上がると思うわ。後は遠くから広い視野で全体を見たり、誰かの目を通して見たり、色々出来そうね」
力の奥深さに身体が震えた。これからもこの力と共に、誰かを助けるんだ。空き地から抜けしばらく歩くと、遠くから鈍い地響きと、かすかな悲鳴が聞こえた。エリルの方を見るが、考えた事は一緒のようだ。
「ビン、掴まって!」
僕達は音の方へ、文字通り風速で向かった。
そこには家が一軒崩壊しかけていた。周りの住人は避難し始めている。何が起きてるんだ。
「ビン!『守護霊』で家の中を」
目を閉じ、壊れた家の中を見た。瓦礫の間で身動きが取れない子どもが一人いる。
「子どもが一人、中にいる。真ん中より右側だ」
「任せて」
エリルは瓦礫の中に突っ込んで行った。すると周りの瓦礫がふわふわ浮かび一息に子どもを見つけ出す。時間にして五秒ほどだ。傷付いた少年に《癒しの眼差し》を使う。傷が引き、意識を取り戻した。
「大丈夫?お姉ちゃんの声聞こえる?」
目を開けた少年は、震えながら言った。
「助けて、マランが、連れてかれちゃった」
「家族なの?」
「妹。白いお洋服、長いの、お面だった人がマランを」
エリルの顔が急に険しくなった。
「あいつらだ。白い長装束と仮面。ホヤニス協会の奴らだ。出発してこんなに早く尻尾掴めるなんて、なんて偶然かしら。ビン、この近くで条件に当てはまる奴を探して!」
「分かった。…いたよ。近くの森の中だ」
買い物袋を持った母親が戻ってきたようだ。少年は母親に抱きつく。
「お母さーん」
「何があったのアラン。大丈夫?怪我はない?誰がこんな酷い事を…マランはどこ?」
「マランが、連れてかれちゃったー」
「お母さん、事は急を要します。私達に任せてください。必ず連れ戻します」
そう言い残し、僕達は森へ移動した。
「確かこの辺りで」
「しっ。見つけたわ」
白装束の男が、少女を抱えながら森の茂みに立っていた。何やらぶつぶつ独りで喋っている。木の裏に隠れ様子を伺う。
「あれれれー?この街の結界が解けたから早速来てみたら、もしかしてこの女の子違うんじゃなーーい?だってだって、当時少女って事はーー、今はもう大人になってるもーーん。はーーおっちょこちょい!」
子供のような話し方と笑い方に、背筋がゾッとした。凄く嫌な感じがする。
「んじゃーもう。この子は用が無いって事だよねーー」
白装束の男は少女を地面に落とし、思いっ切り踏みつけようとした。危ない!と思った瞬間、エリルの風が吹いた。
「『風鈴』」
風が少女を抱き抱えるように僕の手元に運んで来た。そして白装束の男は何もない地面を蹴り潰した。
「その子をお願い」
エリルは男の目の前に立った。振り向くと白い仮面をしている。これがホヤニス協会の人間。生で見ると物凄い迫力がある。
「これはこれはどちら様でしょー?こんなとこでお散歩なんて訳ないでしょーー?あなた“達“誰ですかー?」
バレてる。あの一瞬で二人いる事に気付いたのか?嫌な感じが止まらない。怖くて動けない。
「ホヤニス協会。やっと見つけたわ。あんたらの居場所を教えてちょうだい」
「何故教えなきゃいけないのーー?でもその名前を知っててその態度だなんて、敵なんでしょー?」
急に襲いかかる男の掌が、弾こうとしたエリルの腕をかする。すると大きな音と共に爆煙が上がる。立ち込める煙を一気に吹き飛ばす風。爆発は止まる事なく続き、エリルは防戦一方だった。
「風の使い。なるほどーー!あなたがそうでしたかーーー。見つけましたよ、とうとう見つけましたよーー!何て運が良いんでしょーーー」
爆破の勢いが増し、直撃が入る。風を纏うエリルの攻撃を避けながら、ひたすら爆破するその身体のこなしは、常人ではない。物凄い温風が辺り一面に広がり、木々を揺らす。発信源を見ると、動かない二人の姿があった。直後、男の仮面が割れ、中から顔を覗かせる。
「あらーー。やっぱり古来種相手では敵いませんでしたかーーー。今日はこれでお終いですねーー。でも、見つけましたよ、見つけましたよーーー!」
男の後ろに黒い点々が現れた。それは徐々に大きくなり、繋がって一つの円を作った。その奥は真っ暗で何も見えない、闇のようだ。
「ではまたーー。近いうちにーーー!」
闇に吸い込まれてく姿を前に、エリルが叫んだ。
「ビン、こいつを見て!」
即座に見た顔は、紫の短髪で、耳に大きなイヤリングをしていて、それに…口が無かった。高々と笑いながら闇の中に消えていった。すぐにその円は消え、跡形もなくなる。
「エリル、大丈夫?」
「えぇ、少しかすった程度。問題ないわ。それより、しっかり見たわね?」
「あぁ、口が無かった。どうやって喋ってたんだろう」
「恐らく直接私達の脳に語りかけてたのよ。つまりあいつは初めから私達の存在に気付いて、誘き出すためにわざとその子を殺そうとしたのよ」
「そんな。何て奴だ。あいつがエリルの言っていたホヤニス協会の人間なの?」
「そう。やっと尻尾を掴んだわ。これをどれほど待ち望んだか」
「でも、追わなくて良かったの?エリルの速さなら追い付いたでしょ?」
「あいつ、私を来させないために、最後まであなた達に爆撃を飛ばそうとしてたわ」
これがメモライザー同士の戦い。一瞬の判断ミスが命に関わる。僕の付け入る隙なんて少しもなかった。それどころか怖くて足も動かなかった。
マランちゃんを母親に返した。家は保険で何とかなるらしい。しばらくは実家に戻れるようで安心した。お別れをして、僕達はイヤーへ急ぐ事にした。
「ねぇ、エリル。さっきあいつ、やっと見つけたって言ってた」
「えぇ。どうやら一筋縄じゃいかないみたい。追う立場から追われる立場に変わっちゃったわ。その事については後で考えましょう」
近所でご飯を済ませた。ちなみにエリルはマイマヨネーズを持ち歩いていた。店を出て少し歩いていると夜が来る。
「よし、この暗さなら大丈夫ね」
僕達二人は夜の街の空を飛び進み、大都市イヤーの壁がある場所へ向かった。
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