第3話 エリルの目的

「僕が必要?」

 さっぱり見当がつかなかった。初めて会う人が、こんな僕に何の必要性を感じたのだろうか。

「そう。正確にはあなたの飲み込んだカプセルだったんだけどね。さっきカプセルの種類を話したでしょ。高知種は世界中で売り買い出来るけど、超常種は物凄い貴重なの。だからアホほど高値で取引されるわ。滅多に市場には出回らない。だいたいは裏で取引されてる。ちなみに古来種はもっと貴重よ」

 エリルは話を続ける。

「そして何の運命なのか、あなたはその超常種を取り込んでしまった。下水道で私と出会った直後にね。その能力は私に最も必要で、数年かけて調べ、取引の日時まで探り当てた。なのに何であなたが」

 エリルはとてもガッカリしている。長年かけて探していた物が一瞬で泡になってしまったのだから、偶然とは言えとても申し訳ない気持ちになった。

「ま、考えても仕方ないか。とりあえずちょっとトイレに隠れて」

 僕は言われるままトイレに入った。しばらくするとエリルの声が聞こえた。

「もー良いわよ」

 戻ってくると、エリルはこう言った。

「今私は、この家のどこかにさっきお皿を隠したわ。それを探してちょうだい」

「何で?」

「あなたの力を試したいの」

「分かった、探してくる」

 部屋を歩こうとした時、エリルは僕の手を掴み留まらせた。

「そんな必要ないわ。私の言う通りにしてみて。目を閉じて。そして頭をなるべく空っぽにする。さっき見たお皿を強くイメージして。何か感じない?」

 言われた通りにすると、ビックリした。頭の中で映像が流れてくる。映像だけじゃない、何か肌触りというか、感覚が伝わってくる。さっき見たお皿がまるで目の前にあるような感じだ。

「なんか布みたいなとこにある。でも後ろは硬くて冷たい。透明?」

「よし、初めてなのに上出来だわ。間違いなく本物ね」

 目を開けると、握り拳を作るエリルが笑っていた。今度は部屋を移動して、二階に上がる。部屋の中のカーテンを開けると、さっきのお皿があった。

「これは《千里眼》の記憶よ。世界中どこでも見通す事が出来る力。まだ強く集中しなくちゃだけど、慣れたら複数箇所見たり、周りの状況を把握出来たりするはずよ。これがビンの新しい力」

 僕はしょげた。本当はエリルが使うはずだったものなのに、奪ってしまった。

「ごめんなさい、本当はエリルのものなのに」

「そうね。それが確かに一番だった。でもね、それで結果的にあなたの命は救われた。それに、どこかの誰かに取られるよりかは幾分マシだわ」

「そっか。ありがとうエリル。本物にごめんなさい」

「良いのよ。それでね、ビン。こっからが本番なの」

 僕達は一階に戻り、またテーブルについた。真剣な表情でエリルは話し始める。


「私は今、旅をしている。目的はお父さんの記憶を取り戻す事。そしてお母さんの仇を取る事。それにはどうしても《千里眼》の記憶が必要なの。だからビン、私と一緒に来てくれないかしら」

 僕は毎日、生きるために生きている。何にも出来ないし足手まといにしかならない。だけど助けてくれた恩もあるからお返ししたい。でも。

「何かこの街に心残りがあるの?」

 エリルは僕の顔から察したようだった。

「うん。友達のヨンスを置いていけない。ずっと友達だから。僕達はずっと一緒に暮らしてきたんだ。本当の家族じゃないけど、唯一の家族はヨンスしかいないんだ」

「そうよね。勝手な事言って巻き込んじゃって。家族って大切よね。それは痛いほど分かるわ。じゃあ、ヨンスも一緒なら問題ない?」

「うん!ヨンスとなら行っても良いよ!」

「よし、決まりね。明日日が昇ったら早速ヨンスのとこに行きましょう」

 エリルは椅子から立ち上がると、ふと思いついたように提案してきた。

「そうだ、せっかくだから《千里眼》の練習としてヨンスを見てみたら?慣れ親しんだ人や物なら、今のあなたでもすぐに見つけられるはずよ」

「でもヨンスの家は僕と一緒だからもう知ってるよ?」

「練習だから慣れてる方が良いのよ。やってみて」

 僕はさっきの要領でやってみる事にした。目を閉じて、頭を空っぽに。強くイメージする。しかし何も浮かばなかった。

「ねぇエリル。何も出て来ないよ?」

「変ね。もう一回やってみて」

 それから三度試したが、一向に見える気配はなかった。その様子を見てエリルの表情はどんどん険しくなっていった。

「まさか」

「どうしたの?」

「ビン、落ち着いて聞いてね。《千里眼》で見えなくなる時には二種類あるの。他の超常種の力でかき消されているか、あるいは…存在がこの世にないか」

 青ざめた。血の気が引いた。ヨンスまで居なくなったら本当に一人ぼっちだ。家族がいなくなる。もう寂しい思いはしたくない。もう誰かを失いたくない。

「嫌だ、そんなの嫌だ!ヨンスの家族は僕しかいないんだ。僕の家族もヨンスしかいない。ヨンスが死んじゃ嫌だ」

「落ち着いて、まだ決まった訳じゃないわ。今から確認しに行きましょう。場所を教えて」

 玄関から出るとすぐに、僕達は風の様に宙に舞った。そして空高く飛び、風を切った。


 いつもの裏路地は酷く悪臭が漂う。何かが腐ったような匂いだ。一足先に路地裏に入ったエリルは大きな声で僕を止めた。

「来ちゃ駄目!」

 僕はエリルの手を退けて前へ進む。そこには血を流し倒れたヨンスの姿があった。そんな事ってないよ。何でヨンスが。何もしてないのに、何も悪い事してないのに。たった一人の家族を失った。僕はもう独りぼっちだ。

「何でだよ、誰がこんな酷い事を。返してよ。僕のヨンスを返してよ」

 抱きついたヨンスの身体はとうに冷え切っていて、コンクリートと同じ温度になっていた。どうにも出来ない気持ちに、僕は泣きながら下を向くしかなかった。そしてその時目にしてしまった。血の付いた包丁を。これは下水道で僕を襲おうとした男の持っていた物と同じだった。あいつが、あいつらがヨンスを。

 包丁を手に取ろうとした時、血がぽたぽた垂れてきた。その軌道を目で追うと、エリルの千切れるほど握った拳だった。その顔は憎悪に満ち、獣のように唸っていた。エリルもその包丁に見覚えがあるようだった。

「また私から奪うのね。何でなのよ。いくつ命を奪えば気が済むの。あいつら、殺してやる」

 急に風が吹き荒れ、一瞬にしてエリルはその場から消えた。凄く嫌な予感がした。こんな時どうしたら良いんだろう。でも僕の身体は勝手に動いていた。ヨンスにお別れを告げ、風の残り香を頼りに真っ直ぐ走りだした。

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