第2話 記憶のない少年少女
「あなた今何て言ったの?飲んじゃった?じゃあ私の長年探してた物は今頃あなたのお腹で溶けてなくなったっていうの?!」
胸ぐらを掴まれ、激しく首を上下左右に振られる。口から泡が出て僕は気絶しかけた。
「まだこの辺にいるはずだ。徹底的に調べろ。三人とも必ず探し出すんだ」
薄れゆく意識の中で、看守達の声が薄っすらと聞こえる。僕達を探しに来ているんだ。
「もう。このままだと見つかってしまうわ」
まただった。牢屋から森に来た時みたいに彼女が手を握ると、僕の周りの景色どんどん変わっていき、一瞬で何処かの部屋に来ていた。虚ろう意識の最中、頬を叩かれる。
「ちょっと、起きてよ。そんなに強くしてないでしょ」
「あ、ごめんなさい。助けてくれてありがとうございます」
「別に助けたわけじゃないけど。とりあえずシャワー浴びてくれる?汚いったらありゃしないわ」
言われるがままに僕はシャワーを浴びに行った。ここはどこだろう?あの人の家かな。でも見たことない機械とかがいっぱいあって、研究所みたいだったけど。
シャワーから出ると、綺麗に畳まれた服が置いてあった。袖を通すと、かなりブカブカだった。これは見た事があった。ワイシャツというやつだった。一度も来た事がないから着替えるのに戸惑った。ボタンの掛け違いを直し終わると、奥から何かを焼く音と、美味しそうな匂いがする。
「あら、もう上がったの?今作り終わるからちょっと座って待ってて」
テーブルにはパンと牛乳とマヨネーズとお皿が並べられていた。
「はい、目玉焼きとベーコン。有り合わせだからこんなのしかないけど。あなた何も食べてないんでしょ。ずっとお腹鳴っていたわよ」
僕はパンに手を伸ばした。こんな柔らかいパンを食べたのはいつ頃だったろう。目玉焼き、温かい。こんな温まった料理を口にしたのは久し振りだ。ボロボロ泣きながら、息つく間も無くがむしゃらに食べた。どこか懐かしい味を噛み締めながら。
「そんな泣きながら食べて、美味しいのか不味いのかどっちなのよ」
「美味しい。凄く美味しい。ありがとう」
「見たところ、あんたフェブラの貧民街に住んでるの?」
僕は全部平らげ、牛乳を飲みながら答える。
「ううん、僕は貧民街からも追い出されて、今は近くの路地裏に住んでる。友達も一緒」
「あら、そう。だからこんなご飯でも喜んでたのね。家族はいないの?」
目の前の美少女はパンにマヨネーズをたっぷりつけながら聞いた。
「うん、いない。でも正確には知らない。お父さんやお母さんと暮らした記憶はないんだ。気が付いたら貧民街にいた。それから自分で色々勉強して、記憶を売ってを繰り返してたけど、他の人に家を取られちゃって。だから今はジャニアの路地裏に住んでる」
「ジャニアは比較的安全な街だしね。良い判断だわ」
「そうなの?ずっと歩いてたらジャニアに着いたんだ。何だか懐かしいから住んでる」
「あら、それならもしかしたら私と同じ故郷なのかもね」
「お姉ちゃんもジャニアの人?」
「出身はね。今は色々と転々としてるわ。それより食べ終わったら食器洗ってちょうだい」
僕は食器を持ってただ呆然と立ち尽くした。
「何してるの?」
「何処で洗うの?」
呆れた顔で指差された所に行く。しかしまた立ったまま動けない。
「あんたもしかして、台所の使い方も知らないの?」
「台所?」
「そうか、そういう事なのね。良い?これが蛇口。捻ると水が出るわ」
水は井戸にしかないものだと思っていた。毎日フェブラまで歩いてこっそり水を汲みに行っていたのに、こんな簡単に出てくる事に驚いた。僕にはその記憶すら残っていないのだ。
「そしてこのスポンジに洗剤をつけて洗う。そしたら濯ぐ。そしてこの布で拭くの。そっか、あそこに住んでたら普通の生活は出来ないものね。それにしても知らな過ぎよ」
一通り片付け終わると、彼女は椅子に座り直した。僕も同じように座る。そして息つく間もなく質問をした。
「何でお姉ちゃんは僕を助けたの?何で瞬間移動出来るの?何で強いの?ここは何処?お父さんとお母さんは?僕は何でここにいるの?」
「あーもう、立て続けに質問しないで。こうなったからにはちゃんと説明するから。まず私はあなたを助けたつもりはない。あなたの持っているはずだったカプセルを助けたの。そして瞬間移動と強さについては」
彼女はマヨネーズの瓶を置き、さっきのお皿を指差した。すると突然、お皿が宙を舞った。そして僕の目の前にカタン、と置かれた。
「どうやったの?」
「あなた、記憶カプセルは分かる?」
「うん。飲むとその中の記憶が分かるやつ」
「そう。じゃぁいくつか種類があることは?」
「知らない」
「んじゃそこからね。記憶カプセルは誰かの記憶から抽出して、それを液体化して閉じ込めた物。そして抽出されたその人の記憶は失われる。代わりにカプセルを摂取した人にその記憶が芽生える。ここまでは良い?」
「うん」
「そしてその記憶カプセルには種類がある。一般的な物を除いて、価値ある物を大きく分けると〈高知種〉〈超常種〉〈古来種〉の三つよ。それを【メモリー】というの。普通のカプセルなら、ただその記憶の中の知識を得るだけ。その価値が高い、例えば専門職とか特殊な技術などは、高知種と言って珍しいもの。普通に売られているのはここまでね」
「うん」
「さらにその上を行くのが超常種。これは世間一般で言われてる超能力みたいなもんよ。その使い方や知識が詰まった記憶を手に入れる事ができる。そして最後が古来種。これは人智ではまだ未解明の存在の記憶や語り継がれた伝説など、眉唾と思ってしまうような事が秘められた最上級の代物。そして私は、その古来種の
理解するのが必死だった。とりあえず分かったのは、記憶カプセルには種類があって、このお姉ちゃんが強いって事だ。
「そしてここは私の家、兼お父さんの研究所だったみたいなの。私のお父さんは記憶カプセルの研究に携わっていたらしいわ。今は壊れているけど、あれは記憶を抽出するための道具よ」
指差した方向にはさっき見た機械が並んでいた。埃被っていて、古いしちょっと臭い。
「そして、お父さんとお母さんは、いないわ」
「僕と一緒だ」
「そうね。でも少し違うかも。私はお母さんの事は覚えてる。もう死んじゃったけど。そしてお父さんの事は、記憶にない。全て盗られたの。お父さんがどうなって、今何処に居るのかは全く思い出せないわ。ただ記憶を盗られた直後、目の前でお母さんが殺された事は鮮明に、覚えてる。ってごめんなさい、変な話をして」
「大丈夫だよ。僕も目の前でたくさんの人が死んだ。いつも怖かった。次は僕かも知れないって」
貧民街では日常だった。毎日食べる物に追われ、喧嘩や騙し合いばかりで、友達はヨンスしかいなかった。
「お姉ちゃんは何で助かったの?」
「私は風の力で逃げたわ。字のごとく風の速さでね。あなたの聞きたい瞬間移動の秘密はそれね。そういえば、あなたはいくつ?」
「十四歳。ビン」
目の前のお姉ちゃんは不思議そうに首を傾げた。
「ビン、あ、名前ね。そう言えば名乗って無かったわ。私はエリル・フラグレンス。十七歳。エリルで良いわ。ビンのファミリーネームは?」
「ただのビンだよ。それ以外覚えてないんだ」
「分かったわ。そして最後の質問、あなたがここにいる理由。それはね、ビン。私にはあなたが必要だからよ」
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