キーメモリー【ホヤニス協会編】

@rohisama819

第1話 踏み込んだ世界

「駄目駄目、こんなんじゃ全部合わせたって三十ケルンにもならねぇ。みすぼらしい格好しやがって」

 僕は覚えたばかりのゴミ拾いの記憶を売りに来たが、門前払いだった。

「良いか坊主。この世は記憶が全てだ。どんな記憶を持っているかで人生が決まってしまうのさ。金が欲しいなら、価値のある記憶を持ってきな」

 店から突き出されると、僕はトボトボとお店を後にした。

「はぁ、何でこんな時代に生まれてきたんだろう」

 前に仲間から教えてもらった事がある。昔はこんなに貧富の差はなかったそうだ。誰もが生きやすい世界。全てが平等だった世界。人々は誰も求めず、与えるだけの世界だったらしい。

 僕は産まれた時から右の肩に変な痕がある。それを理由によくいじめられていた。たったそれだけの理由でだ。そう。この世は理不尽なんだ。

「はぁ。家に戻ろう」

 家と言っても、ヨンスと二人で寄せ集めの木材で作った、路地裏にある屋根だけの小さな空間だ。その時の記憶も、食べる物に困って、微々たる金に返金したから、もう作り方は思い出せない。

「今日のご飯どうしよう」

 力無く通りを歩いていると、警官が話しているのが耳に入った。

「もうすぐで奴が現れる。狙いは裏商店で高額取引される記憶カプセルだ。気を抜くなよ」

「分かってますって先輩。この街の一番大きい交差点の下の下水道でしょ。バシッと見つけて逮捕してやりましょう」

「誰が聞いているか分からないんだ。情報は絶対に漏らすなよ」

 警官が去るのを待って、僕は歩き始めた。この格好でガリガリに痩せた子どもなんて、見つかっただけで罵られる。誰も助けてなんてくれない。高値の記憶カプセルさえあれば僕だって、それを売ってお金持ちになれるのに。そんな運さえ回ってこない。この世は理不尽だ。


 しばらく歩くと、僕は立ち止まる。そうだ、さっき警官が言っていた話。裏商店とかには、きっとたくさんの高額なカプセルがあるんだ。それを一つでも盗めたら、お腹いっぱいご飯が食べれるんだ。そう思ったら、自然と足は交差点に向かっていった。この街の裏路地や下水道には慣れていた。悪戯に暴力を振るってくる輩から逃れるために、抜け道や構造などは大体分かっている。

「あの交差点の真下なら、ここからが一番動きやすいかな」

 マンホールを開けて中に入る。暗い道だが、いくつかの差し込む光を頼りに頭の中で地図を作る。いつもは隠れるためだけだったので、歩き進むのは初めてだった。道沿いにいくつか角を曲がると、薄暗い光が見えた。光の近くまで行くと、奥から図太い男の声が聞こえた。

「はっはっ。これだけの上物なら、そうとう高く付くぜ。これでしばらくは遊んで暮らせるぞ兄弟」

「ひっひっ。まったく、こんな物盗んでくるなんてお前は天才だな」

 この距離だと良く聞こえない。もっと近くに。そう思って進むと、床に滑って転んでしまった。下水道に鈍い音が響き渡る。

「誰だ」

 扉が開く。ヤバイ、見つかったら殺される。早く逃げなきゃ。体勢を立て直し起き上がるが、それより早く僕は見つかってしまった。

「誰だ、坊主。こんなところに一人でくるなんて。死にてぇのか」

 薄暗く良く見えないが、手に持っているのはたぶん刃物だ。間違いない、ここが裏商店。殺される。

「待ちな、兄弟」

 もう一人の男が声を発すると、目の前の男は刃物を振り下ろすのをやめた。

「どうした。見られたからには生かしておけないだろ」

「馬鹿言うんじゃねぇ。今日は取引先のお方がお見えになるんだ。かと言ってこんなとこまで本人が来るはずもないだろう。そいつはおそらく媒介人だ」

「なるほど。そういうことか。よし、来い」

 僕は足を震わせながら、男達の商店へ入る。古汚い店内には刀やナイフ、斧に銃器等が乱雑に飾られていた。

「ようこそバルニー雑貨店へ。お前さん、ホヤニス協会の媒介人の方でしょう。さぁさ、お座りくださいな」

 僕は言われるがままに座った。辺りを見渡すと所々に乾いた血の後がある。さっきの男は包丁を持って僕に警戒を払う。

「では早速取引と行きましょう。約束の小切手をお出し下さいな。こちらはちゃんと用意してあります。これが例のカプセルでございます」

 テーブルに置かれたカプセル。これはきっと高価な物に違いない。ぶるぶると震えながら、僕は動けなかった。お腹が空いて死にそうになったことはあったが、命の危機に晒されたのは初めてだった。

「おい、こいつさっきから何も言わないぞ。怪しいな」

「怖がる事はありませんよ。ただあなたの持っている小切手を渡し、このカプセルを依頼人に持って帰るだけ。簡単でしょう?」

「やっぱりおかしい。ちょっと調べさせてもらうぞ」

 男は僕のズボンのポケットを調べた。パンツの中も、爪先が破けた靴の中も調べている。それでも全く動けなかった。

「やっぱりだ、こいつ何も持ってねぇ。やっぱやるしかねぇな」

 男は包丁を大きく振り返った。僕が死ぬのを覚悟した瞬間、後ろから強い風が吹いた。しかしそれは風ではなく、一人の少女が走り抜けただけだった。

「何だ?!」

 男達がそう言葉を言い終わるか否か、少女は部屋の中を動き回る。壁を蹴り、天井まで飛び、そのまま思いっきりテーブルに着地する。テーブルが割れる音がしたと思うと、埃煙と共に部屋中の物が吹き飛ばされた。まるで巨大な扇風機からの風を一直線に浴びたように、男達と一緒に僕も吹き飛んだ。その時口の中に何か入ってきたが、思わず飲み込んでしまう。

「あれ、強すぎたかな。まぁ良いわ」

 一瞬だったが目にした少女は、真っ黒な長い髪をふわりとなびかせ、力強い黒の瞳で獲物を見定める。華奢な身体を瞬時に動かし、風に揺れるスカート。そこから瞬時に消え、少女は男二人を薙ぎ倒し、僕の方へ向かってきた。助かった。そう思ったが、彼女は僕の腹を思いっきり殴った。


「うぅ」

 目が醒めると、僕は牢屋にいた。まだ殴られたお腹が痛む。そうか気絶してここに運ばれたのか。いや、捕まったのだ。

「起きたか」

「あ、あの、僕は何で牢屋に入れられてるんでしょうか?」

「お前は馬鹿なのか?密輸品の売買はこの国では重い罰則が与えられる。一味のお前には当然の報いだろう」

「違います。僕は関係ないんです」

「あの場にいて関係ないはないだろう。話は後で聞く。少し黙ってろ」

 もう理解していた。僕は踏み入れちゃいけない世界に足を突っ込んだんだ。目先の欲のためだけに、人生を棒に振ってしまった。とても酷い生活だったが、それでも生きてこれた。でももうお終いだ。小窓から差し込む月明かりの元、僕は膝を抱えた。


 数分後、僕の頭に小石が当たった。すると小窓の方から声がする。

「聞こえる?」

 声だ。小窓を見ると、さっき裏商店に乱入してきた少女がいた。大きな黒い瞳でこちらを見ている。

「あなたをここから出すわ。協力しなさい」

 助かるなら何だって良い。僕は二つで返事した。

「良く聞いて。今からこの壁を壊すわ。それなりの穴が出来るからすぐ出て。看守は今居眠りしてるけど、大きな音で目が醒める。鍵を開けるその瞬間までに抜け出してこっちに来なさい」

「そんな無茶ですよ。こんな分厚い壁」

「良いから黙って。行くわよ」

 爆音と共に壁に穴が空いた。それと共に看守が目を開ける。

「何事だ!?」

「早く!」

 少女は僕の手を握った。その瞬間からは記憶が飛んだかと思った。一瞬にして監獄から森の奥地に到着していた。


「た、助かりました。ありがとうございます」

「別にあんたを助けてたんじゃないわ。早く返してちょうだい」

 太々しく手を前に出されるが、何の事か分からない。

 僕は何も持っていないと言うと、彼女は怒りを露わにした。

「そんなわけないでしょ。確かにあなたが持っているはず」

 訳が分からなかった。僕はただ見つめる事しか出来ない。すると彼女は溜息をついた。

「そうよね、あなたはどうやらホヤニス協会の奴じゃなさそうだわ。こんなに怯えてるし。ちゃんと説明するから良く聞いて。私はあの裏商店で取引される予定だった記憶カプセルを奪いに来たの。私の目的のためにどうしても必要な記憶。そのカプセルが勢いで何処かに飛んで行った。店の中には残っていなかったの。店中探してもなくて、男二人も持っていなかった。あなたを調べようとしたら警察が押し掛けて来て、逃げざるを得なかった。さ、これだけ話せば分かるでしょ。早く出さない」

 僕は思い出した。たぶんあの時口に入ったのが、その記憶カプセルだ。

「すいません、それ、飲んじゃいました」

 彼女は身体中をプルプル震わせ、額に青筋を立てる。そして大声で叫んだ。

「ふざけるなー!!!!!!!」

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