第3話

 犯人はクラスメイト全員のアドレスを知ることができ、なおかつ同じクラスの人間。それぞれのクラスは生徒だけで成り立っているわけではない。そこに担任という存在も含めて、初めてクラスとして成り立つ。つまり、糸井先生もまた立派な容疑者だったわけだ。


 沙織の葬儀の際、糸井先生は沙織の葬儀のほうへとつきっきりで、引率は代わりに副担任の関谷がしていた。あれは、担任として葬儀に参加したのではなく、親族として――母親として葬儀の段取りをしなければならなかったから。また、沙織の葬儀が終わってからしばらくの間、クラスに顔を出すのが副担任の関谷であったのも、初七日を終えるまで糸井先生が学校を休んでいたからである。


 これまで江崎達は、その場に応じて糸井先生との接し方を変えてきた。その根底には、江崎達が幼い頃に親同士の間で結ばれたという【親しき仲にも礼儀あり条約】があったからだ。公私をしっかりと分けるという考え方に従って、プライベートでは沙織の母親として、そして学校では担任の教師として、江崎達は糸井先生に接してきたのである。


 余談であるが、高校に入って江崎がやんちゃを止めたのも、実のところ担任が沙織の母親であったからという理由が大きい。中学までは好き放題をやって来たし、担任に迷惑をかけても何とも思わなかった。けれども、高校の担任が幼馴染の母親ともなれば、迷惑をかけるわけにもいかなくなる。よって、江崎は高校に入ると同時に、ほんの少しばかり丸くなったのだ。もし、担任が別の教師であったのならば、相も変わらず悪さばかりしていたのであろう。


「糸井先生、貴方が犯人であることは程島によって告発されていたんだ。これで認めて欲しいけど、認めないというのであれば、他にも根拠がある」


 おばさんと糸井先生は同一人物だった。決定的なのは、江崎達が沙織の部屋の片付けをすると言い出した時のおばさんの言葉にある。あの時、おばさんはと江崎達に問うている。確かに、おばさんの言う通り、テスト期間に差し掛かっていたわけではあるが、そもそも沙織と別々に暮らしていたおばさんが、どうして江崎達の学校のテスト期間のことを知っていたのか――。それは、沙織の母親もまた、江崎達の学校に関与していた人物であるからに他ならない。江崎達の担任だからこそ、テストの予定も把握できていたのである。


 ただただ絶句。糸井先生は完全に言葉を失い、葛西の推論に翻弄ほんろうされるだけ。だが、それを認めるような素振りも見せない。早いこと説教が終わるのを待つ子供であるかのように、こうべを垂れている。ようやく絞り出した言葉は「違うの――そうじゃないの」だった。


「どうしても認めてはくれないんだね。だったら、もうひとつ決定的な根拠を見せてあげるよ。それは、お悔やみ様から送られてきたメールの中にある」


 糸井先生にさらなる追撃を仕掛けるかのごとく、葛西は手に持ったままだったスマートフォンを改めて操作して、ある画面を出した。それは、お悔やみ様から最初に送られてきたメールの画面だった。


「別にどのメールでも構わないんだけど、お悔やみ様から送られてくるメールには、ある癖のようなものがあった。それは、一斉送信を行う際に打ち込まれたクラスメイトのアドレスの順番にある――。これ、後で調べて分かったことだけど、ある一部を除いては綺麗に五十音順に並べられているんだ。まるで出席番号に従ったかのようにね」


 そう言われた江崎は、スマートフォンを弄ってお悔やみ様からのメール画面を呼び出す。一斉送信の際に打ち込まれたクラスメイト達のアドレスは、五十音順になって順番にずらりと並んでいる――。そこで江崎はある矛盾に気付いた。


「たっちん、ちょっと待てよ。だとしたら、並んでいるアドレスの頭に委員長のアドレスがあるのって、おかしくねぇか?」


 その質問が出てくることを待っていたかのように、葛西は振り返って自信に満ちた表情を見せた。


「いいや、おかしくはないのさ。委員長より先にかぁこのアドレスがないことこそ、犯人が誰なのかを指し示しているのだから――」


 そう、江崎が気付いた矛盾点とは、委員長のアドレスが頭に表示されていることだった。委員長の苗字は井口である。そして、佳代子の苗字は天野だ。もし、これが五十音順に並べられたらものだったとしたら、頭にくるのは委員長のアドレスではなく、佳代子のアドレスでなくてはならない。


「それに、一部を除いて五十音に並べられているって言っただろ? その一部というのは、かぁこ、しょーやん、俺の三人なんだよ。俺達のアドレスだけが、五十音の法則から外れて並べられているんだ。でも、これにはれっきとした理由がある」


 葛西はそこで言葉を切ると、改めて糸井先生のほうへと向き直ってから口を開いた。


「その理由は簡単。犯人の中での俺達は、葛西匡、江崎将兵、天野佳代子ではなくて、たっちん、しょーやん、かぁこだったからだ」


 糸井先生が顔を上げて、驚いたかのような表情を見せた。その反応を見て、葛西が何を言わんとしているのか、おおよそのことを察する江崎。


「貴方はクラスメイト全員に、さおりんの名前を使ってメールを送った。それこそ、この地方に伝わるお悔やみ様を偽ってね。クラスメイト全員のアドレスは、さおりんのスマートフォンから入手したということで間違いないと思う。でも、ここで貴方はやってはいけないミスを犯してしまった。わざわざ五十音順に並べなければ、こんなミスもしなかっただろうにね――」


 小さい頃から葛西はたっちんと呼ばれてきた。江崎はしょーやん、そして佳代子はかぁこ。これは、幼馴染とその両親の間だけで通用していたあだ名であり、今でも互いにあだ名で呼び合っているが、それは限定的な場である時だけに限られる。すなわち、あだ名がクラスで通名となっていたわけではないのだ。事実、野沢や影山は苗字で呼んでいたし、葛西と交友のあった野球部の連中も、葛西のことを匡と下の名前で呼んでいた。


「つまり、本人は五十音で並べたつもりであっても、ついつい、いつもの癖で、俺達をあだ名で認識してしまったんだ。そのままアドレスを並べたもんだから、本来なら委員長より先になければならないアドレス――かぁこのアドレスが、委員長の後に続いていたんだよ。俺としょーやんのアドレスも、たっちんとしょーやんで認識されていたから、五十音の法則から外れてしまったってわけさ」


 糸井先生はメールを一斉送信する際に、大きなミスを犯してしまった。それは、江崎達のことを呼びなれたあだ名のほうで認識してしまったこと。そして、このミスを犯せたのは、ごくごく限られた人間になる。


「そして、学校関係者で俺達のことをあだ名で呼ぶ人間は、ごくごく限られてくる。それは俺達自身と――さおりんの母親である貴方くらいなんです」


 とどめの一撃と言わんばかりの葛西の言葉に、糸井先生はとうとうその場に崩れ落ちてしまった。


「それはそうだけど――。そうだけど違うの」


 随分と混乱しているようで、何が言いたいのかいまいち掴めない。ただ、糸井先生の様子を見る限り、おおむね認めたかのように見えた。


「……糸井先生。いや、おばさん。もし良かったら話してくれないか? どうしてこんなことをしたのか。こんなことをしなければならなかったのか。うちのクラスに降りかかった全てのことを教えて欲しい」

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