【三章 親と子】第1話
【1】
月曜日。学校帰りに富々へと寄ってみたはいいものの、特に何かが分かったわけではなかった。送られてきた動画を何度も再生したが、実に抽象的なことしか特定できなかった。
沙織が映っている場所は、恐らく廃工場か何かの類であるということ。そして、沙織は何者かに襲われたのではないかということ。制服を着ているということから、動画が撮影されたのは学校帰りではないのかということ――。正直、江崎が初めて動画を見た際に抱いた印象そのままだった。少し気になるところがあるのだが、考える時間が欲しいとは、その時の葛西の言葉だ。
結局、その日は消化不良のまま解散となり、江崎はもやもやとしたままベッドに潜り込むことになってしまった。
火曜日。実質上の休みだった。日取りが悪かったこともあり、どこの遺族もこの日の葬儀は控えたのだろう。友引に葬式をあげたいと思う遺族などいないだろうから当然だ。江崎は葛西と佳代子に声をかけたのだが、一人で考えたいことがあると葛西には断られた。喧嘩しか取り柄のない江崎と、天然の佳代子が集まったところで話が進展しないことは分かりきっていたから、この日は大人しく家にいた。
手っ取り早いのは、沙織の母親の元へと赴き、話を聞くことだった。親ならば娘の死の真相を知っているかもしれないしれないからだ。しかし、あくまでも週末まで待つというスタンスを葛西は変えなかった。このタイミングで会いに行っても、まず会えないだろうとのこと。それはそうだと江崎も納得した。
水曜日。野球部の連中の葬儀が行われた。一度にいたるところで葬儀が行われるため、江崎のクラスも幾つかのグループに分かれて、それぞれに告別式へと出た。グループは比較的仲の良かった人間の告別式へと振り分けられたようだったが、クラスから距離を置いていた江崎は葛西と一緒に、死の前に富々で会った津幡の告別式へと出ることになった。きっと、葛西がいるからこそ、江崎もそのグループに組み込まれたのであろう。
棺桶にすがりついて泣きわめく母親の姿は見ていられなかった。手塩にかけて育てた息子が自分よりも先に逝ってしまうなど、親からすれば何よりも恐ろしいものだ。クラスメイトの死よりも、泣きわめく母親の姿のほうが、江崎にとっては痛かった。早いうちに母を事故で亡くしているからなのかもしれない。
告別式は、現地集合現地解散という、学校側の対応としては信じられない杜撰なものだった。まぁ、学校側としては、これが精一杯の対応だったのかもしれない。同時に様々な場所で行われる告別式のスケジュールに合わせて、生徒を采配するだけでも、膨大な労力を要したのだろうから。
江崎は告別式が終わってすぐに、さっさと会場を後にしていた。葛西を含むクラスメイトは、まだ会場に残って故人の死を悼んでいたようだが、江崎は目を真っ赤にして項垂れている母親の姿を見ていられなかった。見送るところまではいたのだから、それで充分だろうと抜け出したのだ。
自分勝手で冷たいと思われてしまうのは分かっていたが、元々クラスメイトからはそのように見られているだろうし、今更になって真面目ぶるつもりもない。面倒になって授業を抜け出すのは日常茶飯事だし、またか――と思われるだけだろう。本当は葛西も一緒に連れ出したかったのだか、彼は自分と違ってクラスメイトからの人望も厚いし、優等生の部類に入る。江崎は江崎なりに気を遣ったわけだ。
凪町の隣に位置し、この辺りでは一番栄えているであろう
平日の昼下がりだというのに、街は様々な人が行き交っている。授業を抜け出してきたのか、別の学校の制服の姿もちらほらと見られるし、買い物に出ている主婦らしき人の姿や、スーツ姿のサラリーマンも行き交っている。この辺りでは中心となる市街地ゆえに、嫌でも人が集まるのであろう。この賑わいと凪町の寂れぶりの落差が酷い。
ファッションビルに百貨店、チェーン店の飲食店など、凪町にはないものを持っている中心街は、高校生御用達の街でもあるし、近隣の住人達の買い物スポットでもある。それゆえに、変な奴らも自然と集まってくる。
「――こんな昼間から何をやってるんだか。イエローヘッズの連中はよ」
コンビニエンスストアの前でたむろしている黄色いパーカーを着た数人の男達をチラリと見ると、江崎は鼻で笑った。この街を歩いていると、お揃いの黄色いパーカーを着た連中を目にすることがある。この辺りを根城にしているカラーギャングで、その生息数は夜になると爆発的に増える。
構成メンバーは、高校をドロップアウトしたか、辛うじて高校を卒業したものの定職に就かない10代が大半だったはず。こうして中心街でたむろをしては、気に入らない相手に喧嘩をふっかけたり、カツアゲに精を出したりする。カラーギャングなんて偉ぶってはいるが、ほかの勢力は存在せず、いかにも田舎の悪ガキ達という印象が強い。
「わざわざ腕まくりをするならパーカーなんて着なきゃいいのに――」
そんなイエローヘッズの連中に向かって小声で悪態をつくと、江崎は駅へと向かって歩く。流石に告別式の会場までは乗り付けられなかったが、駅前の駐車場に自前の中型バイクを停めてある。それに乗って、さっさと家に帰ってしまおうという魂胆だ。
江崎は葛西のように、頭の回転が早いわけではなかった。沙織のことを調べようにも、何から手をつけていいのか分からないし、勝手に動いたところで空回りをするだけ。何もできない自分がもどかしいが、それは事実なのだから仕方がなかった。
「あいつは――程島だったか」
ふと、嫌でも目立ってしまう髪型を見かけて、江崎は立ち止まった。茶色がかった髪をツインテールに結び、そして同じ高校の制服を着ているとなると、それはクラスメイトである程島遼子しかいないだろう。スピーカーコンビの片割れだ。津幡の告別式には出ていなかったみたいだし、きっと他の奴の告別式に出た帰りなのであろう。そんな遼子は、駅前にいたイエローヘッズの連中のほうへと、そそくさと近付いた。
この近辺に住んでいる人間で、イエローヘッズのことを知らない人間はいない。見かけたら目を合わせないことが鉄則であり、喜んで近付く人間など、よほど物好きではない限りいないだろう。もっとも、イエローヘッズも相手を選ぶというか、主に高校生相手にしか凄まないヘタレ集団であるが――。周りからどう思われているのかは知らないが、少なくとも江崎はそのような認識だった。
遼子が何やら訴えかけている。話しかけられているのは、小柄の男と、それに反比例するかのような巨漢_だった。二人とも黄色いパーカーを着ており、やはり時期的に暑いのか腕まくりをしていた。
遼子を追い払うかのように手を振る小柄の男。それでも何かを訴えかけている遼子。ついに我慢できなくなったのか、小柄の男が立ち上がり、遼子の腕を掴んだ。そこまで見届けてから、江崎は気の向かないながらに、そちらのほうへと歩み寄った。
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