第17話

 文字という手段ではなく、映像という視覚と聴覚に直接訴えかけてくる手段は、これまでとは違ったざわめきを生み出した。泣きっ面に蜂とはこのことで、ただでさえ気が立っていたクラスは騒然となった。


 これはもはや、悪戯などというレベルではない。動画に映っていたのは紛れもなく沙織本人であり、しかも何者かに追い詰められるような映像だった。この動画の続きがあるものなら、ちょっと怖いが見てみたいものだ。沙織はこの後、どうなってしまったのだろうか。――本当に彼女は自殺だったのだろうか。葛西が疑いに確信を持ち始めるには、充分すぎる材料が集まっていた。


「はい、みんな席に着いて――」


 恐らく何も知らないであろう糸井先生が、出席簿を片手に教室へと入ってきた。教室の空気が異様であると気付いたのか、先生は教室をぐるりと見回すと、野球部の机の辺りで視線を止める。委員長がすかさず「先生」と駆け寄り、身振り手振りを交えて、何かを訴えかける。きっと、このクラスで起きている奇妙な出来事のことを話しているのだろう。糸井先生相手に、メールの件まで話しているかは微妙なところだが、嫌でも目につく貼り紙のことは間違いなく話していると思われる。


 委員長の話を聞いた糸井先生は、何度か小さく頷いてから教壇上に向かった。クラスメイトからは明らかな動揺が見てとれたが、それでも委員長が仲介に入った効果なのか、素直にみんなが席に着く。


「それじゃあ、ホームルームを始めるわね」


 糸井先生は何事もなかったかのようにホームルームを始めた。まず最初に出たのは、このクラスでも犠牲者が出てしまったことと、それに対する追悼の話だった。先生の指示で黙祷を捧げ、そこで区切りを先生なりにつけたのか、今後の予定のことを口にした。


 今週いっぱい、通常の授業は一切なし。クラスでグループに分かれて、亡くなったクラスメイトの告別式に出る旨が伝えられた。それ以外の学校らしい動きはしないとのこと。事実上、告別式に出てしまえば、生徒達は休みとなる。なんでも、校長先生が生徒の心のケアを優先したとかで、そうなったらしい。その代わり夏休みが短くなるかもしれない――と先生は付け足した。


「最後に――教室で悪戯があったみたいだけど、それは先生が他の先生方に伝えておきます。貴方達は無闇にこのことを他で話さないこと。変に勘ぐって犯人探しなんてことをしないこと。いいわね?」


 どこで話題が出るかと構えていたが、先生は最後の最後に、三年一組へと釘を刺す形で話を持ってきた。やはり、問題として持ち帰るようであり、生徒には関わらせないような流れにするようだ。


 放ってはおけない問題ではあるが、早急に解決しなければならない問題でもない。それに加えて、今週末まで生徒達は実質上の休みとなる。事故のばたばたが終わってから取りかかっても遅くはないし、今のところは問題が拡散――生徒間で妙な噂が立たないようにさえしておけば大事にはならない。糸井先生の判断はもっともだった。


 委員長辺りが手を挙げて反論するかと思ったが、そのままホームルームはお開きとなり、先生は慌ただしそうに教室を出て行ってしまった。生徒がクラスひとつ分、一度に亡くなってしまったのだから、忙しいどころの話ではないだろう。こんな状況で通常授業を行うのは不可能であり、校長の判断もまた正解だ。校長も単純に話が長いだけの人ではないということか。


 起立をして、号令と一緒に礼をして、先生が教室を後にする。いつもと同じことをしてホームルームは終わりを迎えたが、普段のような開放感は一切感じられなかった。むしろ、後味の悪さが残っただけだった。ふっと教室に戻って顔を覗かせた糸井先生が「今日は早く帰るように」と、改めて釘を刺すかのように言い残し、再び姿を消した。


 廊下のほうへと顔を出し、今度こそ先生がいなくなったことを確認したのか、野沢が葛西の元へとやってくる。委員長も一緒だ。


「葛西。あのさ、どうしたらいいと思う?」


 意見を求められるべき立場になった覚えはないのだが、全校集会の前に行われたホームルームで、影山を言い負かした印象が残っているのだろう。委員長から頼られているような気がした。副委員長の面目が丸つぶれである。


「今日は大人しく帰ったほうがいいだろうな。今、ここで議論をしても、余計な疑心を生み出すだけのような気がする。やるにしても、みんながもう少し落ち着いてからがいいと思う。先生達もピリピリしてるみたいだし、学校に残っても得にはならない」


 全校集会の後に届いたメール。そして、沙織が映された意味深な動画。議題として挙げられるものは多いものの、その議論を進めるような材料がない。裁判を行うにも準備期間が必要であるように、メールと動画をしっかりと検証できていない状態でホームルームを開いても、互いに疑心暗鬼になるだけだ。


「少しだけ時間が欲しい。俺なりに調べてみたいことがある――」


 その言葉は、クラスの混乱を落ち着かせるためというよりは、沙織の死の真相を知りたいという、個人的な想いが強かった。自殺だと聞かされていたはずの沙織の死が、そうではない可能性が出てきた。幼馴染としてそうあって欲しいと願う幻想ではなく、現実的なものとしてだ。沙織の名を利用したメール、そして沙織の姿が映された動画――。手がかりは決して多くはないが、幼馴染の死の真相を知る足がかりにはなりそうである。


「どちらにせよ、しばらく学校は実質上の休校状態になる。週明けになったら、俺なりに調べたことを、みんなの前で伝える時間が欲しい」


 一週間という限られた時間で、どこまで調べ上げられるかは分からない。しかし、メールを送り付けてきた犯人が三年一組の中にいる可能性は高いし、これらはクラス全体の問題でもある。全貌を掴むことはできなくとも、定期的に報告する場は欲しかった。それはメールを送り付けてきた犯人への牽制にもなるからだ。


「分かった。それじゃあ、週明けにまた、ホームルームを開こう。俺達も調べられることは調べてみる」


 野沢がそう言うと、隣にいた委員長が大きく頷く。こうして協力してくれる人間がいるとありがたい。一人より二人、二人より三人と、調査にあたる人間が多ければ多いほど、集まる情報も多いのだろうから。


「それじゃあ週明けに」


 そう言って野沢達は葛西の元を離れた。


「そうと決まれば、どこから手をつけるかだな――。たっちん、俺にできることがあれば言ってくれ。一人で格好つけようなんて思うなよ?」


「かぁこも一緒に調べる。さおりんがどうして死んじゃったのか、そしてこんなことをするのは誰なのか知りたいから」


 江崎と佳代子が口々に言ってきた言葉に、葛西は頷いて、かすかな笑みを浮かべた。


「当然だ。だって俺達は超腐れ縁の幼馴染だからな。俺達が調べてやらないで、誰が調べるんだ?」


 江崎と佳代子が力強く首を縦に振り、そして三人は鞄を各々に背負って教室の外に向かった。野球部関係の告別式は明日から週末にかけて、それぞれの家庭で行われる。つまり、不謹慎ながらも今日は自由に動ける日だった。


「よし、富々で作戦会議だな。このまま、さおりんがお悔やみ様に仕立て上げられるなんて許せねぇ」


「さおりんは絶対にこんなことしない。例えお化けになったって――」


 江崎と佳代子の言葉を背に葛西は心強く思いながらも、身の回りで起きている奇怪な現象と、真っ向から対峙することを決めたのであった。


「かぁこ、しょーやん。俺達で真相を暴くぞ――」

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