第2話
「おい、うちの学校の生徒に何すんだよ?」
別に仲間意識が強いつもりはないし、そもそもクラスの連中とは距離を置いているから親しくもない。それでも、こうして外で会うと妙な親近感がわいてしまうのはなぜだろうか。ポケットに手を突っ込みつつ遼子のほうへと歩み寄りながら、江崎はそんなことをふと思った。
「あ? 誰に向かって口を利いてんだ?」
遼子の手を離すと、小柄な男のほうが早足でやってきて、下から思う存分に鋭い目付きを向けてくる。なんだか、小さい子どもが精一杯の意地を張っているかのようで滑稽だった。
「お前に向かってに決まってるだろうが。そんなのも分からないとか馬鹿なのか? あぁ?」
ガンの飛ばし合いなら、これまで負けたことがなかった。全く役に立たないが、昔取った杵柄というやつだ。逆に上から思い切りガンを飛ばしてやる。
「おい、金髪。俺達が誰だか知ってんのか? イエローヘッズだぞ、イエローヘッズ。俺が声をかけりゃ、この辺りにいる仲間がすぐに集まってくるぞ」
遼子は「江崎……」とだけ呟き、心配そうに小柄な男と江崎のやり取りを見つめている。巨漢は黙って、こちらのほうを見ているだけだった。
「おー、素直だなぁ。ちびっこ一人じゃ何もできないから、お友達に助けて貰うってか? お子様は家に帰って教育テレビでも見てろや」
恐らく、それは相手にとって、言ってはならない言葉だったのであろう。小柄な男は沸騰したかのように顔を真っ赤にして「てめぇ!」と、右肩を後ろに引いた。繰り出されたパンチを直前でかわすと、江崎はその拳を手の平で捕まえて握り込む。
「あのなぁ、そいつはうちの学校の生徒なの。ナンパするんなら、もうちょっと背が伸びてからにするんだな。牛乳とか飲め。牛乳とか」
そのまま腕をねじり、軽く関節を決めてやった。すると大袈裟に騒ぎ始める小柄な男。挙げ句の果てに、周囲に助けを求め始めた。こんなのがカラーギャングなどをやっているなど情けない話だ。巨漢のほうは巨漢のほうで、なにもせず立ち尽くしているだけだ。ウドの大木とはこのことか。
江崎は舌打ちをすると、小柄の男を突き放す。そして、呆然としていた遼子の手を取った。学校の制服を着たままで面倒ごと――警察の世話になるようなことになったら厄介だ。
「程島、行くぞっ!」
江崎は戸惑う遼子のことなどお構いなしに、半ば引きずるかのようにしてその場を後にした。
「ちょ、ちょっと江崎! 痛いって!」
そんな遼子の訴えさえ、右の耳から入って、そのまま左の耳から出て行ってしまった。とにかく面倒ごとは避けなければ。
中学時代、江崎は問題という問題を起こし続けてきた。もはや進学など絶望的と言われるくらい起こし続けてきた。今の高校に入れたのだって奇跡に等しい。その裏には、強制的に勉強会を何度も開いた葛西の思いやりがあった。合格できたのは葛西のおかげだと言っても過言ではない。当時は教師の間でも奇跡がささやかれたほどの大事だった。
出席日数も不足気味であるし、髪を金に染めるなどという校則違反もかましてはいるが、高校に入ってからの江崎は面倒ごとを避けるようにしていた。自分の時間を割いて勉強に付き合ってくれた葛西に申し訳ないし、学校側に迷惑をかけられる立場でもない。
遼子の腕を引っ張ったまま、中心街の裏路地へと入り込む。幸いなことに警察の姿は見えなかったし、後になって大事になるなんてことはないだろう。
「お前、イエローヘッズの連中に自ら関わりに行くとか馬鹿か? あいつらがどういう連中なのかくらい知ってるだろうが」
両膝に手をついて、呼吸を整えながら声を絞り出した。遼子も同じように呼吸を荒げながら、休み休みに返してくる。
「それは知ってるけどさ……。どうしても話を聞きたくて」
「話が聞きたいって、あの連中に何が聞きたかったんだよ? この辺りで威張るくらいしか能がねぇ連中によ」
遼子は何かしらの用事があってイエローヘッズの連中に近付いたらしい。もっとも、用事がなければ一切関わることのないような相手だろうが。
「沙織の――沙織のことが聞きたくてさ」
どうしてここで沙織の名前が出てくるのだ。ようやく呼吸が落ち着いたところで江崎が顔を上げると、遼子は裏路地から表通りのほうを伺いつつ「とりあえずさ、どっかで落ち着こう」と続けた。
「さおりんのことを? どうしてイエローヘッズの連中にさおりんのことを聞かなきゃならない?」
イエローヘッズと沙織。江崎の知っている限りでは接点が見当たらない。何を根拠として、遼子はイエローヘッズの連中に沙織のことを聞こうとしたのか。
「それは後で話すって。喉が渇いたし、コンビニ行こう?」
久方ぶりに全力で走ったし、確かに喉はカラカラである。イエローヘッズとのやり取りは大事にはならなかったようだし、こそこそとする必要もないだろう。
遼子と一緒にコンビニまで行くと「ちょっと待ってて」と、遼子が中へと入る。しばらくすると、スポーツ飲料水のペットボトルを持って戻ってきた。
「はい、これ。助けて貰ったお礼」
「お、おう……」
江崎は言葉をどもらせながらペットボトルを受け取った。こちらから距離を置いているはずのクラスメイトが、なんの気もなしに江崎のほうへと踏み込んできたことに戸惑いを隠せなかった。
イエローヘッズの真似事みたいで面白くはないが、コンビニの外張りガラスに寄りかかると、ペットボトル飲料を一気に喉へと流し込む。さっぱりとした味わいが喉を通りすぎた。
江崎がペットボトルに口をつけたのを見て、微かに笑みを浮かべる遼子。仁王立ちで腰に手を当て、ペットボトルを傾けるのが横目に見えた。
「くうぅ、こういう日はやっぱこれだねぇ――」
まるで風呂上がりの父親がビールを飲んだ後のような仕草を見せる遼子。江崎の身近にいる佳代子は、こんな親父臭い仕草を見せないから、なんだか新鮮のように思えた。そんな遼子は蓋を閉めたペットボトルを脇に挟むと、江崎に向かって両手を合わせて頭を下げた。
「ごめん江崎! 私、あんたのこと誤解してたわ!」
江崎は底たまに残った飲料水を飲み干すと、ペットボトルを潰しながら返す。
「あ? なんのことだよ?」
どんよりと空は曇ってはいるが、時期が時期なだけに気温は高い。いっそのことカラッと晴れてくれたほうが潔いくらい、気持ちの悪いべったりとした暑さだった。江崎は額に滲んだ汗を拭う。
「いやさ、ほら江崎って中学校時代に悪さをしてたんでしょ? 一人でヤンキーのグループを壊滅に追い込んだとか、暴力団からスカウトが来てるとかさ、色々と噂があるじゃん?」
「ねぇよ。喧嘩はよくしてたけど、そこまでのことはやってねぇよ」
噂というものは背びれ尾びれがついてしまうものであるが、とんでもなく誇張されて出回っているようである。
「まぁ、とにかくさ。誤解してたよ。あんた、案外いい奴じゃん。葛西と佳代子がいつも一緒にいる理由、分かった気がする」
「案外は余計だ。案外は――。それに、あいつらは腐れ縁だからな」
クラスメイトとの距離を置き、そしてクラスメイトから距離を置かれているのが当たり前の江崎。遼子の言葉がなんだかこそばゆかった。
「……で、なんでイエローヘッズの連中に、さおりんのことを聞いたりしてたんだ? 俺の知ってる限り、さおりんとイエローヘッズには何の繋がりもねぇ筈だぞ」
空のペットボトルをゴミ箱に叩き込むと、江崎は再びコンビニの外ガラスに寄りかかる。それにならうようにして、遼子も寄りかかった。
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