第14話

 体育館へと入ると、すでに他のクラスはきれいに整列していた。二年五組と三年二組の間にだけ空間が開けられており、先に教室を出たクラスメイト達が、そこに吸い込まれるように向かって行く。


 三年一組が整列を終えたのは、緊急全校集会開始時間ぴったりだった。五分前行動やら十分前行動やらが日本に浸透してしまっているがゆえに、こうして予定通りに始めることができるというのに、周囲から白い目で見られてしまう。まったくもって余計な悪習であると葛西は思う。


「えー、それではただいまより緊急全校集会を始めます」


 相変わらず音割れがひどいマイクを介して、教頭先生の声が体育館中に響いた。教師陣は体育館の端っこに列を作っているのだが、その表情はどれも疲れているように見えた。その中に担任の糸井先生の姿もあった。先生の姿を見るのは随分と久しぶりだ。他の教師陣よりも疲れているように見えるのは、きっと葛西の気のせいではない。沙織の葬式やらなんやらで、ずっと忙しかったのであろう。


 教頭先生に促されて、校長先生が壇上へと向かう。ピカッと体育館にまばゆい光が差し込み、しばらくしてから地を這うような低い音が体育館を揺らした。雷だ。まだ雨は降っていないようだが、今日も天気は崩れるらしい。


「えー、みなさん。おはようございます」


 お決まりの言葉から入った校長先生の話は、当たり前ながら野球部の訃報がメインであった。


 そこまで強豪校ではないものの、野球部員の数は多く、顧問の先生を含めておよそ三十人あまりが帰らぬ人となってしまった。これだけの数の生徒を不慮の事故で亡くしてしまうのは、きっと学校史上初のことであろう。校長先生や教師陣の心労は計り知れない。


 外の天候は崩れる一方であり、雷の間隔も徐々に短くなっている。いつしか、体育館の屋根を雨が叩き始めていた。


「このような惨事が起きてしまったのは非常に残念ではありますが――」


 校長先生の話が、およそ中盤から終盤へと差しかかった頃のことだった。これまでとは比べものにならいほどの光が差し込み、間髪入れずに雷鳴が轟いた。それと同時に、葛西のポケットがぶるりと震えた。そして、まるで連鎖するかのごとく、様々な着信音が辺りに響いた。そう――三年一組の列から、体育館中に向けて。


「えー、携帯電話は、せめて音が出ないようにしておくこと」


 校長先生が咳払いをして、音のしたほう――三年一組のほうへと視線をやってきた。


 三年一組に、押し殺した動揺が走った。メールの一斉送信……。つい先ほど、それに関して議論を繰り広げた三年一組には、あまりにもタイムリーであり、誰しもが嫌な予感しか抱かなかったであろう。しかし、緊急全校集会の手前、堂々とスマートフォンを取り出して確認するわけにもいかない。何よりも副担任の関谷が、物凄い形相でこちらを睨みつけている。


 もどかしさを覚えながらも、ただでさえ普段から長いと感じる校長先生の話を聞くのは苦痛でしかなかった。何度、周囲の目を盗んで確認してやろうと思ったのか分からない。


「えー、それでは短いようですが、これで私の話は終わりにさせて頂きます。今後の授業の予定などは、この後、ホームルームで担任の先生から説明がありますから、しっかりと把握しておくように」


 生き殺しのような時間が過ぎ行き、ようやく校長先生の長い話から解放される。正直、メールのことが気になって、後半の話は一切入ってこなかった。


 校長先生が壇上から下りると、教頭先生が簡潔に今日の予定を告げる。告別式やら葬式の段取りで教師陣が出払ってしまうため、今日もホームルームが終わったら学校はおしまい。まともに授業を再開できる目処は立っておらず、自習を怠らないようにとのことだった。


 そして、緊急全校集会は解散となった。生徒がいっぺんに出入口へと向かうため、ちょっとした渋滞ができる。そんな最中、三年一組の人間だけは、その渋滞に混じろうとはしなかった。待っていたと言わんばかりに、それぞれがスマートフォンを取り出してメールを確認する。葛西も例外ではなく、スマートフォンを取り出すと、メールの受信欄を見て溜め息を漏らす。――送信主は、例のアドレスだった。


『ねぇねぇ、私を殺したのは誰? 浦沢沙織』


 自然と葛西の元に佳代子と江崎が集まる。それぞれにスマートフォンを手にし、江崎は面白くなさそうな表情を浮かべ、佳代子は少し怯えているようだった。


「たっちん、これってどういうことだ? また、さおりんの名前でメールが送られてきたぞ」


 江崎の言葉に葛西は頷き、体育館の外に向かおうともしない三年一組の姿に「どうやら、みんなにも同じものが届いたみたいだな――」と、呟き落とした。


「かぁこね、薄々思ってたんだけど、さおりんって、やっぱり自殺じゃないんじゃ――。色々考えたけど、さおりんが自殺する理由なんて見つからなかったし、もしもこのメールに書かれていることが本当だとしたら……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る