第13話

 お悔やみ様の仕業ではないと立証するつもりが、あらぬ疑心を振りまいてしまった。こうなってしまわないように話を進めたつもりだったのだが、少しばかり強引な面があったのかもしれない。もっとも、メールの送り主は三年一組の人間である可能性は高く、遅かれ早かれ疑心が飛び交うことにはなっただろうが。


 とにもかくにも、葛西の発言がきっかけで理子と遼子が疑われてしまったのは間違いない。ここは弁明のひとつでもしておかないと、糾弾ホームルームが始まってしまいそうだ。


「あの――もう一人だけ、心当たりがあるよ。クラスみんなのアドレスを知っていそうな人」


 重苦しい空気に耐えかねたのか、それとも葛西のフォローに入ったつもりなのか、佳代子がおずおずと手を挙げる。三年一組の中に一連の犯人がいると知り、少しばかり気の立っている教室の視線は、一斉に佳代子へと向けられた。それにたじろぐ様子を見せつつ、佳代子は口を開いた。


「さおりん――。さおりんだったら、みんなのアドレスを知ってたはず」


 その一言に、またしても教室が騒然となった。沙織はクラスメイトに分け隔てなく接するタイプであり、どちらかと言えばクラスの中心人物だった。クラスで距離を置かれている影山にさえ、気軽に声をかけるところを見たことがある。


 沙織がどこまでクラスメイトのメールアドレスを知っていたかなどは、流石に幼馴染の葛西であっても分からない。というよりも、そんなことを聞く機会などなかったし、その必要性もなかった。佳代子だけは、何かの弾みで知らされていたのであろう。沙織もまたクラスメイト全員のメールアドレスを知っていると――。


「だったら、やっぱり……」


 クラスのどこかから声が上がり、ほら見たことかと言わんばかりに、葛西に論破されてしまった影山が顔を上げる。


「お悔やみ様なんてものはいないし、それが沙織に成り代わるなんてこともない。現段階で犯人を特定することはできないが、これはれっきとした人間の仕業だよ」


 せっかく傾きかけていた流れが、またしてもオカルト寄りになってしまう。その流れをなんとか引き戻そうと発言すると同時に、教室の引き戸が音を立てて開いた。


「お前ら、日本語くらい読めるだろうがぁ!」


 目を血走らせながら入ってきたのは、いつものジャージ姿に身を包んだ、副担任の関谷だった。ずかずかと教壇に上がり、委員長と野沢を睨みつけると、黒板を勢い良く叩く。


「ここに全校集会開始時間と、クラスごとに各自移動するようにと書いてあるだろうが! 今、何時だと思ってる!」


 ふと、教室の時計に目をやると、全校集会開始五分前だった。緊急のホームルームをやっている間に、思っていたよりも時間が経過してしまったらしい。こんな雰囲気だったから、気付いた者はいても言い出せなかったのであろう。


「何をぼさっとしている! さっさと体育館に向かわんかぁ!」


 関谷がもう一度黒板を叩くと、誰からともなく席を立ち、早足で教室の外へと向かう。いつしか周囲の教室から騒々しさが消え、三年一組だけが静寂の中に包まれていた。関谷がぶつぶつと文句を漏らしながら、教室から廊下へと姿を消した。それを見送ってから、葛西は席から立つ。


「あいつ、本当にムカつくなぁ。何様だと思ってやがるんだ?」


 ほぼ同時に立ち上がった江崎が、関谷の消えた教室の引き戸を睨みつける。


「しょーやん、時間に遅れそうになったのは、こちらに非がある。言い方はどうかと思うが、今回ばかりは彼だけを非難することはできないよ」


 葛西はそう言うと、やや俯いたまま立ち上がった佳代子の様子に気がかりを覚えた。明らかに元気がないようだ。


「かぁこ、どうした?」


 佳代子は顔を上げると、ごまかすかのごとく、いつもの笑顔を見せる。しかしながら、それは眉の下がった、やや困ったかのような笑顔だった。


「あはは……。なんか、本当にさおりんの仕業だったらどうしようって思っちゃって。お悔やみ様が成り代わってたら、どうしようって――。そんなことあるわけないのに、かぁこ馬鹿だね。でも、なんだかクラスのみんなにそう思われたら悔しいなぁ。さおりんが悪者にされたら、嫌だなぁ」


 少しばかり寂しげに呟いた佳代子の姿に、それを頭ごなしに否定することはできなかった。それを否定してしまうのは、沙織そのものを否定してしまうようで嫌だった。


「必ずこんなことをやった奴を見つけ出してみせる。だからかぁこ、そんなに落ち込むな。さおりんがこんなことをするわけがないだろ? もちろん、お悔やみ様なんてのもいない。必ず犯人がいるはずだ」


 葛西にはそう言ってやることしかできなかった。一方、本人は慰めているつもりなのだろうが、江崎が物騒なことを口にする。


「こうなったら、片っ端から締め上げて白状させるか?」


「感心しないな。暴力で物事を解決するのは、穏やかじゃない」


 即座に江崎の発言を却下して、三人で連れ添うようにして教室を後にした。クラスメイトの足音がやけに廊下に響いた。

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