第12話

 わざわざ身体検査までを行い、このようなことをした人間を探し出そうとしていた自分が、まさか疑われるとは思っていなかったのだろう。委員長が自らを指差して「私?」と、声をうわずらせた。


「いいや、委員長がやったとは限らない。むしろ、俺が犯人だったら、わざわざ疑いがかかりそうな第一発見者になんてならない。もちろん、事態を大きくすることになる身体検査もやらないだろう」


 葛西がフォローに入ったからか、委員長が大きく安堵の溜め息らしきものを落とす。彼女からすれば、疑われることは正しく寝耳に水だったのであろう。


「――と言うことは、委員長が教室に来る前に、誰かがこの細工をやったってこと?」


 今度はスピーカーコンビのRのほうである、程島遼子が口を開いた。情報通で知りたがりのコンビであるがゆえに、この辺りはお構いなしに突っ込んでくる。疑われることを恐れているのか、大半の人間が口をつぐんでいるというのに。


「あぁ、きっと細工を施した後に一旦学校の外に出て、もう一度登校し直したんだろうな。そうすれば第一発見者になることもないし、上手く行けば第一発見者に疑いを向けることができる。ちょっと考えただけでも、こうして疑いから逃れる方法は幾らでも思いつく。馬鹿正直に自分が第一発見者だと明かし、そして身体検査までやって事態を広げた委員長が犯人だとは、俺には考えられないな」


 恐らく、メールの一件をばっさりと葛西に斬り捨てられてられたからであろう。着席はしないものの言葉を失っていた影山が、最後の力を振り絞るかのごとく葛西に食ってかかってくる。


「ア、アドレスはぁぁぁぁ? さっき小耳に挟んだけど、お悔やみ様からの一斉送信メールは、三年一組全員のアドレスに向けて送られたものなんだろぅぅぅ? クラス全員のメールアドレスを知ってる人間なんているのかぁぁぁぁ?」


 オカルトじみた根拠なき根拠が、ことごとく葛西に崩されて行く。プライドだけは妙に高い影山は、それに我慢がならなかったのであろう。なかば言いがかりであるかのように、答えが分かり切っていることにまで、わざわざ食い付いてくる。


「いるからこそ、野沢と委員長は、俺達のスマートフォンを調べることまではしなかった――。そうだよな? 程島、根岸」


 スピーカーコンビのことだから、間違いなく三年一組全員のメールアドレスをおさえているはずだ。彼女達に疑いの目を向けるつもりはないが、今は影山の危険な妄想を叩き潰すことを優先したかった。人間の恐怖心というものは伝染する性質を持つ。そして、一度広がり始めると歯止めがきかなくなる。だから、ここで徹底的に潰しておく必要があった。もっとも、それは建前であり、何よりも沙織の名が汚されるのが面白くなかったのだが。


 席が左端と右端に分かれている理子と遼子が、ほぼ同時に「まぁ、いるよね」と、全く同じ言葉を漏らした。少なくとも自分達はそうであると言わんばかりにだ――。左右から同じ言葉が返ってきたものだから、まるで本物のステレオスピーカーのようだった。二人から返ってきた言葉に葛西は頷くと、それをそのまま影山へと向ける。


「影山、少なくとも程島と根岸は全員のメールアドレスを知っているみたいだぞ? 本人が申し出ないだけで、まだまだ知っている人間がいるかもしれない。とにかく、これではっきりとしたな? これらの一連の騒動は、お悔やみ様なんていうオカルトじみた存在じゃなくても起こすことができたってことだ」


 土曜日の夜に送られてきたメール。野球部関係者の机に貼られた不謹慎で奇妙な一文。それらは、ある一定の条件さえ整っていれば、誰にでも実行することができた。その事実を葛西によって突き付けられた影山は、小さくうなると、ぶつぶつと何かを呟きながら着席をした。とりあえず、お悔やみ様の仕業などという非現実的なものを問う討議は、これで丸く収まったようだ。面白半分に付き合っていた連中も、ここまで言いくるめてやれば、変に騒ぎ立てたりもしないだろう。


「待てよ。そういうことになると、全員のメールアドレスを知っていた程島と根岸には、残念なことに疑いがかかることにならないか?」


 ふっと野沢が思い立ったかのように呟いた。あごに手を当てて嫌疑の目を彼女達の間へと往復させる。


「――そういうことになる。が、全員のメールアドレスを知っているということは、これらの騒動を起こした犯人にとってのウィークポイントになる。もし俺が犯人だったら、程島や根岸のように、わざわざそれを認めるような発言はしないな。疑われることが分かりきっているから」


 彼女達に余計な嫌疑がかからぬようにフォローを入れる。非現実的な理論を打破するために彼女達を引き合いに出したのだから、それくらいのことをやってやる義務が葛西にはあった。


「でも、クラス全員のメールアドレスを知っている人間なんて、そんなにいないよね? 理子、遼子――本当に何も知らないの?」


 しかし、委員長まで一緒になって、彼女達へと嫌疑の目を向ける。それにつられて教室までもが、二人を疑うような空気になってしまった。


「そ、それって私達を疑ってるの?」


「そんなことするわけないじゃん? しかも、沙織の名前を使うとかありえないし」

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