第11話

「このメールは、確かに野球部の安否が判明する前に送られてきたものだ。でも、ここでクラスのみんなに問おう。あの事故のニュースを見て、野球部の人間が全員無事だと思った奴はいるか?」


 影山の言う通り、メールは野球部の安否が判明する以前に送られて来ている。結果として野球部が全滅するという未来を暗示しているかのような内容になっているが、実のところ曖昧な内容でもあるのだ。


「そりゃあ、谷底までバスが落ちたんだ。あれを見て、全員が無事だなんて思う奴はいねぇだろうな」


 江崎が助け舟を出すかのように、わざとらしく声を上げてくれた。葛西はそれに頷いて、影山のほうへと鋭い視線を送った。


「そ、それがどうした? 事実、メールは野球部の安否が判明する前に、全滅したことを報せる――」


「だから、それが先入観だと言っている。結果として野球部が全滅してしまったから、勝手にメールと結び付けているだけなんだ。どこにも野球部全員に対してお悔やみを申し上げる――なんて書かれていないだろ?」


 影山が言い終わる前に言葉をかぶせると、葛西はクラスメイトの顔を見回して続ける。


「これは占い師なんかが使うマルチプルアウトと呼ばれる手法だ。これはどのように解釈しても意味が当てはまってしまうような曖昧な表現を使うことによって、さも占いが当たったかのように思わせる初歩的な手段なんだ。ノストラダムスの大予言なんて、典型的なこれだよ」


 お悔やみ様からのメールは、野球部のお悔やみを申し上げるという内容のみ。葛西が注目したのは、そこに具体性が全くないことだった。野球部という指定こそあれど、それ以外は実に曖昧。


 野球部が全滅しようが、半数くらいが助かろうが、お悔やみを申し上げるメールに矛盾は生じない。なんせ野球部に対してお悔やみを申し上げているだけなのだから――。唯一の矛盾が生じるのは、野球部全員が助かるという、万に一つのことが起こった時のみだ。しかし、谷底にバスが滑落したという事実から、全員が助かるというシナリオを描いた人間はいなかったであろう。これらを踏まえて、メールの送信主はマルチプルアウトの手法を用いたメールを送ったのだ。野球部が全滅したというのは結果論にすぎない。


「そうか――。これはどんな結果になっても、どうとでも解釈できるように、わざと具体性を省いているのか」


 教壇上で、みんなと同じようにスマートフォンを操作していた野沢が呟く。


「その通り。メールは野球部の人間に対して、お悔やみを申し上げるというものだ。全員が死んでしまったことを悔やむなんてことは書かれていない。すなわち、犠牲が多かろうが少なかろうが、全く犠牲が出ないという事態さえ起きなければ、メールの意味が通用するように書かれているんだ。そして、あれだけの大事故だ。全員が助かるなんて誰も思っていなかっただろ? よって、野球部全員の安否が分からなくとも誰にだって送ることができた。そう、事故のことさえ知っていればね」


 お悔やみ様などという、この地域に土着する古臭い存在はいない。ましてや野球部を死へと追いやったり、三年一組に向けて奇妙なメールを送り付けるなんてことはできないのである。それが可能なのは人間しかいない。事故の状況と、どのような形でも解釈できるような手法をメールに用いれば、誰にだってお悔やみ様を演じることはできたわけだ。


「テレビさえ点ければ、誰でも事故のことを知ることができた。そして、メールが送られてきたのは事故が発覚した後のことだ。よって、土曜日のメールはお悔やみ様ではなくとも送ることが可能だったと考えられる。どうだ? 影山――」


 お悔やみ様の仕業であると言い出した影山に、自身の意見を思い切りぶつける。影山は少しばかり狼狽ろうばいするかのような表情を見せたが、それでも負けじと切り返してきた。


「だっ……だったらこれはどう説明する? 野球部関係者の机にだけ、お悔やみ様からのメッセージが貼り付けられていた。これは誰にでも可能というわけじゃないだろぅ?」


「あぁ、そうだな――。少なからずとも、犯人は一気に絞られることになる。こんなことが可能だったのは、クラスの席順を完全に把握できていた人間だけだ。そして、それは三年一組の人間である可能性が高い」


 影山は完全に墓穴を掘った。お悔やみ様の仕業だと主張しようとしたがゆえに、葛西が自身の考えをクラスメイトに主張する機会を与えてしまったのだから――。逆にこのような機会をどうやって設けようかと思案していたがゆえに好都合だった。


 葛西の発言を受け、教室には動揺が走る。影山と一緒になって、面白半分でお悔やみ様のせいにしていた連中でさえ、表情を曇らせる。疑いの目が自分にも向けられることになると、ようやく気付いたのであろう。


「野沢、ちなみにこれを最初に発見したのは誰になる?」


 葛西は空席になってしまった机の上へと視線をやる。空席にはもれなく、お悔やみ様を模したかのようなメッセージが書かれた紙が貼り付けられている。


「それ、私なんだよね――。朝来たら、もうそれが机の上に貼ってあって」


 野沢の代わりに声を上げたのは委員長だった。どうやら、朝一番に教室へとやって来たのは委員長だったらしい。


「だったら、委員長が怪しいってことにならない? 第一発見者を疑うのは、捜査の鉄則って言うし」


 教室の別の場所から声が聞こえ上がった。スピーカーコンビのLのほうである根岸理子だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る