第10話
とにかく、普段はそこまで纏まりがあるとは言えない三年一組。変な団結力を見せる程度には、今朝の事件と土曜日のメールは影響があったのだろう。
一同が席に着くと、野沢と委員長がアイコンタクトをとった。そんな二人の背後の黒板には、緊急全校集会の開始時間のみが書き殴られていた。時間になったら各自で動けとの旨の伝言が添えられて――。きっと、野球部の一件でばたばたとしており、時間を後倒しにしなければ間に合わないのだろう。まだ緊急全校集会開始までは、かなりの時間があった。
「みんな、聞いてくれ。土曜日の夜にみんなのところに変なメールが送られてきたと思う。そして、今朝学校に来てみれば、この有様だ」
野沢はそう言うと、ところどころ歯抜けのようになっている空席へと視線を流す。野球部の席であった机には、不吉な一文が貼り付けられたままになっていた。
「単刀直入に聞きたい。いいや、できることならば名乗り出て欲しい。今なら、俺達の中での内々に終わらせることだって可能だろう」
そのままぐるりと教室内を見回し、そして教壇に手をつくと、前のめりになって野沢が重たく言い放った。
「――こんなことをしたのは誰だ?」
本人も言う通り、単刀直入でダイレクトな問いかけであった。面白半分でひそひそと話をしていた一部のクラスメイトも、野沢の剣幕に気圧されてしまったのであろう。教室がしんと静まり返る。隣のクラスの喧騒が遥か遠くから聞こえているような錯覚におちいる。
野沢の問いかけに手を挙げる者はいなかった。声を上げる者もいなかった。ただ静寂のみが過ぎ行く。その静寂をしばらくしてから破ったのは、細々とした高めの声だった。
「ひひひっ……。いないさ、このクラスに犯人なんて。だって、これは全部お悔やみ様の仕業なんだから」
影山だった。その発言に野沢と委員長が眉をひそめる。教室が一瞬だけ、ざわりと揺れた。
「考えてみろ――。お悔やみ様からメールが来たのは、土曜日の夜だ。その時点で、事故の件はどう報じられていた? まだ救助活動中で、誰の安否も分かっていなかっただろう? あの時点で野球部の死を悼むようなメールを送るのは普通の人間には不可能。まだ安否が分かっていなかったんだから――。これはお悔やみ様だからこそできたことなんだよぉ。ひひひひっ……」
席からは立たずに、クラスメイトを舐めるように見回しながら、その携えた不気味な笑みを振りまく影山。その言葉にクラスはどよめきを隠せない。
クラスメイトが立て続けに死んだという特異性。普段では決して体験できない非日常。それらが現実から飛躍した発想をかき立てる。あろうことか、影山の言葉に賛同するような声がぽつりぽつりと上がり始めた。傍観者気取りの面白半分な雰囲気も混じってはいたが。
非日常が非現実的な道理を受け入れる。本来ならば決して受け入れられないことさえも、まかり通ってしまう。沙織の死をきっかけに訪れた死の連鎖は、様々な意味で三年一組を日常から一時的に引きはがしていた。
もちろん、お悔やみ様の仕業であると言い出したのは、影山を筆頭とする一部の人間のみであり、議事進行を務める野沢や委員長は、恐らく葛西と同じように、事件を現実的なものとして受け止めていることであろう。しかし、ただでさえ非日常の連続にさらされているクラスのことだ。ちょっとした弾みで、お悔やみ様の仕業説が増えることが懸念される。そうなってしまうと、話が一人歩きするだけで話し合いにならなくなるだろう。
「影山、いい加減なことを言うな――。俺は異議を申し立てさせて貰うぞ」
このままではクラスの心象がお悔やみ様の仕業説へと傾いてしまうかもしれない。そう考えた葛西は、無意識の内に立ち上がり、影山の主張を否定すべく声を上げた。
「ひひっ、葛西――。だったらどう説明するんだ? まだ野球部の安否が明らかになっていない段階で、あんなメールを送れた人間なんているはずがない。それこそ、あのメールがお悔やみ様の仕業だっていう証拠じゃないか」
受けて立つと言わんばかりに、影山がふらふらと立ち上がる。嫌でも葛西と影山にクラスの注目が集まった。近くの席の佳代子が不安げに葛西を見上げる。
そんな非現実的なロジックは認めない――。今からそれを打ち崩してやる。あまり目立つような真似をしたくなかったが、やはり沙織に妙な容疑をかけられるのは許せなかった。沙織は幽霊でもお悔やみ様でもない。葛西の幼馴染なのだから。
「そんなものは証拠にすらならない。俺達の先入観が作用しているだけだ。結果と原因を無意識に結びつけているに過ぎない」
葛西はそう言うと、自らのスマートフォンを取り出した。そして「土曜日に送られたメールを見て欲しい」と付け足した。クラスメイト達は素直にそれに従って、それぞれのスマートフォンを取り出す。
――野球部の方々のことは本当に残念でした。お悔やみを申し上げます。
これが土曜日の夜に送られてきたメールの内容だ。
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