第9話

「その通り。野球部関係者の机だけに、あんな悪戯をすることができるのは、席順を正確に知っている三年一組の人間である可能性が高い。だからこそ、野沢達も俺達を対象に身体検査をしたんだろうな」


 葛西が言うと同時に、教室の引き戸が勢い良く開いて、女子生徒二人が飛び込んできた。


「い、今全部のクラスを回って聞いてきたんだどさ、やっぱりこんな悪戯をされてるのは、うちのクラスだけみたい!」


「他の学年やクラスにも野球部員がいるってのにさ、このクラスだけなんだよ? これってヤバくねぇ? この前のメールが届いていたのも、うちのクラスの人間だけだったしさ、うちのクラス呪われてねぇ?」


 飛び込んでくるや否や、二人で一度に喋り出す二人。この二人はクラスでも有名なお喋りコンビであり、ステレオのLとRと呼ばれている。彼女達にうっかり話をしてしまえば、翌日には学校中に噂が広まるというスピーカー人間だ。それゆえに、情報に対して敏感でもある。恐らく、手分けをして他のクラスを回ってきたのであろう。まだ朝だというのに、汗ばんでいるように見えた。


 黒髪をポニーテールでまとめたのが根岸理子ねぎしりこ――ステレオのLのほう。茶色がかった髪をツインテールにしているのが程島遼子ほどじまりょうこ――ステレオのRのほうである。二人とも整った綺麗な顔立ちであるのだが、そのスピーカー体質ゆえに、他人の色恋沙汰には、しょっちゅう騒ぎ立てるものの、本人達の噂は一切ないという、少しばかり残念な女子である。もうちょっと大人しくしていれば、彼氏の一人や二人は簡単にできそうなものなのに。


 そんなステレオコンビの情報に、教室がざわついた。この悪戯が発生しているのは自分達のクラスのみ――。他の学年やクラスでは発生していない。野球部関係者がいるのは、このクラスだけではないのにだ。


「あの情報通がいたから、わざわざスマートフォンは調べられなかったということか」


 ステレオコンビのどこか楽しそうな様子に、葛西は思わず苦笑いを浮かべた。


 土曜日の夜に送られてきたメール。それが誰に送られたものなのか調べるつもりでいたが、どうやらその工程は省けそうだ。情報通の二人ならば、クラスメイト全員のメールアドレスを知っていても不思議ではないし、恐らく葛西達が登校する前に、それは確認済みの事実となっていたのであろう。すなわち、土曜日のメールは三年一組の人間に向けて送られたものであると。


「ほら見ろぅ! 僕の言った通りだ。これはお悔み様の仕業なんだよ。お悔み様が浦沢沙織に成り代わって、悪鬼に祟ったんだ!」


 この騒ぎの中でも、じっと教室の隅の席に座っていた男子が、歓喜するかのように立ち上がった。その姿を見て、すでに一悶着あったであろうことを想像して、葛西は小さく首を横に振る。


 彼の名前は影山成広かげやまなるひろ。江崎とは別の意味で、クラスから避けられている存在だった。いじめられてはいないものの、誰もが気味悪がって近寄ろうとしない。両目を隠すほどに伸びた前髪も、その要因となっているのだろうが、何よりもクラスが編成されたばかりの時に起こした【運命の人事件】が、今の彼の立場を確立させた。


 星の導きがどうとか、風水がどうとか、はたまた宇宙のパワーがどうだかと、オカルトじみた理由をつけて、クラスの女子に片っ端から告白をして回るという珍事を起こしたのである。ほんの数ヶ月前のことだ。もちろん、全て撃沈。佳代子もその標的になったが、佳代子特有の天然ぶりに返り討ちとされた。休み時間になれば、教室の隅で黒魔術だとかの本を読んでみたり、誰もいない空間に話しかけてみたりと、とにかく奇行が目立ち、それゆえにクラスから距離をかなりとられている存在だった。


 ことをあまり大きくしたくないし、クラスのみんなは、影山のことを見て見ぬふりしている。葛西は江崎と佳代子の元を離れると、そっと影山へと歩み寄った。


「影山、今のは聞き捨てならないな。死んだ人間を冒涜するつもりか?」


 この一連の事件が、お悔み様の仕業だと騒ぎ立てるのは、百歩譲って許すとしよう。しかし沙織の名前を出されては黙っていられない。


「の、呪われたんだよ。このクラスは――。きっとまだまだ続く。ひひひひひひっ、まだ終わりはしない」


 まるで葛西の存在を無視するかのように、誰もいないところへと向かって笑みを浮かべる影山に、自分では温厚なほうだと思っている葛西も苛立ちを覚えた。


「影山、いい加減にしないと……」


「おい、みんな自分の席に着いてくれ。これから緊急のホームルームを行う!」


 葛西の言葉をかき消すようにして、野沢が声を荒げた。委員長と共に教壇へと上がると、黒板を叩く。


「まだ緊急全校集会まで時間がある。それまでにみんなと話し合っておきたいの」


 委員長の鶴の一声によって、各々が自分の席へと着き始めた。自分達のクラスで奇妙なことが起きていることは、みんなが自覚しているのであろう。ただ、クラスの半数以上は面白半分のような雰囲気を漂わせていた。


 影山に言ってやりたいことがあったのだが、とりあえず葛西も席へと戻る。

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