第15話

 再び届いた沙織からのメール。いや、正確に言えば沙織の名前を騙るメール。そこには、軽い口調で物騒な文言が記されていた。


 沙織は自殺と断定された。自室で首を吊り、事件性はなかったと聞く。しかし、遺書が残されていなかったことや、沙織が自殺するにいたる理由が思いつかないのも、また事実ではある。


「これは本格的に、おばさんに話を聞きに行かないといけないみたいだな」


 沙織は自殺である――。これは伝聞によって得られた情報だ。実際に葛西が警察から聞いたわけではないし、学校側からそう伝えられただけにすぎない。もしかすると、真相は全く違うところにあるのかもしれなかった。それを知るためには、沙織の近親者に話を聞くのが手っ取り早い。


「そうと決まれば今すぐにでも……」


 江崎が先走ったことを口にするが、葛西は首を横に振って否定する。


「いや、当初の予定通り今週末のほうがいいだろう。まだしばらくは落ち着かないだろうし、こちらからいきなり押しかけるのも迷惑だ。その件に関して、まだおばさんに連絡も入れていないし」


 元より沙織の母親のところに顔を出す予定だったが、葛西はおばさんの心情を気遣って、近々訪ねるという連絡をまだ入れていなかった。


 沙織は自殺ではないかもしれない。それは前々から葛西達の中にあった考えであり、だからこそ沙織の母親に話を聞きに行こうということになっていた。それに後追いをするかのように届いたメール。内容から察するに、沙織が殺されたとでも言いたいのだろうか。


「はいはい! ホームルームが始まるから、教室に戻ってちょうだい!」


 いつまで経っても、体育館から出ようとしない三年一組に、担任が出張らないわけにもいかなかったのであろう。糸井先生が手をパンパンと叩きながら、教室へと向かうように促してくる。関谷とは違って、頭ごなしに怒鳴ったりはしない糸井先生だからこそ、みんなも素直に言うことを聞くのであろう。それぞれが微妙にこわばった表情を浮かべつつも、スマートフォンをポケットへと仕舞い、体育館の外に向かって歩き出す。


「たっちん、いっそのこと、ここで全員のスマートフォンを調べればいいんじゃね? メールを送った奴のスマートフォンに履歴が残ってるだろ?」


「いや、全校集会中に隙を見てメールを送ってくるような奴だ。きっと、どさくさに紛れて送信履歴も消してるよ。でなければ、こんな大胆なことはできない」


 葛西、江崎、佳代子の三人は、並んで体育館を後にする。渡り廊下の窓には、べったりと大きい雨粒が張り付き、少しは遠くなったものの雷鳴が轟く。


「それにしても、このメールの送信主は、何をしたいんだろう?」


 スマートフォンを片手に葛西は呟く。メールの送信主は、三年一組の人間の反応を見て楽しんでいるだけなのだろうか。悪質な悪戯で済ませてしまえばそれまでなのだが、何かしらの意図があるように思えた。


「ただの悪戯だろ?」


 江崎がぽつりと呟き、三人は三年一組の人の波に紛れながら教室へと向かう。


「あれだけの議論が教室で繰り広げられた後なのに? なんせ、犯人が三年一組の人間の中にいる可能性が高いことを提示された直後だ。それなのに、懲りずにメールを送りつけてきた――。ただの悪戯にしては、妙な執着というか、執念みたいなものを感じるんだ」


 何を言っているのかよく分からない――といった様子で、佳代子を首を傾げた。それに対して、まだ具体的な考えはまとまっていないが、あり得る可能性を葛西は口にする。


「犯人には何かしらの明確な目的があるんじゃないだろうか? 悪戯なんかじゃなくて、もっと具体的な理由があるのかもしれない」


 教室へと戻り、三人は自分の席へと戻った。もっとも、運命じみた腐れ縁のおかげで、それぞれの席が実に近いため、議論は続行される。


「――もしかして、犯人はさおりんが自殺じゃないって知っていて、それをみんなに知らせようとしてるのかも」


 佳代子がぽつりと漏らし、葛西は小さく頷いた。江崎は机の上に腰をかけ「それにしちゃあ、手の込んだことをやるよな」と、例のコピー用紙が貼り付けられたままになっている野球部員の机を一瞥いちべつして続けた。


「なんにせよ、これじゃあホームルーム、長引くかもなぁ」


 これからホームルームが行われる。さっきのような生徒だけで行われるものではなく、教師が混じってのホームルームだ。すなわち、糸井先生も机に貼られた文言を目にすることになる。野球部が亡くなった後だというのに、こんな不謹慎な悪戯を目にすれば、糸井先生も黙ってはいないだろう。


「いや、問題として持ち帰りはするだろうけど、長引きはしないよ――。今はばたばたしてるだろうし、ホームルームにそこまでの時間を割けるとも思えない」


 大勢の生徒が一度に亡くなったことで、学校側はてんやわんやである。朝のホームルームが割愛されていたのも、教師陣がそれどころではないからであろう。

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