第7話

【2】


 学校から連絡があったのは日曜日の夜遅くのことだった。やはり緊急全校集会が行われるとのことで、授業はとりあえず中止。一度に多くの生徒が亡くなってしまったこともあって、その対応に追われているのであろう。今後の予定は一切未定のようだ。少なくとも連絡網で回ってきたのは緊急全校集会が行われるということのみだった。


 校門をくぐった時点で、学校の様子がいつもと明らかに違うことに気付いた。なんというか、学校全体がどんよりとしているような雰囲気だった。下駄箱辺りはいつも騒がしいのであるが、今日ばかりは生徒の姿は見受けられるものの、無駄口を叩いている者はいなかった。交わされるのは必要最低限の挨拶だけだ。


 それぞれの下駄箱に靴を入れると、上履きを手に取る。葛西、江崎、佳代子は、それこそ小学校の集団登校の頃から、いつも一緒に学校へと行っている。佳代子だけ部活動をしているから、帰りは一緒という訳ではないが、それが当たり前になっていた。もっとも、そこに加わっていたはずの沙織の姿はないのだが。


「まるで、お通夜みたいだな――」


 生徒達の気配は、学校のいたるところから感じられる。けれども、いつもに比べてひっそりとしたものであるように思えた。江崎の言う通り、まるで通夜のようである。


「実際に、何人も亡くなったからな」


 ひっそりとした喧騒をよそに、葛西達は自分の教室へと向かう。三年生の教室は三階にあり、一組の教室は階段のすぐそばだ。二階から三階へと続く踊り場まできた段階で、これまでとは異質な喧騒が飛び交っていることを察した。


 当然ながら、その異質な喧騒の出元は三年一組の教室であった。ホームルーム前の騒がしさとは違い、重苦しく、そして焦燥感しょうそうかんの混じったものだった。


 教室の引き戸の前に、クラスメイトの一人である野沢義昭のざわよしあきと、委員長の井口絵美流いぐちえみるが立っていた。二人共腕を組み、葛西達のほうに険しい表情を向けてきた。江崎が一緒にいるからなのか、少しばかり顔が引きつっているかのようにも見えるが――。


「どうしたんだ野沢、委員長。こんなところで」


 江崎と違って、クラスメイトと分け隔てない付き合いをしている葛西が、代表して二人に問うた。


「葛西、天野、江崎――。いきなりで悪いけど、ちょっと身体検査をさせてくれ。天野のほうは絵美流が調べるから」


 やはり先日のメールのせいで、クラスの中の何かがおかしくなっているらしい。しかし、メールの件を調べるならば、スマートフォンを調べるだけでいいと思うのだが。


「はぁ? 何が楽しくて、そんなことをされなきゃならねぇんだ?」


 何の理由の説明もなしに、いきなり身体検査をすると言われて、江崎が黙っているわけがない。野沢の前へと顔を突き出すと、まっすぐに視線を合わせる。これを俗にガンを飛ばすという。野沢はそれに気圧され、助け舟を出せと言わんばかりに、葛西のほうへと目をそらしてきた。


「しょーやん、やめるんだ。ここは素直に従っておこう。メールの一件もあることだし」


 葛西がとがめると、江崎は面白くなさそうに鼻を鳴らし、野沢への威嚇を止めた。野沢は胸を大きく撫で下ろす。


「――ここで服を脱ぐの嫌だなぁ」


 佳代子はそう言って、つい先日衣替えで薄手になったばかりの、シャツのボタンに手をかける。


「ふ、服は脱がなくていいよ。ポケットの中とかを調べさせて貰うだけだし」


 朝っぱら炸裂する佳代子の天然ぶりには、眉間にしわを寄せていた委員長もたじたじである。どこか掴めないところのある佳代子だからこそ、このような場面で少しだけ場をなごませるという、妙な力を発揮することがあった。


「それじゃあ、悪いけど調べさせて貰うな」


 こうして、意図を知らされないまま、野沢と委員長による身体検査が始まった。けれども、それはテレビなどで見た光景の見よう見まねのようなものであり、簡単に体を触った後に、ポケットをまさぐるだけで終わった。続いて、荷物を改めさせて欲しいとのことで、葛西達はそれにも素直に従う。しかし、野沢と委員長はスマートフォンを調べることはしなかった。


「よし、いいだろう。葛西達も外れだったみたいだな」


 野沢はそう漏らすと、大きく溜め息を落とす。わけも知らされないまま身体検査と持ち物検査をされ、けれども調べるべきスマートフォンには一切触れない野沢と委員長に、葛西の口から流石に疑問が飛び出す。


「野沢、どういうことだ? なんでこんなことを?」


 意図が全く分からない。教室に入る前の身体検査は、スマートフォンを調べることと、ほぼイコールで繋がると思っていたのに。メールの一件を調べるのであれば、まずスマートフォンに手が伸びたはず――。


「教室に入れば分かる……。誰があんなことをしたのかは分からないが、悪ふざけにも限度があるってもんだ」


 野沢は随分と憤慨ふんがいしているようだった。そんな野沢の肩に委員長が気遣うように手をかけた。葛西は知っている。この二人が交際関係にあることを。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る