第5話
今の段階では犯人を特定できない。葛西達にメールが送られてきた時点で、かなり近い人物が犯人であると推測はできるものの、絞り込むのは難しいだろう。だが、メールを送られたアドレスが、全て三年一組の人間のものだとすれば、かなり絞り込めるのだ。
人間はグループを作りたがる。それは、三年一組という小さな集団でも同じこと。気の合う者同士でグループを作り、それの集合体が三年一組である。人間というものは、どうしても合う合わないがあり、親しい人間とそうではない人間とで別れてしまうものだ。だから、クラスメイト全員のメールアドレスを知っているということ自体が、かなり稀なことであるといえる。
沙織の名前を騙ったメールが、野球部を除く三年一組全員に向けて送られたものだと判明すれば、後は全員のアドレスを知っているであろう人間を突き止めればいい。クラスメイトのスマートフォンのアドレス帳を調べさせて貰えば、自ずと犯人は浮かび上がってくることであろう。間違いなく月曜の朝は、このメールの件で騒ぎになる。それに乗じて提案してしまえば、クラスメイトのスマートフォンを調べるという行為も正当化できる。逆にそんな空気になってしまえば、犯人もスマートフォンを調べさせないわけにはいかなくなるだろう。
「とにかく、月曜の朝まで待つしかないな。これだけの情報じゃ、今はこれが精一杯だよ」
葛西はそう呟き落とすと、まだ夕食を食べていないことを思い出した。事故のニュースを見ながら食べるのは気が引けるが、葛西が食事を抜いたところで事故がなかったことになるわけではない。葛西は台所のほうへと視線を移して口を開く。
「しょーやん、かぁこ。夕飯は食べてきた?」
佳代子は小さく首を横に振り、江崎は「そういえば、腹減ったなぁ」と漏らした。時間帯が時間帯だっただけに、どちらも食べ損ねたらしい。
「うちで食べてくか? 大したものは出せないだろうけど」
幼い頃から一緒にいる三人は、こうしてお互いの家で夕食を食べることが珍しくはない。きっと、母も二人を人数に入れて、追加でおかずを作っているのだろう。台所の向こうから、何やら良い匂いが漂ってくる。
「うん、きっと家に帰ってもおじさん達でごった返してて、ご飯どころじゃなさそうだし」
「俺ん家は、今日の飯当番の親父がニュース観て飛び出したもんだから、なんにもねぇよ。助かるわ」
佳代子の家には、学校に差し入れをするために自分の父親達……オヤジーズがお邪魔している。とてもではないが、夕飯どころの騒ぎではないだろう。そして江崎には、そもそも食事を作ってくれる母親がいない。今日は親父さんが夕食を作る番だったようだが、この一件で飛び出してしまったものだから、家に帰ったところで夕飯がないのだろう。恐らくだが、ここで夕飯を食べさせることを前提にして、オヤジーズは出て行ってしまったのであろう。困った時の助け合いは大切なことだが【親しき仲にも礼儀あり条約】に抵触するのではないかと葛西は思う。いや、公私の混同はしていないから良いのか。
――江崎の母親は、葛西達が中学校に上がる少し前に事故で亡くなった。自転車ごとトラックに巻き込まれて即死だった。思い返せば、江崎がひねくれるようになったのは、その辺りからだったのかもしれない。それからは漁師の親父さんとずっと二人暮らしだ。本人はさほど気にもしていない様子だが、当時の彼の心には深い傷が残ったに違いない。
ただ、片親だからといって、江崎が不自由しているようには見えなかった。本人ではないから、実際はどうなのか分からないが、少なくとも葛西の目にはそのように映っていた。それは、葛西達の母親が、その代りをしていたからだと思う。
「佳代子ちゃんと将兵君も食べるでしょう?」
当たり前のように、葛西の母が丼に山盛りとなったピーマンの炒め物を持ってきた。それを見て、江崎があからさまに目を輝かせる。
「おぉ! チンジャオロースもどきじゃねぇか! 俺、おばさんのこれ好きなんだよなぁ」
チンジャオロースもどき――とは、手間いらずで母がしょっちゅう作る、ある意味創作料理だ。具はひき肉と短冊切りをしたピーマンのみ。市販のチンジャオロースの素と絡めて炒めるだけの料理である。こいつを白いご飯の上に乗っけて口の中へとかき込めば、至高の味わいが広がる。これさえあれば他におかずなどいらない。
それぞれにご飯をよそいに向かい、そして食卓は戦場へと化した。食事を大いに堪能し、一息をついた頃になってオヤジーズが戻ってきた。差し入れは無事に届けることができたようだ。
「先生方からちょっと話を聞いたが、やっぱり絶望的らしいなぁ。月曜は緊急全校集会になるかもってよ」
江崎の親父さんが肩を落としながらソファーへと座る。
「人間ってのは無力なもんだなぁ――。誰かに手を貸してやりたいって時に限って、何もできないんだから」
葛西の父も、落胆するかのようにソファーへと腰を下ろした。
「結局、後は報せを待つしかないか。なんというか、もどかしいなぁ」
佳代子の父親はそう言いながら、壁にかけてある時計へと目をやった。
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