第4話

 最終的に分かったことは、一斉送信されたのは葛西達と同じ三年一組の人間の可能性が高いということ。そして、クラスの野球部員とマネージャーにはメールが送られていないのではないかということだった。当然だが、沙織のメールアドレスも見当たらなかった。


 葛西はクラスメイト全員のメールアドレスを知っているわけではない。それは江崎と佳代子も同様だ。江崎にいたっては葛西と佳代子のメールアドレスしか照合することができなかった。どれだけ江崎がクラスメイトと距離を置き、そして距離を置かれているかが分かる。佳代子のスマートフォンには男子よりも女子のアドレスが多く登録されており、野球部の女子マネージャーをやっている塚田真琴つかだまことのアドレスもまた、一斉送信されたメールアドレスには含まれていないらしいことが判明した。


 ところどころ不明なメールアドレスはあるものの、判明したメールアドレスは全て三年一組の人間のものだった。しかも、律儀にもアドレスは【あいうえお】順に並べられているらしい。不明なメールアドレスもあるため、現時点では断定できないのであるが――。葛西は一斉送信されたメールアドレスの件数を数えてみた。すると、クラスから野球部関係の人間と沙織を差し引いた人数と同様の数になった。すなわち、このメールは野球部関係を除く三年一組全員に向けられて送られたものであると推測できる。


「断定はできないけど、これは三年一組の人間に向けて送信されたものらしい。全てのメールアドレスを照合できていないからなんとも言えないけど、不謹慎きわまりないな」


 葛西が呟くと、またしても江崎が面白くなさそうに舌打ちをする。


「何よりもさおりんの名前を使ってるのが面白くねぇな。これって、なりすましって言うんだろ? 誰がこんなことをやったのか探し出してぶん殴ってやりてぇよ」


 相変わらず喧嘩っ早い江崎ではあるが、こればかりは葛西も同じ想いだった。幼馴染である沙織の名前を使い、お悔やみ様を真似たようなメールを送れる人間の神経が知りたい。なんだか幼馴染が汚されたような気がする。もう文句も言えない死者の名前を使うなど卑怯であり、殴るとまではいかなくとも問いただすことくらいはしてやりたかった。つまり、メールを送った人間を探し出すことについては、大いに賛成である。


「まだ野球部のみんなだって死んだとは限らないのに……。こんなの酷いよ」


 佳代子がぽつりと漏らしたのを察したかのように、点けっぱなしだったテレビでは事故のニュースが始まった。現場からの中継のようだったが、分かったことは救助活動が難航していることくらいだった。


 誰が助かって、誰が死んだのかは、まだ世の中の誰もが知らないことだ。もしかすると全員が奇跡的に助かっているのかもしれないし、一人残らず全滅していることだってあるだろう。とにもかくにも、マイクロバスという密室の中での出来事を知る者は、事故の当事者しかいない。それなのに、こんな不吉なメールを送り付ける人間がいるなんて――。いたずらだったとしても許されるレベルではない。


「学校に行けば、嫌でもこの話題が上がるだろう。このままにしておくのわけにもいかないし、犯人を突き止めて注意くらいはしておかないと――」


 このメールは何者かによって――生きた人間によって送られたものだ。死んだ沙織がメールを打つわけがないし、それこそお悔やみ様などというものも存在しない。沙織の名前をかたってメールが送り付けられてきた以上、幼馴染として無視することもできない。


「たっちん、確かパソコン持ってたよな? だったら、このフリーメールのアドレスを追跡してみればいいんじゃねぇ? ほら、IPなんたらがあれば、相手を特定できるんだろ?」


 江崎がとんでもなく無茶なことを言い出した。恐らく漫画やらの影響かもしれないが、そんな簡単に――それこそ、少しパソコンに詳しいだけの高校生が、自力でメールのIPアドレスを解析できる世の中であれば、ストーカー被害やネット犯罪も少しは減るのかもしれない。


「しょーやん、メールからじゃIPアドレスは辿れないよ。そんなソフトも持っていないし、仮に追跡できてもプロバイダーを特定することが精一杯だ。そこから先の個人情報の開示を求めるには裁判所からの開示命令が必要になる。時間を無駄にするだけだよ」


 期待を裏切られた江崎は「じゃあ、どうすればいいんだよ――」と独りごちた。それが分かるのならば葛西だってすでに実行している。現時点では何もできないというのが現状だった。


「どうにもできない――。そもそも、メールを送り付けてきた人間が、俺達の知っている人間だとは限らないんだ。せめて、一斉送信されたアドレスが、全部三年一組のものだと分かれば、ある程度絞り込みはできるだろうけど」


 佳代子がテレビから視線を外して、葛西のほうへと向けて首を傾げた。どうして――と、質問を投げかけられているように思えた。


「三年一組全員のメールアドレスを知っている人間なんて、そうそういるもんじゃないだろ? 俺達でさえ、メールアドレスを知らないクラスメイトがいるんだしさ」

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