第3話

「待った。これはさおりんからのメールなんかじゃない。ほら、送信主のメールアドレスが未登録ってことになってるだろ? もし、本当にさおりんのメールアドレスからメールが送られたなら、送信主のところにはさおりんの名前が表示されるはずだ」


 死んだはずの幼馴染から送られてきたメール。それも、野球部の死をいたむかのような不吉な内容――。


 葛西が真っ先に気付いたのは、送信主のアドレスが、アドレスのまま表示されていたことだった。当たり前ながら超腐れ縁である葛西達は互いの電話番号はもちろんのこと、メールアドレスだって、それぞれのスマートフォンに登録してある。だったら、アドレスではなく登録した名前が、送信主として表示されるはず。しかし、表示されているのはアドレスのみだ。


「しかもこれは、フリーメールのアドレスだ。プロバイダーやポータルサイトが無料で配布しているメールアドレスになる。簡単な登録で誰にでも取得できるやつだよ」


 続いて、葛西はアドレスのドメインに注目した。ドメインとはネット上での住所のようなものであり【××.ne.jp】や【××.com】などと記されている部分のことを指す。そのドメインが日本の有名ポータルサイトのものになっているのだ。


「つまり、さおりんじゃなくても、このメールは送信することが可能なんだ。それにしても、たちの悪い悪戯だな」


 葛西が溜め息を落とすと、佳代子が自分のスマートフォンに顔を近付けて、ぽつりと呟いた。そう「お悔やみ様――」と。


「お悔やみ様ぁ? あぁ、確か小っちゃい頃に嫌と言うほど聞かされたな。悪さをした奴のところに、死者に成り代わって祟るって話だろ?」


 江崎の言葉に、佳代子は首を縦に振って「だってメールアドレスが……」と、葛西に助けを求めるかのような視線を向けてくる。このことには葛西もすでに気付いていた。けれども、お悔やみ様なんてものは架空の話であり、頭から超常現象など信じていない葛西の眼中には全くなかったものだ。


【okuyamisama@××.co.jp】


 メールアドレスそのものが、この地域に土着する昔話である、お悔やみ様を示唆するようなものになっていた。


「お悔やみ様なんてものはいないさ――。万が一にも、そんな存在がいるとして、わざわざフリーメールアドレスを取得して、文章を打ち、俺達にメールを送信するなんて、人間じゃなきゃできる芸当じゃない。ましてや、一斉送信機能まで使いこなすなんてことはあり得ない。そんなに流行に敏感な幽霊がいるのならば見てみたいものだ」


 正確にいえば、お悔やみ様は幽霊ではない。どちらかと言えば、秋田に伝わるナマハゲなどのほうにカテゴライズされるだろう。善い行いをする者には恩恵を与え、悪い行いをする者には罰が下る。そんな、日本全国を探せば似たような話がいくつも出てきそうな、この地域独特の戒めのようなものである。それはさておき、葛西はメールの宛先がひとつだけではないことに引っかかりを覚えていた。


 メール機能には、同様の内容のものを一斉に複数の宛先へと送る機能がある。その際、メールを送る側は複数のアドレスに向けて発信するように、アドレスを打ち込まねばならない。そして、どこに向けて送信されたのかは、メールが送られた側の人間にも分かるようになっている。すなわち、メールを受けた側の人間の欄に、複数のアドレスがずらりと並ぶわけだ。その数――ざっと数えただけでも数十件。葛西達に送られたメールと同様のものが、かなりの数でばらまかれていることになる。送信した側が一切アドレスを登録していなかったのであろう。それらは全て無機質な英数字が並ぶアドレスとして表示されていた。


「俺達に送られたメールと同様のものが、かなりの数の人間に送られている。これを人間の仕業と言わずして何と言うんだ――」


 葛西はそう呟きながら、メールを受信したと思われるアドレスの一覧を眺める。葛西の言葉を受けて、佳代子と江崎の意識も、自然とそこに向いたらしい。


「あれ? この一番頭に表示されてるアドレスって、委員長のアドレスじゃね?」


 スマートフォンを見つめながら江崎が口を開いた。並んでいるのは英数字が入り混じったアドレスのみ。しかし、実に分かりやすい形で、アドレスの主を教えてくれるようなアドレスがあったのである。


【iguchi.emiru@××.ne.jp】


 メールを受信したアドレスの一覧のトップに表示されているのは、クラス委員長である井口絵美流いぐちえみるの名前をローマ字にしたものだった。今時、自分の名前をメールアドレスにするなんて珍しいが、ある意味で潔いとも言える。


「本当だぁ。これ、委員長のアドレスだよ。かぁこのスマートフォンに登録してあるもん」


 葛西達に送られたメールは、同じクラスである委員長の元にも届けられたようだ。そもそも、絵美流なんて名前が珍しいから、まず間違いないだろう。それを受けて、葛西も自分のスマートフォンに登録してあるアドレスと、メールを受信したアドレスを照らし合わせてみる。佳代子と江崎のアドレスはもちろんのこと、クラスメイトのアドレスが何件か照合した。しかし、現在安否不明の津幡と高橋のアドレスは見当たらない。彼らのところにはメールが送られていないらしい。


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