第2話

 テレビの中のニュースキャスターだって、様々な情報から手探りで現状を伝えている状態だ。崖底まで落ちてしまったと思われるバスは画面に映っていないわけであるし、きっと現場でさえも状況を把握しきれていないはず。学校側どころか、世の中の誰もが、今の段階で事故のことを把握できていない状態なのだ。学校側もどうしていいのか、方向性すら定まっていないのが実情であろう。そんなところに手伝いに行ったところで何ができると言うのだ。


 葛西の言葉で多少は冷静になったのか、父親達は顔を見合わせて「確かにそうだなぁ」と、肩を落とした。今のところ学校側が欲しいのは情報であって、人手ではないのだ。


『依然として救助作業は続いておりますが、また情報が入り次第お伝えします』


 気持ちばかりが先走りする父親達に釘を刺すかのごとく、テレビの中のニュースキャスターは、そう言ってスタジオへと返した。どの段階で手伝いに行こうが、学校側からすればありがた迷惑なのだろうが、それでも動くのであれば最低限の情報が出揃ってからだ。今は時期尚早だと言える。


 葛西の提案でお節介心を静めた三人ではあったが、この地域に土着する人々の気質なのであろうか、どうにも落ち着かない様子だ。灰皿には煙草の吸殻が盛られ、江崎の父親は中身がなくなってしまったソフトケースを握り潰す。


「――あの、そんなに落ち着かないんならぁ、お母さんのお手伝いでもしてきたら? うちのお母さんマイペースだからぁ、きっとおにぎり握るの朝までかかっちゃうよぉ」


 この子あって、あの親あり――。佳代子の天然ぶりとマイペースな性格は、完全に母親ゆずりである。その佳代子でさえ母親のマイペースぶりを知っているのだ。確かに、朝までかかってしまうと言われても、なんら不自然には思えないから不思議だ。


「おぉ、確かにそうだなぁ。葛西さん、江崎さん、手伝いに行きましょう」


 結局、じっとしてはいられなかったのであろう。佳代子の父親は水を得た魚のごとく目を輝かせ、葛西の父親と江崎の父親も、とりあえず自分達ができることを見つけたことに大きく頷く。


「えぇ、行きましょう。こんな時こそ助け合わないと」


「俺は港に行ってくらぁ。握り飯を運ぶとなると、容器も必要になるだろうからな」


 この妙な団結力があるからこそ、葛西達は幼馴染なのであろう――。思い立ったが吉日とでも言わんばかりに、どたどたとリビングから出て行った父親達の背中に、葛西は大きく溜め息を漏らした。


「私もお握りを作ったほうがいいかしら?」


 取り残された母が聞いてきたが、葛西は首を横に振った。母は「あらそう?」と言い、台所のほうへと引っ込んだ。父親達とは違った冷めた反応ではあるが、こちらのほうが反応としては正しい。


 まだ不確定な情報ばかりの段階で、テレビ越しの自分達ができることなどない。テレビの向こう側ということもあり、まだそれを現実として、脳が処理してくれなかった。津幡と高橋など、昨日の学校帰りに会ったばかりだというのに。


「うちの学校、なんか呪われてんじゃねぇか? さおりんのことといい、この事故のことといい――。悪いことが続きすぎだろ」


 葛西と同じく現実感が伴ってこないのであろう。まるで他人事であるように呟く江崎。同じ学校の、それこそクラスメイトも乗っていたバスが事故に遭ったというのに現実味がない。沙織の死さえも飲み込めていないのだから、これを現実と捉えろというほうが無理である。


 ソファーの上で体育座りをする佳代子は、リモコンを手に取ってチャンネルをあちこち変えている。ショートパンツにノースリーブという、これまた無防備な格好である。まぁ、本人は機能性重視で選んでいるつもりなのだろうが――。そんな佳代子は他のチャンネルでニュースをやっていないか探しているようだった。しかし、どこも別のニュースをやっているか、お天気情報コーナーをやっているかだ。あっさりと中継が終わってしまったのが、少し面白くなかった。


 ふと、部屋着のポケットがブルッと震えた。時を同じくして、テーブルの上に置いてあった佳代子のスマートフォンが「にゃあ」と鳴く。確かメールの着信に猫の鳴き声を設定していたはずだ。そして、江崎のポケットからも味気のない電子音がした。三人同時にメールが着信したらしい。


 どれだけ腐れ縁であっても、三人仲良くメールが着信することなんてことは珍しい。過去にあったとすれば、沙織が一斉送信でメールを送った時くらいだろう。各々がスマートフォンに手を伸ばし、届いたメールを確認する。


「――なんだよこれ?」


 江崎が大きく舌打ちをした。佳代子もスマートフォンを持ったまま固まっている。そして、葛西もまた、開いたメール画面に言葉を失ってしまう。


『野球部の方々のことは本当に残念でした。お悔やみ申し上げます――浦沢沙織』


 メール画面には、ただその一文のみがひっそりと佇んでいた。葛西達は照らし合わせたかのように、テーブルの上に各自のスマートフォンを出した。江崎と佳代子のスマートフォンの画面にも、葛西と同じメール画面が開かれており、同様の不気味な一文が並んでいた。


「さおりんからメール? さおりんは死んだはずなのに?」


 葛西と江崎にも同じメールが送られたことを知った佳代子は、うすら寒くなったのか両腕をさする。

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