第4話
「――やっぱり自殺だってな。警察が正式にそう断定していたらしい。酔った親父がちらっと話してくれたんだけどよ」
富々へと向かう道中で、何の前触れもなく江崎がぽつりと漏らした。これから佳代子を励まそうというのに、その話題をわざわざ引っ張り出してくる必要はない。慌てて話を別のものにすり替えるために口を開こうとしたが、先に佳代子のほうが口を開いた。
「お父さんが電話をしているのを聞いたんだけど、遺書とかはなかったらしいよ……。色々と考えてみたけど、かぁこはさおりんが自殺をしたなんて思えない」
沙織の死に対して、誰よりも落ち込んでいた佳代子が、その話に乗ってきたのは意外だった。もしかすると、佳代子は沙織の死に疑問を抱き、それに悩んでいたのかもしれない。もちろん、葛西だって沙織が自殺したなど、いまだに信じられなかった。
「確かに、最近までのさおりんを見ていた限りでは、自殺するような原因が見当たらない。何か悩みごとがあったのならば、まず俺達に相談していたはずだ」
葛西の言葉に、佳代子と江崎が無言で頷いた。葛西だけではなく、佳代子と江崎もまた、沙織の死には引っかかるところがあるのだろう。別に根拠がある訳ではない。超腐れ縁だったからこそ抱く違和感のようなものがあったのだ。それとも、葛西達が知らないだけで、沙織は何か悩みごとを抱えていたのだろうか。
「――かぁこね、落ち着いたらおばさんのところに行ってみようと思ってるんだよねぇ。改めて、さおりんにお別れを言いたいし、おばさんにも詳しく話を聞きたい。そうでもしないと心の整理がつかないから」
何も考えていないようで、時に葛西が思ってもいないようなことを考えている佳代子。何を考えているか分からないがゆえに、急にポジティブな行動に打って出ることがある。佳代子は佳代子なりに考え、どうやらおばさん――沙織の母親へと会いに行くつもりだったらしい。
学校側の配慮なのか、沙織の死の原因に関しては、詳しいことが伏せられてしまっていた。よって、幼馴染の葛西達でさえ、沙織が自殺したという事実しか知らされていなかったのだ。気になった葛西も両親に問い質してはみたが、話を濁されるばかりだった。
「それ、俺も一緒に行くよ――」
葛西はなかば無意識のうちに、そう呟いていた。幼い頃からずっと一緒で、お互いのことを誰よりも知っているはずなのに、どうして自殺したのかを知らないままというのは面白くない。佳代子が沙織の母親に会いに行くというのならば、自分も一緒に行って話を聞きたい。
「おい、たっちん、かぁこ。俺をのけ者にすんなよ。俺もずっと思ってたんだ。周りがそう言うから、さおりんが自殺したんだって自分に言い聞かせてたけど、あいつは自分を殺すようなタマじゃねぇよ。うん、そうだ。さおりんが自殺なんてする訳がねぇ」
たっちん、かぁこ、しょーやん、さおりんの四人は、小さい頃から一緒にいる超腐れ縁。お互いのことで知らないことはないつもりでいた。何を考えているか分からない天然の佳代子はさておき、沙織は良くも悪くも分かりやすい性格だ。そんな彼女が自ら命を絶つとは、どうしても思えなかった。それは佳代子と江崎も同じように感じていたのだろう。二人のことだから、全く同じことを考えているだろうとは思っていたが。
「だったら、来週の土曜なんてどうだろう? 後一週間もすれば、おばさんだって落ち着いているだろうし」
まだ葬儀が終わってから間もないため、今すぐに押しかけるというのはさすがに失礼だ。沙織の死を悲しんでいるのは葛西達だけではない。それこそ、実の娘を失ってしまったおばさんは、葛西達以上に悲しみに暮れていることであろう。おばさんのところを訪ねるのであれば、もう少し時間を置いてあげたほうが良い。今日が金曜日だから、来週の土曜日辺りが良いのではないかと考えたのだ。
「決まりだな。その日ならバイトもねぇし」
「その週は期末テストの直前だしね。部活も休みになるし、その頃におばさんのところに行ってみようと思ってたんだよぉ」
江崎、佳代子の両名共に、葛西の提案に異論はないようだった。本当ならばテストの直前にぶつかってしまうのであるが、元より江崎は勉強なんてしないし、授業はしっかりと聞いているつもりの葛西は、そこそこの点数を取れる自信がある。そして、佳代子はどういう訳だか、全く勉強をせずとも学年のトップに食い込むくらいの頭を持っていた。よって、テスト前だからといって、わざわざ行動を制限するなんてことはしたことがない。むしろ、誰かの家に集まってゲームをしたり、海で泳いでいたくらいだ。
「じゃあ、そういうことにしようか。おばさんには俺から連絡を入れておくよ。放課後は空けておいてくれ」
来週の土曜日に沙織の母親のところへと向かう。どうしても沙織の死を受け入れられない幼馴染達の抵抗だったのかもしれない。まだ四十九日にはならないから、改めて手を合わせてやることもしてやりたかった。同じ高校のクラスメイトとしてではなく、小さい頃から一緒にいた幼馴染としてだ。
富々の看板が見えてきた。木造の風情ある立て看板に、これまた年季の入った木造の建物。先客がいるようで、相変わらずうるさい換気扇からは、もんじゃ焼きの匂いが漏れ出していた。
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