第2話

【2】


 校長先生の話は長い。これは日本全国共通のものではないだろうか。長々と話をした挙げ句、終わり際に「短かくなりましたが」なんて、信じられない言葉を付け足す。中には終わる流れと見せかけておきながら、全く別の話題を始めてしまうという、熱中症誘発型のタイプもいるから恐ろしい。


 緊急朝礼が行われる体育館も、梅雨の影響かずいぶんと蒸し暑い。けれども、今日ばかりは校長先生の話も苦ではなかった。話題がさおりんのことだったからだ。ずっと立ちっ放しで話を聞かされる辺りが、やはり校長先生のポテンシャル――恐ろしさを象徴していたが。


「非常に残念ではありますが、この度亡くなった浦沢沙織さんの分まで、皆さんには学業などにはげんでいただき……」


 古い設備を使っているせいか、時折音は割れるし、体育館の構造上のせいか、校長先生の声が縦横無尽にこだまする。これもきっと、校長先生だからこそなせるわざなのであろう。


 年季の入った床張り、何度ボールを打ち付けられたか分からないバスケットゴールと、無駄に高いステージ。採光窓からうっすらと入ってくる光は、やはりどんよりとしていた。晴天を目にしなくなってから久しい。沙織が死んでから、一度も晴天の日を迎えていないのではないか。


「また、時期的に甲子園予選も迫っておりますので、このような形で送り出すことになってしまいましたが、野球部の方々には浦沢さんの想いも一緒に甲子園まで連れて行って貰えるように、まずは一勝、なんとしてでも一勝を上げていただければと……」


 本来ならば、定例の全校集会は、野球部の激励会の予定となっていた。しかしながら、さおりんの件があったことにより激励会は中心。緊急朝礼と一緒にされてしまったようだ。わざわざユニフォームを着て整列している野球部員達は、晒し者のようでいい迷惑であろう。


「さおりんの奴、野球のルールさえ知らなかっただろうが。甲子園に連れて行っても喜びはしねぇよ」


 超腐れ縁であるがゆえに、これまた整列した時の並び順がちょうど隣同士となる江崎がぼやいた。女子と男子の列が別々で、また身長順に並んでいるため、この時だけは佳代子と離れ離れになってしまう。もっとも、沙織がいた頃は、佳代子と隣同士という、腐れ縁の力が全開だった訳だが。


「それなら富々とみとみで好きなだけ奢ってやったほうが、よっぽど喜ぶだろうな」


 校長先生の話を、さも真面目に聞いているかのように装いながら、葛西は小声で江崎へと返した。


 富々とは、葛西達が小さい頃からお世話になっている駄菓子屋のことである。昔ながらの店内には小上がりがあり、そこでお好み焼きやらもんじゃやらを楽しめるという、幼馴染御用達のお店である。ちなみに佳代子の実家だ。


 幼い頃は親に連れられて通ったし、小遣いが貰えるようになってからは、学校帰りなどによく寄ったものだ。それは年齢を重ねても変わることはなく、今でも学校帰りのたまり場だ。もっとも、定例のメンバーであった沙織の姿は、二度と富々でも見られない訳であるが。


「今日はこれが終わったら学校終わりだしよ、富々にでも寄って帰るか――。かぁこの奴、さおりんが死んでから元気ねぇし」


 江崎はそう言うと、女子列の前方へと視線を投げた。小さい頃から一緒だった葛西でさえ、いまだに沙織が死んだことを受け入れられていないし、日常でふっと沙織がいないことを思い出して、なんとも言えない気持ちになる。一番仲の良かった佳代子からすれば、そんなに簡単に立ち直ることのできる問題ではないだろう。


「そうだな。かぁこが、あんなに落ち込むのを見たのは初めてだし」


 葛西は江崎の提案をこころよく受け入れた。それで少しでも佳代子の気が晴れるのならば安いものだ。


 佳代子は普段からニコニコとしているイメージしかなく、何があっても落ち込んだところを葛西達に見せたことがなかった。物事を上手く受け流すことができるというか、つまり天然なのである。いつもふわふわとしているというか、こちらが話しかけてもラグがあってから返事をするとか、話の途中で急に別の話題を始めてしまったりと、とにかく長い付き合いのある葛西達でさえ、彼女が何を考えているのか分からない時がある。そんな佳代子が、今回ばかりは分かりやすく落ち込んでいるのだ。佳代子のことを良く知っている葛西達からすれば、これは由々しき事態だった。


「よし、決まりな。学校終わったら校門前に集合で」


 葛西と江崎が打ち合わせをしている間に、校長先生のありがたいお話も終わったらしい。テンプレートのごとく「短いようで申し訳ないですが」と、心にもないことを口にしてから、校長は話を締めた。校長先生の周囲だけ、時の流れが早くなる現象でも起きているのだろうか。


 今日は緊急の全校集会のみで学校は終わり。表向きは無情にも普段の日常へと戻りつつあるが、学校側としては、まだ内部でばたばたしているのかもしれない。


 ――こうして、全校集会はお開きとなり、葛西達は教室へと戻る。廊下には、楽しげな喋り声が飛び交っていた。きっと、沙織の死をいたむ人間なんて、ごくごく身近だった人だったばかりで、大半が学校から早く解放されることに色めき立っているのだろう。三年一組の人間の中にだって、すでに沙織の死を過去のこととして忘れようとしている人間がいるくらいなのだから。

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