第135話 区別 Indistinguishable

 現実世界とゲームの世界の区別が付かなくなる、そんな体験はあるだろうか。


 とある偉大なVR研究者は言った、仮想現実と現実の区別をつけることは、もはや我々には難しくなっている。どちらも同じ世界で起きている「事実」だと誤認する日は近い、と。


 それから技術は目まぐるしく進化し、遂に仮想現実が現実になった。


 語弊がある、限りなく現実に近い仮想現実が出来上がった。


 それはクロミナが出てくるよりも前、2017年には既に骨格が出来上がっていたのだった。


 VR黎明期におけるVRゲームの代表格とも謳われる伝説のゲーム、「Enge Devil ; Online」はその基盤を採用した傑作であった。


 ほぼ現実世界で生きている感覚と同じ感覚を別の世界で味わえる。


 人間が感じることのできる五感全てにアクセスし、仮想世界にフルダイブすることができる。


 まさに、夢のような話が実現したのである。


 しかし、それに伴って問題も生じている。


 仮想現実が現実になったことで現実とゲームの区別が付かなくなってしまったプレイヤーが出現した。


 彼らは現実生きることを拒否し、何もかもが思い通りになる夢の国、仮想現実で生きることを選択した。


 それは一種の現実逃避行動だった。


 彼らは自宅で栄養失調になって倒れているところを発見された。


 そういった生命活動の危機を防止するために「放置」という概念をゲームのコンセプトにしたのがこのクロミナというゲームだった。


 保守的で現実主義者な澤田和俊が考えそうな安直なアイデアである。


 また、クロミナ起動中にはプレイ時間が常に記録されており、一定時間を経過すると休憩を促すプログラムが組み込まれている。


 それはクロミナの話。


 それら主要機能は、「Enge Devil ; Online」には実装されていなかった。


 問題が露呈したことを受けて改良したのがクロミナである。


 カイトが体感した「Enge Devil ; Online」の世界は現実とほぼ同じであった。


 プレイヤーの動きは多少俊敏になっているかもしれないが、自身にバフを付与しない限りは同等である。


 剣を振り下ろす感覚、衝撃が伝わる感覚、弾丸を避ける感覚。


 全てが現実世界と同等なのである。


 これがどういうことを表すか。


 その世界で生き残ったカイトを危険視した澤田和俊にはやはり先見の明がある。


「Enge Devil ; Online」の世界で戦い、生き残ったことでカイトに備わった「潜在能力」はのである。


 カイトは無意識のうちにその力を引き出している。


 彼はまだ現実とゲームの区別が付いている。


 彼が区別を忘れ、現実世界でゲームと同等の力を扱えることを自覚してしまった場合。


 彼がその力に気付いてしまった場合。


 この世界の秩序は崩壊する。


 カイトは自分一人の手で、霧春真治を—。



 ≪標的、B組の木下戒斗は屋上にいる≫


 見張りをしていた同胞から通達が届く。


 確認した金髪パーマの男は白い歯を覗かせて屋上へ続く階段を駆け上った。


 軽快なステップで登りきると、勢いよく屋上の扉を開けた。


「木下戒斗ォ!!」


 バンッ、と大きな音を立てて開いた扉の先にはもうカイトの姿は無かった。


 代わりにそこにいたのは—。



 —―五分前。


「なぁ、カイト。お前は何をしたい?」


「なにって?」


 ラフは真剣な面向きでカイトに詰める。


「クロミナの世界では公式組織に選ばれ、霧春真治と最前線で戦う、それはわかった。じゃあ現実では?居場所のない学校でお前はなにを望む?」


「んー、そうだな」


 カイトは少し考えた末にゆっくりと話し始めた。


「現実では極力普通の生活をしたい。普通に学校に行って、普通に勉強して、普通に友達と放課後に遊び行って。そんな生活を送りたい」


 ラフとネストは聞いていた。


「だから、そんな生活を脅かす現状は変えなきゃとは思ってるよ。俺はたぶん、自分の周りにいてくれる誰かが苦しんでいるところを見ると不快に感じるんだと思う。

だから黒川さんを傷つけようとした奴を飛ばしてしまった」


 ラフはカイトの出した答えに、そうか、と返した。


 ひとまずラフとネストは安堵した。


 カイトは現実とゲームの世界を区別できている。


 もし今ここでカイトが現実で霧春真治を倒しに行くなんて言い出したらどうしようかと思った。


 暴走した彼を止めることなどできない。


 ラフとネストは思った。


 ここはカイトの友達として、カイトの過去を知る仲間として。


 カイトに降りかかる火の粉を払ってあげなければならない。


 あまりカイトを刺激するのは止めろ。


 ラフはネストに向かてカイトに気付かれない程度に顎で指示を出した。


 カイトを教室に戻るよう誘導を始めたネストと、もう少し屋上にいる、と待機を選択したラフ。


 それからすぐにカイトを追う刺客がやって来たのだった。


「あれ、カイトいないじゃん」


「…

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