第134話 抑止力 Deterrence

 カイトの通う高校は大きく二つのクラスに大別されている。


 一つは大学への進学を目指すため日々勉学に明け暮れる「進学コース」。


 そしてもう一つのコースが大学への進学はカリキュラムに組み込まれず、部活動や社会で役立つ資格を修得することに焦点をおいた「専門コース」。


 当然のごとく「進学コース」と「専門コース」では学力が雲泥の差であり、素行の悪い生徒も数多く専門コースには在籍していた。


 中には目立って悪行を働く生徒も存在し、その行動が問題となり「専門コース」と「進学コース」の校舎は東西に分けられた。


「進学コース」の生徒が通うのが東棟、「専門コース」は西棟である。


 カイトは一年間の猛勉強の末、なんとか「進学コース」に入ることができたのだが、「進学コース」と「専門コース」は必ずしも仲が悪いと言う訳では無かった。


 中には密接にかかわり合う生徒も存在し、クラスメイトの紹介やパーティーの開催など楽しそうな話題は良く耳に入っていた。


 一方で違法薬物や未成年飲酒、煙草に手を染める生徒のことも耳に入ってきていた。


 そんな悪行蔓延る「専門コース」では次なるいじめの標的が定まっていた。


 1年B組——木下戒斗。


 クロミナの大会で3位を取ったニンキモノ。


 目立って調子に乗る天狗。


 Dブロック出場者がAブロックのプレイヤーと対等に戦えるわけがない、つまりはチート。


 全員の共通認識としてあったのはカイトを潰す事、だった。


 だが、大会が終わってから数日が経つがカイトは登校してこない。


 その行動はさらに彼らを煽ることになってしまった。


 それから数日が経過した15日木曜日。


 ついにカイトが現れたという情報と共にC組の龍矢が飛ばされたという話が入ってきた。


「まじで言ってんのか?アイツ、結構武闘派だぜ?」


「マジマジ!俺この目で見たもんね」


 下っ端二人の会話を聞いていたリーダー格の男はガムを噛みながら舌打ちをした。


「どーします?ボス」


 隣に立つ参謀のような男—金髪パーマ男—はリーダー格の男に尋ねた。


「調子乗ってんな」


 下っ端二人はその男の低くドス黒い声に縮まり返った。


 誰が指名されるか、周囲にいた幹部たちは身構えた。


「お前行ってこい」


 男が指名したのはすぐ隣にいた金髪パーマだった。


「えー、おれっすか」


 意外な選抜に周囲の人間はざわついた。


 金髪パーマは普段偵察でしか表には出ない。


 ボスにより信憑性のある情報を届け、常にアンテナを張っているのがこの男。


 彼のレーダーに引っかかってしまった人間は誰であろうと逃れられない。


「お前で十分だ」


 随分と軽く見られてるな、とは口が裂けても言えなかった。


 彼にはどうしてもボスを倒す未来が想像できなかった。


 へーへー、とやる気のない声を漏らすと標的であるカイトの元へ向かった。



 C組の龍矢、なる男を吹き飛ばしてから教室に居づらくなったカイトは屋上に一人やって来ていた。


 リナは屋上に誘う前にトイレに行ってしまっていた。


 カイトは青空の元、一つため息を吐いた。


 そして思い出す、カイトに対して注がれた視線の中にあった暖かな視線を。


 その視線は—。


「やっと見つけた」


「ここにいたのか」


 いつの日か聞いた、どこか懐かしいような声。


 声の正体はクラスメイトの山田やまだ結城ゆうき根津ねづ進登しんとだった。


「現実世界で会うのは初めてだな、ラフ、ネスト」


「お前、俺たちが来るってわかってたのか?」


 ラフこと山田結城は怪訝そうな目でカイトを見つめる。


「二人だけ違うを送ってたし、後から付いてきてるのもわかってた」


「視線から判断するって、カイト変態じゃん」


「いよいよ常人離れしてきたな」


 ラフの発言にカイトは疑問を抱く。


「常人離れってどういうこと?」


「お前の正体は特定済みだ。Enge Devil Online、最後のナンバーワンプレイヤー。」


「最近になってようやくわかったんだけどね」


 ネストこと根津進登が補足する。


「そうか、知ってるのか」


 カイトは少し寂しそうな顔をした、その顔からは過去を知ってくれている仲間を見つけた、などという喜びの感情は見て取れなかった。


「お前の敵、霧春真治もな。近々問題になっているクロミナ内部に持ち込まれたEngeの概念…」


「――銃か」


 カイトの指摘にネストは言う。


「それだけじゃない。かつてのナンバーワンプレイヤー、ネメシスが使っていた独自の技、『衝撃』も実装された」


「衝撃が?」


 カイトは目を丸くして驚いた。


「全ては霧春真治のプログラムによるものだ、お前はなにも関与していないだろうな」


 ラフがカイトに尋ねる。


「もちろんだ、奴は俺が倒さなければならない。関与なんかするか」


「だよな」


 ラフは少し頬を緩ませた。


「カイトがまず解決しなきゃいけないのは現実世界のほうだよね」


「今じゃ生き辛くてしょうがねぇだろ」


 二人の言葉にカイトは少し考えた。


 カイトは学校に来てから、一度も生き辛さを感じたことはない。


 カイトにとっては最悪の状況、息をするのも苦しい、そんな状況を経験していたから。


「たかが学生の喧嘩だろ?死ぬわけじゃない」


「ふっ」


 ラフは不敵に笑った。


「お前が言うと説得力が違うな」


「ね、カイト。好奇心なんだけどさ、さっきの龍矢ってやつの動き、どんな風に見えてたの?」


 ネストの問いにカイトは答える。


「動きはスローモーションに見えた。それでどこを抑えてどこを掴んでどこにどのくらい力を加えれば相手が吹き飛ぶのか、それが全て察知できた」


「…ボールは?」


「ボールは意識にある空間において高速で動く物体が見えたから捕まえただけ」


「…」


 ラフとネストは背筋が凍っていた。


 彼らは特別にカイトの正体を知る者たち。


 そしてカイトの暴走を止めるべくして送り込まれた者たち。


 人類最強となったカイトを監視し、抑止力となるべくして働く、部品。


(おれたちにこんな怪物止められんのか?)


 ラフとネストは早々に思った、これは近々死人が出る、と。

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