第132話 返り血 Blood Stigma

 違法に別の世界から持ち込まれたプログラムを書き換えることは運営には最早不可能であり、書き換えた場合、繰り返しになるが一億ものプレイヤーのデータが消失する危険性をはらんでいる。


 故に無暗にプログラムの書き換えができないため、現状を黙認、もしくは武器の使用を辞めるよう警告文を公表することくらいしかできなかった。


 そんな運営の呼びかけも無力に終わり、クロミナの世界の秩序は間違いなく崩壊の一途を辿ろうとした。


 そんな中立ち上がったのがクロミナの治安維持を掲げる四大組織である。


 エリアごとに管轄を設け、クロミナの世界を四方に分割した。


『黒龍』『鳳凰』『玄武』そして『黄虎』がそれぞれ武器の使用を取り締まった。


 そこには明確に「警察」としてクロミナの治安を守ろうとする派閥と「違反者」としてプレイヤーキルをする派閥とに分かれた。


「警察」は一般のプレイヤーに協力をしてもらうために「違反者」に懸賞金を懸け、「違反者」はより同胞を増やすために「警察」に多額の懸賞金を懸け始めた。


 結果、クロミナの世界の秩序は崩壊した。


 一度四大組織によって弾圧されたことで保たれた平和は再び顔を出すことはなく、着実にクロミナは壊滅へと進んでいった。


 クロミナの情勢は、戦争状態に陥った。



4月14日木曜日 24時。


 世界が戦争状態に入ったことがプレイヤー間で認知をされ始めるまでおよそ20時間。


 カイトは緑髪の男が発した物に動揺した。


 明らかにそれは、銃だった。


 弾丸はカイトの顔面に着弾し、聖騎士の鎧を傷つけた。


(「なんで、なんでそんなものがこの世界にあるんだ!」)


 思わず叫びそうになったカイトは充血するほど思い切り銃を睨みつけ、荒い息を上げた。


「…驚いたか?これは裏ルートで流れてる物だ。いまやこの世界は武器の密輸で大忙しさ」


「…なにが目的だ(低音)」


「やっと喋ったかと思ったらそんな下らねーこと聞いてくんのかよ」


 横柄な男は掴まれた方の腕を回しながらニヤリと笑うと


「この世界は所詮‘‘ゲーム‘‘だろ?運営が用意した武器を使ってバトルロワイヤル始まっただけじゃねーか。安全地帯が無くなり、弱肉強食、無法地帯、戦乱の時代が始まった…っていう物語(ストーリー)だろ?いい脚本書けてるぜ」


「つまりはこの世界では安全地帯はなくなったというわけか」


「だからそう言ってんじゃねーか、頭悪いな、お前」


 相手が武器を使用できるということは。


 抜刀も許可されているということだ。


 カイトはインベントリから世界最強の剣、魔滅剣を取り出した。


 そして野球のバットを振るうように思い切り剣を振り切った。


「は?」


 二人の頭は消し飛び、ダメージが計算された。


 その後すぐにカイトの頭上には「PK」の烙印が押された。


「PK=player kill」


 闘技場以外で他のプレイヤーを戦闘不能に陥らせた場合、軽蔑の対象、死の烙印が押される。


 ドクロのマークで表現されたPKプレイヤーは他者から蔑視され、侮蔑される。


 自身が戦闘不能に陥ればその烙印は消滅する。


 二人のプレイヤーは他に組織メンバーが居るようで、戦闘不能になってもすぐには身体が消滅することはなかった。


 緑髪の男は依然として冷静な顔でカイトに話しかけた。


 まるでカイトのPKを誘発したかのように。


「PKをするてことはどういうことか、お前には分かっているのか?」


「さぁな、教えてくれよ」


 対するカイトも冷静だった、まるでPKには慣れているように。


「所属している組織メンバーも全員ドクロになる。加えて四大組織から身を追われるぞ」


「それだけか」


 カイトは呆れるように言い放った。


「それだけか、ってお前、四大組織に追われるんだぞ?!」


 横柄な男が怒鳴り散らかす。


 それを見てカイトは四大組織とはかなり治安維持に一役買っている存在なのだと認識した。


「四大組織に捕まり、裁かれてみろ、お前はこの世界に入れなくなるぞ」


 つまりは強制退場。


 アカウント停止。


 だが、そんなことをするだけの力が今の運営には残されているだろうか。


 カイトは思案したが、答えは出なかった。


 二人の身体が消滅するとともに、リナが口を開いた。


「わ、わたしのせいで…聖騎士さまが殺人犯に」


「気にするな、私のことはいい」


 一つ息を吐くと、聖騎士エグバートはリナに問いかけた。


「心配なのは君の方だ。…学校ではなにかあったのかい」


カイトが身を案じると、リナはゆっくり心情を吐露した。


「わたしは…いじめられていて、私たちの組織、公式大会で3位になったんです。でもなぜかそれが身内にバレちゃって。そしたら今みたいなおかしい人たちが出てきて」


 リナ自身も今起きていることにはっきりとした考えを持ち合わせていない様子だった。


「でも、それはいいんです。ほんとに、ほんとに問題なのはクラスメイトの男の子で」


 カイトの肩が揺れる。


「彼、同じ組織のリーダーなんです。彼は私のことわかっていないようですけど。

最近学校を休んでいて、でもできることならずと休んでいてほしくて、いま学校に来たら地獄だし、それを伝えようとしたんですけど伝えられなくて、私どうしたら…」


 リナはひどく困惑している様子だった。


 それを聞いていたカイトはリナに感謝の気持ちでいっぱいになった。


 自分の事でも精一杯なはずなのに、他人を思いやる気持ちを持ち合わせている。


 カイトは少しだけ頬を緩ませると


「大丈夫、心配することはないさ。彼は男だろう?勇敢に立ち向かうんじゃないかな」


「でも彼、ゲームの世界では強いんですけど…現実じゃあ…」


 聖騎士はニコリと笑うとリナから離れ、去り際に


「明日、彼は学校に来ると思うよ」


 そういうとドクロマークを引っさげながら闇の中に消えていった。

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