第131話 尾行 Tailing

 長い議論を終え、解散となったカイトたちは各々自分の為に行動を開始した。


 ツカサと翼は眠るのか、ログアウトをし、ミズナとネムは二人で組織移転の手続きを共通ギルドでするために第8区画へと飛んだ。


 ミズキは武器の手入れをするために商店街の方向へと姿を消した。


 カイトはミズキとも会話をしたかったが、正直会話のタイミングをうかがっていた。


 結局そのタイミングは掴むことができず、別日に見送りとなった。


 カイトはミズキが出て行ったのを見計らい、リナに見送られる形で一足先に外に出た。


 リナはどこか話をしたい様子だったが、口からは何も出なかった。


 その目からは何かを訴えているのがわかった。


 だが、本人の口から伝えられない以上、発言を催促するのは気乗りしない。


 だからカイトはリナの行動を調査と銘打って調べることにした。


 そして原因の究明ができればと思っていた。


 その行為は傍から見ればストーカーそのものだった。


 良かれと思ってやっていた、正義だと思っていたことが実は世間から見れば悪だったということはよくある。


 善悪の判断はいつだって自身を俯瞰して視た先にこそ存在する。


 カイトにその意識はあった、だがいち早く解明したいというエゴが邪魔をした。


 加えてカイトは知っていた。


 リナの犯罪的行動を。


 カイトは霧春真治の精神干渉に遭ったのを皮切りにクロミナ内部に問題が生じたことから、カイトに問題の所在があるのではと疑いを掛けられたことがあった。


 その疑いはもちろん澤田が真正面から否定し、カイトの潔白を主張したが、それを証明するためにカイトに接触した全ての記録を調べることになってしまった。


 拒否をした場合不利に働くと知っていたカイトは承諾し、カイト内に存在して居るすべてのデータの調査が行われた。


 その際に明らかになったことが二つあった。


 一つは霧春真治の精神干渉は決勝戦の最中の一度切りであること。


 それによってカイトと霧春真治の共犯の可能性は完全になくなった。


 そして二つ目に、ある人物がカイトのもう一つのアカウントである「カイト」、聖騎士ナンバー3:エグバート:個体識別番号0000238217を追跡するプログラムを不正に利用していたことだ。


 記録は既に削除されていたが、復元されたことで犯人が特定できた。


 使用されたアカウントはリナのお父さんのものだった。


 だが、カイトは犯人がリナのお父さんではないことは容易に想像できた。


 リナの聖騎士に対する執着心は以前から知っている。


 情報を得るためならクロに近いグレーの道を歩くその執念深さ。


 カイトには分かった、犯人はリナだろうと。


 リナに出逢った当初。


 嬉しそうに話す聖騎士の話の情報源は父親だった。


 だが、よく考えれば実の娘であってもクロミナの顧客情報を迂闊に話すわけはない。


 プライバシーの観点から、情報漏洩が発覚した場合、首が飛ぶからだ。


 となれば父親のアカウントを無断で使用し、聖騎士の情報を収集するとともに、監視の目を光らせていたとしか考えられない。


 カイトはそれを知った時、驚いたがなぜか納得していた。


 リナならやりかねないと。


 リナがストーカーのような行為をしているのなら、された本人である自分はしても良いのではないか。


 それがカイトの主張だった。


 路地裏に入るとアカウントを共有する。


 姿は同じであるが、リナとフレンド登録をしていないためマップから存在が消える。


 故にリナはカイトを見てログアウトをしたとしか思わない。


 カイトが暗闇からリナの姿を見ていると、リナは先程までの笑顔とは打って変わって酷く落胆したような顔つきに豹変していた。


 重い足取りでどこかに向かっているリナをカイトは追った。


 リナの足が止まった。


 そこは第14区画の組織の拠点から歩いて数分の場所だった。


 暗い路地裏でリナは誰かと会話している。


「‐‐はどうした、一緒じゃなかったのか」


 惜しくも名前を聞き取ることができなかった。


 低く図太い男の声が静かな路地に響く。


 そしてリナの震える声が聞こえた。


「か、彼は放っておいてよ…私が代わりになるから」


「それじゃあ意味ねぇんだよ、頭おかしいのか?俺らはなぁ、‘‘カイト‘‘をぶっ潰してーんだよ!」


 カイトの心臓が縮まる。


 自分のことを言われていると、察した。


「なんでよ…なんでそんなにカイトに執着するの…?」


「ボスが納得いってないんだとさぁ!ここだけの話、ボスはプライドが人一倍高ぇんだ。ボスは自分よりも強い奴が同じ高校にいることが許せないんだとよ!しかもゴミ陰キャの分際で!!」


「余計なことを喋るな」


 次に聞こえてきたのは冷徹な声。


 低く、鋭い口調だったが落ち着いていた。


 そしてその男が次は会話の主導権を握った。


「カイトを連れてこい。さもなくば学校に行けなくなるぞ」


(学校?)


 カイトは思考した、そして辿り着いた、最悪の結末に。


「早く連れてこいよ!木下戒斗くんをなぁ!!」


 リナが本来連れてこなければいけなかったのはカイトではなかった。


 木下戒斗であった。


 一緒にいたことがバレているということは「木下戒斗」と「カイト2024」は同一人物であることばここにいる全員にバレている。


 そしてリナはそれを知っているということは同じ学校のクラスメイトか何かだと推測できた。


 リナと同じ学校であるということはリナは現実世界で俺を認知している存在であるということ。


 そしてカイトもいじめの標的であることが判明した。


(面倒だな)


 彼が一週間近く学校を休んでいる間に事態はかなり面倒なことに発展していた。


 唯一の救いは「カイト2024」と「カイト=聖騎士エグバート」が同一人物であることがバレていないことだ。


 カイトはインベントリを開き、聖騎士の装備を装着した。


 1人の暴漢がリナに手を振るおうとしたその時。


 一瞬でリナの前に移動し、相手の腕を止めた。


「お前は、聖騎士?!」


 暴漢の一人はぎょろりとした目に銀髪坊主、顔にはいくつかの傷に上はタンクトップだった。


 その後ろに立っていた冷徹な声の持ち主は、緑の短髪に四角い眼鏡、すらりとした体型に派手なシャツにネクタイをしていた。


「何しに来た聖騎士。正義の味方にでもなったつもりか?」


 一切動じることなく煽る銀髪眼鏡。


 声を発することはせず、ただ威嚇のつもりで凝視を続けるカイト。


 リナは聖騎士カイトの腕を握り、震えていた。


 彼女の目には間違いなく正義のヒーローに映っただろう。


 カイトはタンクトップの男の手を持ち上げ、握った。


 男が痛い、と叫んだため痛覚が有効になっていると判断し、手を放してしまった。


 その時、聞き馴染みのあるがこの世界では聞くことはないと思っていた、絶望と悲壮を思い出させる音が響き渡った。

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