第127話 銃撃 Gunfight


 繰り返しになるが、クロミナにおいて中心都市が安全地帯と言われるその由縁には武器の使用が一切できないことが挙げられる。


 特定エリア内での武器の使用を禁止してしまえば、攻撃を与える術がそもそも存在しないため絶対的な安全が確保される。


 それはクロミナがサービスを開始してから揺らぐことのなかった基盤であった。


 しかし、その基盤は狂い始め、積み上げてきた安全地帯への信頼が徐々に崩れ始めていた。


 鎮ヶ崎が使用した「衝撃」という概念。


 それは確かに「Ange : Devil Online 」で実際に存在していた概念だった。


 それがなぜクロミナでも使用することができるようになったのか。


 旧作ゲームとクロミナの夢のコラボレーションか。


 そんな興奮する材料は持ち合わせていない。


 その答えは霧春真司の手によって、はたまたプレイヤー暗黒の詠唱魔法という名の「チートコード」によって、クロミナ内部に違法アクセスが生じた結果である。


 違法に外部からクロミナの中枢神経に侵入した霧春真司はかつて自身が作り出したゲームのプログラムを導入した。


 それによって「衝撃」という概念が追加されたと同時に、とある武器の使用が解禁された。


 それは「銃」。


 もちろん使用は一切認められていない。


 公式は「銃」の使用が開始された事実を察知することすらできていなかった。


 使えてしまうのだから興味本位で使用してしまうプレイヤーが多数だろう。


 新しい武器の追加されたと歓喜するかもしれない。


 だがプレイヤーたちはおかしいと思ったはずだ、かつて武器の使用はおろか、剣の抜刀すらできなかった安全地帯中心都市で武器が使えるのだ。


 武器が使えるとなればどうなるかは想像に容易い。


「パンッ」


 衝撃という効果が桐野の頬を掠めた時、何処からともなく響き渡った銃声に周囲はざわついた。


 そして音の方を見る。


 そこには一人の男が両手で銃を構え、一人のプレイヤーを転がしていた。


 気づいた桐野の身体は動かなかった。


 それは至極当然の事だろう。


 なぜならこの闘技場の敷地内、戦う者が立つバトルフィールド以外では武器の使用ができないものだと「常識」として認識していたからだ。


 ましてや銃などという武器の存在は知らない、なにかのイベントか、音を発生させるなにかしらかと考えるのが妥当だった。


 しかし、桐野の持つ「常識」は破壊された。


「桐野ッ!伏せろ!」


 銃口は桐野の方へ向けられた。


 咄嗟に声を上げたのは銃に対して適性のある鎮ヶ崎だった。


 声に呼応するように身を屈めようとしたが間に合わなかった。


 発射から着弾までの速度は現実のものと同じ、本物の銃を避けられなければ銃の攻撃をかわすことができない。


 心臓を撃ち抜かれた桐野は大きなダメージを負った。


 状況が依然として掴めていない桐野は本当にこれが安全地帯で起きていることなのか、ただただ疑問を抱くことしかできなかった。


 次いで銃口は鎮ヶ崎に、向けられた。


 その瞬間、鎮ヶ崎は思い出した。


 銃口を向けられたことによる身体の強張りが教えてくれた、その緊張感は知っている。


「鎮ヶ崎!」


 鎮ヶ崎に銃口が向けられたことを察した桐野が声を張り上げる。


 発砲された、その瞬間に身体を傾けた。


 弾丸は鎮ヶ崎の後方で着弾した。


 驚く隙も与えず、鎮ヶ崎は銃所持者へ駆け寄る。


 焦りをみせたそのプレイヤーの手はブレた。


 弾丸など当たらない。


 間合いまで近寄り、身体から一メートル手前を切った。


 一見外したように見えるが、彼の狙いは銃を弾き飛ばすことにあった。


 安全地帯でプレイヤーキルをした場合の罰則はいかなるものか心得ていない。


 法整備も進んでいない以上、無暗にプレイヤーを倒すことは得策ではない。


 故に相手の武器を弾き落とすことで武装を解き、戦闘不能にしたのだ。


 公式組織として模範的な行動が求められる今。


 鎮ヶ崎の行動は評価されるものだった。


 今、公式組織の一員がプレイヤーキルをした場合。


 攻撃してきた相手を倒してもいいという暗黙の了解のようなものが完成してしまう。


 それを避ける意図はなかったようだが、落ち着きを取り戻した桐野の思考はそこに到達した。


 銃を乱射したプレイヤーを拘束し、運営に報告すると鎮ヶ崎は桐野の元へ向かった。


「回復を」


 鎮ヶ崎は桐野に向けて回復薬を投げた。


「鎮ヶ崎、お前は一体何なんだ」


 桐野は思っていた率直な疑問を思わずぶつけてしまった。


「少し似ているゲームを以前プレイしたことがあって」


「だからって銃を避けられるもんなのか?」


 桐野は真偽を確かめたかった。


「そのゲームで何度も死地を乗り越えたからな」


 何も言わない桐野を見て鎮ヶ崎は言った。


「思い出したんだ。俺が一体何なのか、何を目的とし、何を使命としているのかを」


「それは一体なんだ」


「復讐(リベンジ)だ。おれには倒さなけばならない相手がいる」


 プレイヤー名‐カイト。


 それが大会3位のプレイヤーと同一人物かはわからない。


 だが、それは確かめる価値がある。


 そして本人だった場合。


 奴を倒すことで汚名を晴らすことができる。


 全ては「最強」に成るために。


 銃乱射事件が起きたのは第6区闘技場内だけでは無かった。


 現在、クロミナにおける安全地帯の多くで銃による被害が確認された。


 第8区闘技場前—決勝戦が行われた場所。


 多くのプレイヤーの往来が見られるここでも銃声が響き渡った。


 辺りは一時パニックになる。


 その混乱を収めたのは現着した公式組織「黒龍」リーダー、ギラだった。


 向けて放たれた弾丸を遮蔽物で防ぐと接近し、制圧した。


「なんだァこの武器…こんなもんこの世界には無ぇはずだが」


 即座に通報するも確認が取れない。


 公式すら把握していない未曾有の事件。


 動けるプレイヤーが混乱を鎮圧するしかない。


「次の場所に移動するぞ」


 組織員(メンバー)に指示を出すと、公式組織は移動を開始した。


 その後一時間にも満たない短時間で、公式組織「黒龍」は全ての銃乱射事件を制圧した。

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