第125話 鎮ヶ崎影斗 Shoto Shizumigasaki

 4月14日20時


 Crosslamina(クロミナ)公式YouTubeeチャンネルにて放送された生放送番組が終わったその時。


 クロミナに接続した状態で放送を見ていた鎮ヶ崎は、新規メールを作製するためにページを立ち上げた。


 鎮ヶ崎は決勝戦が終わってから、そして順位が発表されてからはより一層カイトを探すようになっていた。


 全てはカイトと接触するために。


 そしてなぜ自分の本来の力を隠して戦っているのかを確認するために。


 カイトを探す動機はそれだけでは無かった。


 決勝戦が終結してから鎮ヶ崎は居てもたってもいられなくなっていた。


 カイトに対する底知れぬ執着心のようなものが芽生え始めたのだ。


 まるでもう一人の自分が自分に訴えかけている様だった。


 早くカイトに会えと、そう言っているような気がした。


 メールを打とうとして我に返る。


 カイトの連絡先を持っていないとメールは送れないことに気が付く。


 何が何でもカイトを探し出して接触を図るしかない。


 鎮ヶ崎は肩を落とし、自身が所属する公式組織「玄武」事務所へと足を進めた。



 鎮ヶ崎影斗という人間は少し変わっている。



 多様性の時代、変わっているという表現は相応しくないかもしれないが、彼の今まで歩んできた道のりという観点から語るとしたらそれは変わっていると言っても過言ではない。


 上に適切であると考える。


 彼はカイト同様一度自分を見失っている。


 かつて彼は破天荒で荒くれ者だった。


 人付き合いなどできる筈もなく、ただ自分の強さを証明したいだけの子どもだった。


 だが、ある日本当に力を手に入れてしまった。


 この世界を壊すことができるほどの、力を。


 しかし、その夢は1人の人間によって阻止された。


 死闘の末に彼は脳に多大なる衝撃を負った。


 そのショックは大事には至らなかった上に外傷内傷ともに何もなかったが、彼の人格は歪められてしまった。


 力に固執し、最強と名高いプレイヤーを倒したとしてもたった1人の無力な人間に倒されたという事実が彼の自尊心を大きく傷つけ、壊した。


 はじまったのは自己否定だった。


 こんな自分ではまた負けてしまう。


 負けることはもう二度と経験したくない。


 それは一種の回避行動、自己防衛だったが、その終着点は彼の人格の刷新だった。


 過去の人格を封じ込め、新しい人格を生み出したときには彼の姿はもうなかった。


 今の鎮ヶ崎が形成されたのはそれからである。


 性格は真逆になり、今までとは打って変わって穏やかで優しく、人当たりが良い人間になった。


 同時に彼は力を失い、培われた執着の炎も失った。


 ただ有るのは虚しさと心残り。


 だが、それを彼が自覚することは無かった。


 ――その執着の炎が再び芽生えたのだ。


 つまりそれは彼の中の人格が何かに呼応しているということに他ならない。


 かつて国を懸けて争った好敵手の復活に――。



 *



 事務所に戻った鎮ヶ崎はメンバーに話しかけられた。


「どうした、鎮ヶ崎。落ち着きがないぞ」


 酢昆布のようなものを口にはさみながら筋肉質の短い金髪の男――桐野は優しく鎮ヶ崎に尋ねた。


「問題ない。少し疲れているだけだ」


 鎮ヶ崎が周囲を見渡す。


「蝶島と蟹谷は休みだ。鎮ヶ崎も今日は休めばいい」


「やることがある」


 鎮ヶ崎の言葉で公式組織「玄武」としてこれからやることを思い出し、話題を振る。


「そういえば一週間後に公式組織の再編選抜が行われるそうだな。通知は確認したか」


「ああ」


「あまり関心がないようだな。鎮ヶ崎は公式組織からあぶれても良いのか」


「興味ない」


 桐野はここで以前からずっと疑問に思っていたことを鎮ヶ崎に聞いた。


「鎮ヶ崎。お前はどうやってこの組織に入ったんだ?」


 鎮ヶ崎の動きが止まる。


「一年ほど前だったか、お前が運営からの紹介で玄武に入ることになったのは。お前は隠しているようだが、レベルも高くない、技能も優れていない、なにか功績があるわけでもない。お前がこの組織に入った理由はなんだ」


 考えたことも無かった。


 鎮ヶ崎は考え込む。


 しかし、大事なところで黒い靄のようなものが掛かる。


「よく分からない」


「なんだそりゃ。訳も分からずこの組織にいたってのか?」


「たしかに思い返してみれば変な話だ。レベルは400弱、戦闘スキルも高くない、貢献もしていない。にもかかわらず俺はなぜ此処にいる?」


 鎮ヶ崎は悩み始めた。


 そして手を掛けてしまった。


 記憶の奥底に封印していたはずの、パンドラの箱に。


「選抜戦の前にお前の意思を確認したい」


「というと?」


 桐野は座っていた椅子から立ち上がると外へ出る扉の前に移動した。


「お前が本当にこの組織でやっていけるかどうか、俺が確かめてやる」


「やるってのか?俺と?」


 桐野は静かに、それでいて力強く頷いた。


「公式組織最弱と名高いこの俺と、玄武リーダー候補と名高い桐野がか?」


「そうだと言っている」


 桐野は少し呆れたように扉を2、3度叩く。


「ややこしくなるから言わないようにしていたんだが、お前の中にはなにか得体の知れないものが棲んでいる。それは俺を、いや、クロミナ全プレイヤーを凌駕する力がある」


「俺の中に何かがいる?」


 冗談でしょ、と頭ごなしに否定しようとしたが、何かが呼応しているような気がした。


 胸の中でなにかが叫んでいる。


 そっと胸に手を当てる姿を見て桐野はやはり、と思った。


 今日どこか挙動不審だったのは鎮ヶ崎が一つになろうとしている予兆かもしれない。


 鎮ヶ崎に棲むナニカ。


 それを解き放てれば玄武にとってメリットでしかない。


 それを引き出せれば、尚且つ鎮ヶ崎がその力をいつでも使いこなせるようになれば。


 その時は本当に玄武の即戦力として機能する。


 桐野は考えていた。


 かつて鎮ヶ崎が一度だけ見せた力の解放。


 敵わない、強大な敵だと思っていた敵を一瞬で葬り去った。


 あの剣技はなんだ?


 ずっと引っかかっていた疑問が解決する。


 全ては鎮ヶ崎が力を取り戻すことによって。





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