第5章 組織選抜編

第122話 引退宣言 Retirement Declaration

 2026年4月14日19時30分。


 レベル20以上限定 組織ギルド対抗PvP(Player versus Player)ブロックトーナメント大会決勝戦から2日後。


 Crosslamina(クロミナ)公式YouTubeeチャンネルにて生放送番組が配信された。


 その番組とは、PvP大会にて輝かしい戦績を残したトップ3に率直な感想を突撃インタビューする…といったもの。


「ではでは~、登場していただきましょうっ!」


 ホログラムで登場した説明用NPCであるマナが笑顔で司会進行役を務める。


 カメラの映像が満点笑顔のマナから荘厳な扉に移される。


「第1位!”鬼人”リン!!」


 扉からは小柄なおかっぱ少女が姿を見せた。


 緊張で顔が強張っており、目線は遠くを見つめ動かない。


 この番組ももちろん仮想空間にて撮影されているが、リアルタイムということもあり、現場には緊張感が漂っていた。


 加えてこの番組には現在12万人に及ぶ視聴者が視聴しており、多くのメディアの目もそこにはあった。


「お座りください?」


 マナの言葉に我に返ったリンはあたふたとしながらリハーサルで何度も座ったであろう椅子に着席した。


 正面のモニターを見たリンは、溢れかえる「可愛い」のコメントに顔を赤らめた。


「続きまして!第2位!”悪魔男”!公式組織”黒龍”リーダー!ギラ!!」


 扉から入ってきたのは大柄な男。


 伸ばした銀髪を後ろに束ね、自身のシンボルでもある頭に生えた二本の角は黒く輝いていた。


 鎧を外し、レザージャケットに身を包んだギラは、黒のスキニーに両手を突っ込んでいた。


 リンとは対照的にメディア露出も多いため、かなり慣れた立ち回りだった。


 流れるように着席すると足を組み、大きく欠伸をした。


「そしてそして!一躍時の人となったDブロックからの挑戦者チャレンジャー!」


 マナの言葉にリンとギラは扉を注視する。


「第3位!!”Dブロックの伝説”カイト!!」


 開いた扉にはカイトの姿は無かった。


 ギラは立ち上がり、後ろにいるスタッフに抗議する。


「どういうこった」


 怒るギラを迅速に制止するマナ。


「えー、第3位のカイトさんは体調不良のため休養されているそうです~いやー、実に残念!」


「ふざけるな、何隠してやがる」


「え、えー!何も隠してないですよ!」


 怒るギラに自慢の笑顔も困り顔になった。


「ギラさん、落ち着いてください。彼も疲労が溜まっているのでしょう」


 リンは対照的に落ち着いていた。


 初のメディア露出ということもあって余計な発言を慎んでいるからかもしれないが。


「チッ…なら俺も病欠でも何でも言ってやすめばよかったな」


「公式組織のリーダーでしょう?そんなことできないくせに」


 また大げさに舌打ちをしたギラは大人しく椅子に座ることにした。


 横目にリンを観ては、気に入らないと思い、リンの脇腹を突っついた。


「ぷ」


 堪えていた笑いも雪崩のように押し寄せ、リンは吹き出してしまった。


 硬直していたその顔には笑顔が戻った。


「な、なにするんですかっ!」


 ギラを睨みつけるリンは少し涙目になっていた。


 コメントではギラに対する殺害予告で溢れかえっていた。


「お前だってアイツに言うこと一つや二つあっただろ」


「それは会いたかったですけど…体調不良なら仕方ないじゃないですかっ!」


 ギラの足元にローキックをお見舞いするリン。


 コメントではリンを応援するコメントで溢れていた。


 二人の交戦はギラが反撃を止めたことで終止符が打たれる。


「逃げやがって」


 顔をしかめるギラは大人しくなると、それを合図だと思ったマナはインタビューを始める。


「こほん。では、お二人にお話を伺っていきます!」


 リンの身体は再び硬直した。


「ではまず全てのクロミナプレイヤーの頂点に立ったリンさん!今の率直なご感想は?!」


「えー、と。出場してない人もいるので、全てのプレイヤーかはわからないですけど…」


 リンはそう言って前置きを設定した後、


「この大会を通して私に敵う相手は誰もいないことが分かりました」


 会場がざわつく。


 ギラの視線が鋭くなる。


と、言っても過言ではないかなと思います」


「おーおー、よくまぁそんな強気なこと言えるじゃねーか」


 リンの見せた生意気な態度に強い反応を見せたギラ。


 彼の視線は真っすぐリンに向いていた。


「だって実際そうでしょう?現に最強と名高い公式組織である”黒龍”と”黄虎”のリーダーを二人まとめて倒したんですもの」


 ギラの顔に青筋が走る。


「正直飽き飽きしてるんです。誰も私を倒してはくれないんですから」


 我慢の限界を迎えたギラは右の拳を自分の膝に叩きつけた。


 そしてリンは、先程までの緊張は演技だったのではないかと疑いたくなるほど落ち着いた表情で口を開いた。


「残り一か月。その間、私はどんな勝負でも受け入れます。誰でも構いません。一か月後、私が一度も倒れなかった場合、私はクロミナを引退します」


 突如としてリンの口から飛び出した引退宣言は現場を大きく騒がせた。


 騒がせたのは会場だけではない、インターネット上でも大きな反響を呼んだ。


 そしてスクリと立ち上がると、リンは堂々と言い放った。


「今日はそれを言いに来たんです。では」


 打って変わって強気な態度に圧倒され、何も話さなくなるマナ。


 ギラはリンを終始睨んでいたが、彼女の退場を引き留めることはしなかった。


 リンは常に自分と対等に戦える好敵手ライバルを探し求めていた。


 生粋のゲーマーとしてこの世界に生を受けてから五年間。


 レベル上げとスキルの研鑽に費やしてきた。


 結果辿り着いたのは誰もいない天井。


 立ち向かってくるものはいても全てのプレイヤーは半分のチカラも出さずして倒れていく。


 非力だ。


 始めた当初は良かった。


 まだ、敗北の味を味わえていたから。


 しかし、彼女の才能は加速度的にクロミナのレベルとスキルを向上させていき、遂には最強の地位まで上り詰めてしまった。


 彼女の心の奥底にあったのはまだクロミナを始めたての頃。


 当時話題となっていたとあるゲームの生配信。


 剣と銃が交錯する世界で圧倒的な力を示した人物。


 ナンバーワンプレイヤー、カイト。


 彼に最後まで盾突いた好敵手ライバル、デメルギアス。


 カイトの師匠的存在、歴代ナンバーワンプレイヤー、ネメシス。


 プレイヤー名が一緒のため、まさかと思っていたが。


(……)


 まだわからない。


 確実に同一人物ではないとは限らない。


 それを確かめるまでは、彼女はクロミナを辞められない。


 自分に敗北を与えるのはこの世界ではカイトしかいないだろうと、リンは確信していた。


 リンが居なくなった会場は静寂に包まれていた。


 だが、その静けさを打ち破ったのは他でもない、ギラだった。


「おい。さっさと進行しろ。早くこんな番組畳め」


 マナは思い出したかのようにマイクを口に運ぶと、インタビューを続けることにした。


「えーっと、リンさんの引退宣言が出ましたが、ギラさんはどのようにお考えですか?」


「勝手に言わせておけ。あの我が儘姫は俺が確実に潰す」


 ギラの言葉にネットでは再戦の予告がされたと大いに盛り上がる。


 会場がギラの言葉で少し穏やかになったのを確認したマナはギラに質問を飛ばす。


「第二位、率直なご感想をお聞かせください」


「正直、ですね。喜びはないです」


 ギラは決勝戦のことを思い出す。


 煙幕の中で、メンバーがカイトの一閃によって全滅させられた時のことを。


 ここでカイトの素性を明かせばどうなるか。


 ギラは考えたが、本人がなぜか隠そうとしている以上、それを公にするほど性根は腐っていなかった。


 押し黙るギラにマナは追加で質問を投げる。


「旧友だと聞いております、公式組織”黄虎”のリーダー、暗黒氏の不正によるリーダー辞職はどのようにお考えですか?」


 ギラの表情がまた一段と険しくなる。


 ぎろりとマナを睨みつけ、威嚇するが、所詮はプログラムされたコンピュータに過ぎないと思い、溜息を吐いた。


「奴は不正した、不正した奴が裁かれるのは当然かと」


「これから四大組織の一角を担う”黄虎”はどうなってしまうのでしょうか」


「知らねーよ。それは俺にじゃなく黄虎に聞け」


 四つの組織から編成されたクロミナの治安を維持するために精鋭が選抜された部隊、公式組織。


 黒龍、黄虎、玄武、鳳凰は運営直属の部隊である。


 公式によって選ばれた彼らは、高いレベルと模範的行動が求められる。


 全てはクロミナの平和の為、戦うのが公式組織である。


 ギラは公式組織の中でも最も強い力を持つ組織、黒龍のリーダー。


 公式組織の今後については社長から直々に話は伺っていた。


 いずれ「再編」の時期がやって来る。


 四大公式組織と”上位”組織によって公式組織の座を奪い合う。


」が始まろうとしていた。

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