第121話 記憶喪失 Memory Loss
2022年8月25日
Enge : Devil Online シーズン5 終幕
ナンバーワンプレイヤー : プレイヤー名 カイト
世界崩壊プログラム起動まで残り10分
世界内部にいるプレイヤーは直ちに接続を切ってください
残り5分になると強制退場プログラムが作動し世界には誰も存在できなくなります
繰り返します……
同刻―――都立大学総合研究病院特別隔離施設002号室
頭にヘッドセットを付け、口には呼吸器を付けられたカイトの状態はいたって正常だった。
バイタルも安定し、呼吸も止まっていない。
あとは目覚めるだけ。
カイトを心配そうに見守る人間が二人いた。
株式会社ZONE社長、澤田和俊。
アメリカ国籍警察官、ダンデ。
「世界との接続は切れているはずだ」
ダンデは不安そうな顔を浮かべながら澤田に話す。
「ああ。もう少しで意識が戻るはずだ」
澤田は確信を持っているように話すが彼の内心は不安で溢れていた。
だがそれをダンデに見せてしまえばこの事態を深刻に考えてしまうかもしれない。
それは外にいるカイトの母親への対応という面でも同じだった。
ダンデはガラスで区切られた部屋の外にいるカイトの母親に目を向ける。
「お母様にはなんと?」
「ゲームの特殊な脳波による影響だと。もう少しで意識が戻ると伝えてある」
「ゲームの話は?」
「……していない。それはいずれわかることだからだ。今話せば混乱を招きかねない」
澤田は淡々と話すが口調からは焦りが読み取れた。
澤田は手元に目を落とす。
そこにはタブレットがあり、画面にはカウントダウンが表示されていた。
(あと59秒……)
心の底から信じていた。
きっと目覚めてくれると。
そして目覚めたなら伝えなければならない。
カイトの中に目覚めたその力を。
00:00
Enge : Devil Onlineの世界が消滅したその時。
カイトの意識が戻る。
目を開く。
うめき声が聞こえる。
「カイト君!聞こえるか?!」
澤田は抑えていた声を上げる。
「……」
カイトはなにも話さなかった。
外から母親が部屋に入ってくる。
母親がカイトに声をかける。
カイトはなにも言わない。
ただ、天井を見つめている。
しかし、ついに口を開いた。
「……だれ?」
澤田やダンデに言い放ったならまだわかる。
だがカイトの目線は母親に向いていた。
(記憶喪失……!!)
澤田は冷や汗をかいた。
解決策を導き出すために脳をフル回転させた。
だが、そこで止まった。
回転させようとした脳はすぐに止まった。
記憶を失ったことは悲しむことだ、嘆くべきことだ、どうにかしなければならないことだ。
だが、今の彼にとってはそれが最善の策なのかもしれない。
不謹慎かもしれないが、今の彼に必要なのは記憶を失うことなのかもしれない。
きっと記憶を失うことによって自分に目覚めた力も忘れているに違いない。
彼が記憶を持ったまま、潜在能力に目覚めたまま現実世界に帰ってきてしまったとしたら。
彼はこの世界を滅ぼしかねない。
危機感は無いが、復讐相手にはそこまでやりかねない。
なぜなら彼の能力はこの世界の人間を超越していたからだ。
彼が仮想空間で培った能力は五感に作用するもの。
彼の五感は現実世界のそれを超えた。
彼にとって現実世界も仮想空間も遜色ない。
なんら変わりはない。
文字通り、彼はこの世界で最強になってしまった。
その力を封印できたことは誰にとっても都合がいいことなのかもしれない。
ゲームの中の話ではない、これは現実世界の話である。
その力はネメシスとカイトしか持っていない。
記憶を取り戻したカイトに対抗できるとしたら、ネメシスしかいない。
カイトの記憶が戻った時。
その時は彼の力を奪わなければ、均衡が保てなくなる。
「………」
とりあえず猶予はできた。
澤田は今後の課題として、カイトをこれからも監視していくことを決定した。
『Enge : Devil Online』のサービス終了は多くのゲームユーザーを驚かせた。
あれほどまで盛り上がったゲームの運営を終わらせるのは意味が分からない。
シーズン6を待っているプレイヤーも山ほどいた。
だが、それらのプレイヤーの言葉は『Thunder』社長、ライボルトの逮捕によって一斉に無くなった。
会社の不正、横領、そして違法な研究が明らかになった。
研究について詳細は伏せられたが、仮想空間内で人体を使った非人道的な実験を行っていたことが明るみになった。
会社があるアメリカではプレイヤー名カイトの名前が出され、被害者として扱われたが、日本ではそこまで関心が薄かった。
カイトの名前が出されることは無かっただけでなく、一週間もしたら話題は切り替わっていた。
ネット上では『Thunder』に失望した人間で溢れ返り、最終局面でレベル100を超えるプレイヤーが急に登場したこともリークされた。
他にも粗探しは行われ、ゲーム業界の闇として後世に語られる事件となった。
研究に携わった社員は全員逮捕、書類送検されたが、未だに霧春真治の行方は分かっていない。
そもそもリストには無いため、逮捕状も出ていない。
株式会社『ZONE』は秘密裏に彼の捜索を継続。
しかし、成果が出ず、結局4年後に届く一通のメールで事態が動くことになるのだが。
時は4年後――。
2026年4月5日。
彼はやっと立ち上がった。
一瞬めまいがしたが、自力で立ち上がることができた。
彼の名前は
5年前、不幸にも心肺停止によってこの病室に緊急搬送されてきた15歳の青年である。
第4章――過去編――完
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