第119話 覚醒 Awakening

 両者の剣が衝突した。


 カイトの横刃剣をデメルギアスの斜刃剣が制止する。


 だが、剣が止まったのは数秒だけだった。


 カイトの剣にはネメシスの意思が宿っている。


 すなわち衝撃波。


 デメルギアスの剣は弾かれ、後方に飛ばされる。


 その隙をカイトは逃さない。


 勢い良く後方に剣を引くと一気に突き刺す。


 完全にデメルギアスは体勢を崩している。


 一撃必殺の剣がデメルギアスの胸を貫く……筈だった。


 デメルギアスは後方に飛ばされ、空中で仰向けにされたが地面に手を付け、伸びきった右足でカイトの剣を蹴り飛ばす。


 標準がずれた。


 そのお陰でデメルギアスは間一髪避けることに成功する。


 博打だった。


 カイトの剣は攻撃力がカンストしている。


 触れただけで全ての体力値が持っていかれると思っていた。


 だが、一瞬、それに攻撃ではない標準をずらすだけの「弾き」はダメージが加算されない。


 これは大きな発見だった。


 だが、標準がずれ、攻撃が外れたとしても依然としてカイトが優勢。


 デメルギアスはまだ態勢を整えられていない。


 地面に腰を落としたデメルギアスはカイトの猛撃を避ける。


 地面にむかって叩き下ろしたカイトの縦刃剣は土煙と共にデメルギアスを逃がす。


 小さく舌打ちをするカイト。


 相手を倒す絶好の機会を失った。


 だが、機会などいくらでも作れる。


 ネメシスの衝撃波がこちらに付与されている以上単純剣技では勝っている。


 態勢を整え、再び剣を構えるデメルギアス。


 だが、その表情は曇ってなど居なかった。


 どちらかと言えば勝ちを確信したような不敵な笑みがそこにはあった。


「お前の失敗は今の一撃で俺を殺さなかったことだ」


 デメルギアスの持つ堕天使の翼から生成されたロングソードが紫に光る。


 それはまるで外殻バリアが分析を始めたように。


 堕天使の翼からできているデメルギアスの剣には外殻バリアの効果が付与されていた。


 つまりは「模倣コピー」。


 一度かち合った相手の剣の成分を分析し、自らの力とする。


 模倣弾丸ならぬ模倣剣技。


 解析は完了した。


 衝撃波、相手を攻撃した際に強力な衝撃波を放つ。


 その衝撃によって相手を怯ませ、大きな隙を作る高等技術。


 カイトは察した。


 相手の剣が紫の発色をしたこと。


 デメルギアスの自信。


 自分の、ネメシスの剣技が模倣されたことは容易に想像できた。


 剣を構える。


 互いに間合いを詰める。


 そして剣が再び重なる。



 ≪ドッッッッッッ!!!!!!≫



 心臓を動かす重低音が響く。


 だが、剣同士がかち合うことは無かった。


 カイトの剣とデメルギアスの剣の間に空間が出現した。


 その空間は衝撃と衝撃の狭間。


 相手を弾く力と相手を弾く力が衝突し生まれた干渉できない空間。


 この空間こそがカイトとデメルギアスの剣が互角に作用していることを表していた。


 周囲の地形が歪んでいく。


 衝撃が地形、気候に伝わる。


 静電気のような痺れが全身を伝う。


 これが衝撃。


 カイトは再び力を入れ直す。


 デメルギアスも呼応するように叫ぶ。



 ≪バチッッ!!!≫



 互いの剣が弾かれた。


 正確には剣が手から離れた。


 後方に互いの剣が突き刺さる。


 先に行動を開始したのはカイトだった。


 いち早く剣の元へと向かう。


 デメルギアスは動かない。


 堕天使の翼は背中に付いている。


 剣ならいくらでも生成できる。


 模倣剣なんて何本でもストックがある。


 比べてカイトは一本だけ。


 (背を向けたな!!!)


 デメルギアスの衝撃を纏った弾丸が飛ぶ。


 カイトの足元に着弾する。


 本人には当たらなくていい。


 当てたくても当たらないのだから。


 初めから狙いはカイトの足元。


 衝撃波でカイトは吹き飛ばされる。


 剣に辿り着かせない。


 カイトは転がりながら受け身を取り、振り返る。


 デメルギアスの背には円状に剣が連なる。


 そして向けられた銃口からは衝撃の特性を持った弾丸。


 剣が無い以上攻撃ができない。


 弾丸は避けられる。


 だが衝撃を持った弾丸に着弾した場合自分の身体を統制できるか分からない。


 先程も地面に着弾しただけで4、5メートルは飛ばされた。


 加えてデメルギアスは戦法を変えてきた。


 今まではカイトを狙った弾丸を放ってきていた。


 それを避けるのは容易だった。


 だが、今は衝撃を持ったことでカイトに着弾しなくても一定の効果を与えられると悟らせてしまった。


 つまり弾丸がカイトを狙わない、変則性を持った、ということである。


 まずは剣を手中に戻さなければ同じ土俵には立てない。


 発砲が開始される。


 カイトは大きく避ける。


 さもなければ着弾してしまう。


 着弾せずとも衝撃を喰らってしまう。


 デメルギアスの思惑は読めた。


 衝撃波で体の自由が利かなくなったカイトを背に配置した剣で串刺しにするつもりだろう。


 体力消費は激しいが避けることはできている。


 どこに着弾しようともそこから半径2メートルほどの距離を取れば衝撃は届かない。


 カイトの考察は的を得ていた。


 だが、デメルギアスの思考が追い付いた。


 ≪ドッ……≫


 カイトの身体が宙に浮く。


 弾丸を避けた先にあった地面を踏みぬいた瞬間。


 衝撃が発動した。


(地雷かッ!!)


 デメルギアスは弾丸の一部を地雷に変更していた。


 カイトが動き回ることを想定して地面には既に数百の地雷が埋まっている。


 空に舞ったカイトの身体に剣が突き刺さる。


 なんとか防御をしたが、右肩に突き刺さる。


 弾丸も数発受けた。


 体力は大幅に減ったがまだ致命傷には至っていなかった。


 デメルギアスの弾丸が止まる。


 カイトの様子を伺っているようだ。


「だいぶダメージ喰らったんじゃねーか?」


「攻撃止めていいのか?」


 カイトの問いに対し、デメルギアスは笑った。


「心配いらねーよ、もうチェックメイトだ。お前の周りにはびっしりと埋まってる。身動き取れないまま


 死ね。


 カイトの身体が反応した。


 その言葉の真意は。


 デメルギアスからすればただの撃破。


 だがカイトからすれば人生の終わり。


 人生ゲームオーバーだった。


 このゲームをどれだけ本気でやるか、その意志の強さで自身のステータスは変動する。


 デメルギアスは十分意志の強さを見せた。


 だが、一定ラインを超えると彼の意志の強さは変動しなくなる。


 なぜなら彼の中には所詮ゲームだ、という認識があるから。


 比べてカイトにはその認識がない。


 このゲームは現実と何ら変わりない。


 死ねば本当に人生が終わる。


 人間の生存本能は刺激された。


 カイトは一度息を吐く。


 そして思考を巡らせる。


 落ち着いていた。


 焦る感情はどこにもない。


 これが、死を目前にした人間の境地か。


 カイトはこのゲームの全てが見えた。


 感じる、鼓動が。


 自分の心臓の音ではない。


 このゲームの音が、聞こえる。


 俺は今何が視えているんだ?


 気配を感じる。


 後方3メートル、右斜め2.5メートル。


 鼓動を感じない。


 そこには何もない。


 カイトは飛び跳ねる。


 衝撃波は発動しない。


 次、前方2メートル、右斜め5メートル。


 飛び跳ねる。


 発動しない。


 前方から弾丸。


 右、左、下、身体を45度捻る。


 気配を感じない。


 続行。


 右方向へ6メートル。


 聞こえる。


 自分の剣の音が。


 あと5メートル。


 その間にある地雷は二十。


 反応しろ。


 俺の声を聴け。


 カイトは突き刺さっていた剣を抜いた。


 一切、地雷など踏み抜かなかった。


 ただ、水溜りを飛び跳ねる子供のように。


 地雷原を渡って見せた。


 これがネメシスの見ていた景色か。


 勝利の翼だけじゃない。


 ネメシスはこの景色が見えていた。


 だから弾丸なんて当たらないんだ。


 背を向けたってネメシスなら弾丸を避けられた。


 それは全ての気配、音が聞こえていたから。


 音は何も聞こえない。


 静かだった。


 確かに、これなら連携を取るための仲間なんて必要なかったのかもしれない。


 これは……間違いない、最強だ。

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