第118話 火花 Spark

 勝利の翼と必殺帝の特殊技スキルは完全に嚙み合っていた。


 必殺帝が持つ特殊効果バフ、【吸収上昇】はプレイヤーが受けるデバフ効果、ダメージを全て攻撃力に加算する。


 カイトに与えられるダメージは全て攻撃力となってデメルギアスを襲う。


 その際に体力値が減り、瀕死に至る危険性を完全に排除したのが勝利の翼だ。


 互いに互いを補填し合い、カイトの持つ剣は遂に最強になった。


 デメルギアスはカイトの身に何が起きたのか分からなかった。


 だが、明らかに雰囲気と風格が変わった。


 デメルギアスはそこに、ネメシスやカイトとの間にある差異を見た。


 だが、その事実は自分が一番許せなかった。


 ネメシス、カイトとの間に差なんかあるはずがない。


 思考を振り返る。


 デメルギアスは金色に輝く翼を削ぎ落したカイトを見て何を愚かなことをしているのだと感じた。


 少しでもバフが付与されるのなら得体の知らないものでも何でも付けておけばいいじゃないか。


 だが、その思考では勝てない。


 絶対的な勝利の前に得体の知れない事象に懸けることなどあってはならない。


 確実に勝てる環境を整えなければ意味がない。


 ネメシスの言葉を反芻する。


 ≪お前を倒しに来る奴の事さ。あいつは今、最強になるためならすべてを捨て行く覚悟を持ってる。お前にもその覚悟があるか?≫


 覚悟。


 デメルギアスは紛れもない天才だ。


 単独で今の地位まで上り詰めたプレイヤーは歴史上存在していない。


 だが、そんな彼の存在すらも薄れてしまうほどカイトの目には重みがあった。


 デメルギアスはただこの世界で最強となり、認めてもらい、ちやほやされるため。


(お前は一体何を背負っているんだッ……?!)


 冷や汗をかいたデメルギアスだが、頭を回転させる。


 思考を戻し、最強になるために攻撃を開始する。


 堕天使の翼を起動させる。


 赤い不気味な光と共に機械音が鳴り響く。


 発砲を開始する。


 避けられることは分かっていた。


 だが、数を撃てば、避けられないほどの数を撃ち込めば。


 カイトの身体に弾丸が着弾した。


 それも全発全弾。


 デメルギアスの狙いは完璧だった。


 正確にカイトの身体に標準を合わせ、一発一発に重みがある弾丸だった。


 だが、その弾丸はカイトには効かない。


 いわば、自らの弾丸で敵を強くしている。


 それに気づいた時には既に外殻が破られていた。


 一瞬で間合いを詰めたカイトは縦に剣を振り下ろす。


(なッ……なんでノーガードのくせして死なねーんだよッ!!)



 ≪バリィンッッ!!!≫



 鉄壁のバリアが破られた。


 分析などできない、単純破壊力。


 外殻が破られた、その瞬間、デメルギアスは強烈に「死」を感じた。


 一度空中に逃げる。


 そして空から刃を降らせる。


 逃げ場などない。


 弾丸が効かないのなら斬撃はどうだ。


 デメルギアスの思惑は外れた。


 カイトは全ての斬撃に当たった。


「は?」


 カイトの剣が赤黒く光り始める。


 そしてカイトの充血した右目から血が流れる。


 カイトの脳から溢れ出る脳波信号は危険域を超えて脳や精神に異常をきたすレベルまで到達した。


 精神障害、記憶障害を引き起こしかねない。


 だが、そんなこと彼には些細なことだった。


 カイトの脳波が爆ぜる。


 赤い火花を散らし、己が剣へとその力が伝わる。


(あの剣はまずい、あの剣だけはッ!!)


 デメルギアスは必死になって逃げる。


 敗走との見えるこの行為は意味があった。


 外殻を剣が突き破ったその瞬間、外殻の機能は失ったが、分析の能力は効果を失ってはいなかった。


 飛行中、分析が終わり、カイトの剣の異常さに気が付いた。


 攻撃力は桁違い。


 触れただけで命はない。


 だが、そんな攻撃力まで剣が成長できるとは思えない。


 その疑問を払拭したのが分析結果から判明した剣の成長加速度のグラフだ。


 自分が弾丸を放ち、カイトに攻撃を与えたダメージ量だけカイトの持つ剣の攻撃力が上昇しているのだ。


 カイトが攻撃を受けても倒れないその理屈は分からないが、今攻撃をむやみやたらに繰り出すことは得策ではない。


 必ず効果には制限時間が存在して居るはずだ。


 その効果時間が切れるまで、攻撃はしない、なるべく相手から距離を取る。


 カイトの勝利の翼の効果時間が切れた。


 その事実をデメルギアスは瞬間的に把握することはできなかったが、一定の時間が経過したことで攻撃を再開した。


 放った一撃はカイトを動かした。


 避けた。


 デメルギアスは笑みを浮かべ、ようやく弾丸を避けたことに高揚した。


 続けて発砲する。


 今までの出力を遥かに凌駕する弾数。


 無敵時間は切れた、とすれば避けるほかない、だが、避けられるはずがない。


 だが、カイトは避けた。


 全ての弾丸を見切り、尚且つ高速で間合いを詰める。


「言ったはずだ、弾丸はもう避けられるってな」


「くそったれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」


 デメルギアスは刃の嵐をいくつも出現させる。


 カイト目掛けて高速で迫ってくるが、カイトは斬った。


 縦刃剣。


 横刃剣。


 斜横縦刃剣。


 一本一本の刃の強度が違い過ぎた。


 カイトの剣の前ではデメルギアスが繰り出す刃は砂で作った剣も同様。


 薙ぎ払うことは容易だった。


 カイトは剣を構え、デメルギアスに振りかぶる。


 外殻は無い。


 守りもない。


 デメルギアスはノーガードだった。


(また、俺は憧れたまま、終わるのか……)


 デメルギアスの目の前にカイトの剣が見えた。


 誰もがカイトの剣によってデメルギアスは一刀両断されたと思った。


 だが、デメルギアスは無意識に手を動かしていた。


 そこには一本の漆黒の剣が。


 堕天使の翼によって作り上げたロングソードが。



 ≪バチッ≫



 カイトの剣を抑えられるはずがない。


 カイトの剣は攻撃力はカンストしている。


 それを抑えるデメルギアスの剣は。


「このまま終わっていいわけねェだろォォォォォ!!!」


 脳波が爆ぜた。


 デメルギアスもまた、カイトのように剣を持つ右手側の目が充血し、火花が散った。


 色は青白い。


 脳波指数が彼に力を与える。



 ――例え圧倒的にレベルが離れた高レベルプレイヤーと戦う場合でも、例え技術や戦術で敵わない相手だったとしても、自身が闘争心を燃やした時ステータスは向上し、相手に立ち向かえるだけの力が手に入る――



 それはカイトだけの話では無かった。


 デメルギアスも同じ、闘争心を燃やしていた。


「お前が背負ってるもんが俺よりも重いもんだったとしてもよォ……俺にも俺の譲れない領域ってもんがあんだ……最強になるための想いなら……誰にも負けねェ!!」


「そう来なくっちゃな」


 カイトは笑った。


 両者は今一度距離を取ると剣を構えた。


 デメルギアスは堕天使の翼を起動させることはしなかった。


 この剣で決着を付ける気だった。


 カイトも強く剣を握る。


 赤黒い閃光と青白い閃光が爆ぜた。


 全世界が待ち侘びた、このゲームの終わりが遂にやってくる。

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