第111話 全てを懸けて Stake Everything

 カイトは師匠の言葉を静かに聞いていた。

 死、というものに一番敏感に反応してしまう時期にもかかわらず平静でいられたのはそれだけネメシスの発言を信じていたからであり、彼の存在を大きなものだと認識していたからだ。

 唐突に師から告げられた「殺せ」という命令。

 普通なら聞く耳を持たないその言葉も今のカイトには刺さった。


「これからお前は何が何でもナンバーワンプレイヤーにならなければならない。それは最早お前だけの問題じゃない」

 カイトは霧春真治と交わした契約内容を思い出す。

 ネメシスはカイトの勝ちに大きく賭けてくれた。

 信じてくれた。


「このゲームの存続が掛かってる」

 ネメシスはお金のことや自分の契約内容については触れなかった。

 カイトの所為で自分が巻き込まれたなどとは微塵も思っていない、そんな様子だった。


「いいか、カイト…俺たちでこの腐った世界を壊すんだ」

 カイトは頷く。

「それはメイが望んだことでもある」

 ネメシスはカイトの肩を掴む。

「このままだと…アイツが…報われないじゃないか…」

 顔をしかめるネメシスのその表情は、初めて見るものだった。

 カイトは力強く答える。


「わかってます。俺はもう手段を選びません。全てを、破壊します」

「それでいい」


 カイトは剣を抜いた。

 ネメシスはカイトから目を離さなかった。


「いいか、俺は一切後悔なんてしていないからな、お前はただ自分の目的だけを見ていればいい」

 カイトは頷いた。


 剣を握りしめ矛先をネメシスに向ける。

 ネメシスにとって初めての経験だった。

 自分から命を差し出し、この世界を託すということが。

 どれだけの意味を持つだろうか。

 たかが師弟関係。

 たかが同じゲームをプレイするプレイヤー、人間。

 カイトという存在はどれだけこの世界に影響を及ぼすだろうか。

 だが、本人に伝えた通り、自分の行動に疑問や後悔は一切ない。

 むしろ感謝していた。

 短い期間だったが、ネメシスにとっては幸せだった。

 孤高の存在と拝め、祀られた存在だった彼に唯一盾突いた存在。


 カイトの目に黒い炎が宿った。

 ああ、この弟子は最大火力で終止符を打ってくれるようだ。

 そんな余計な力…使わなくていいのに。

 それじゃあ。

 お前と最後にゆっくり話せないじゃないか。


「ありがとう」


 ネメシスの腹部に剣が突き刺さった。

 みるみるうちに体力が無くなっていく。


 そして0になったと同時にネメシスが張っていた結界の効果が切れる。



 余韻に浸る時間など与えなかった。

 カイトはもう歩みを止めることなど許されない。

 結界が破られた瞬間、全方位から弾丸が飛んできた。

 完全に包囲されていた。

 敵は東の都。

 総力戦で挑んできた。

 ああ、これがネメシスが見ていた景色か。

 カイトは感慨深く思った。

 孤高の存在とは、寂しいものだ。

 全てが敵。

 この世界に存在するもの、すべてが敵。

「分かり易くていいな」

 カイトは走り出した。

 バフ、攻撃力上昇効果、脳波、トリガー、全てフルで発動させる。

 この時、彼は間違いなくこの世界で最強となった。

 出し惜しみはしない。

 必ず、霧春真治を地獄にー。



 *



 西都。

 デメルギアスは剣のみで国を落とした。

「最後のヘッジボーンとかいう奴は結構骨あったな」

 堕天使の翼を格納し、一人佇む。

 その背後から声をかける者が居た。


「よくやったな」


 そこには彼の憧れの存在。

 彼の目標であり、倒すべき、倒さなければならない存在。

「ネメシス…!!」

 今まで見たことが無いほどの軽装に怪訝そうな顔をしたデメルギアスだったが、即座に笑顔に戻る。

「約束を果たしに来たぞ」

 デメルギアスは震えていた。


「ついに、ついに、この時が来たァ…!!この時が!待ちに待った!この時がァ!!」


 デメルギアスは翼を展開する。


「俺の存在を証明する、この世界に名を刻む…!!お前を倒し、お前の莫大なレベルを奪い、俺が!!ナンバーワンプレイヤーだァ!!」

「出し惜しみするなよ、お前の全てでかかってこいッ!!」


 堕天使の翼が光り出した。

 ネメシスの剣が光り出した。

 この日、西の都は消し飛んだ。

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