第110話 契約 Agreement
メイがこの世界から姿を消した数秒後。
ホログラムがカイトの前に現れた。
黒いスーツに身を包み、髪を七三分けにしている、あたかも格式の高そうな人物だった。
カイトは誰か分からなかった。
知らない人だった。
だが、自己紹介を聞いた瞬間、一瞬にして敵だと判断した。
「初めまして、私は霧春真治だ」
「お前が、お前がッ…!!お前が霧春真治か!!!!」
カイトは一瞬で抜刀した。
そして霧春真治に向かって切りかかる。
だが、剣は空を斬る。
当然だ、彼はただのホログラム。
この世界には存在して居ない。
「まぁ、その気持ちもわかるよ。君たちを実験している張本人は私だからね」
「なんで、なんで、お前は、メイが、メイが死んでッ…!!平気な顔をしているんだ!!」
「メイは死んでいないよ」
霧春真治は薄気味悪く笑った。
「芽衣奈は十分役割を果たした。今は少し休んでもらっているだけさ。ほら、君たち好きだろ?いつでもメイは心の中で生き続けるってやつだよ」
なんだ、なんだコイツ。
何を言っているんだ?
話していることが理解できない。
他の言語を話しているのか?
こんなに悪意の塊みたいな人間には会ったことが無い。
気色悪い。
早く、早く、駆除しなきゃ。
「おまえ、だまれよ」
カイトの言葉に霧春真治は黙った。
だが、話は止めなかった。
「芽衣奈にはカイト君を殺すように指示していた。そして殺すことができたのならこの世界から生きて帰すことも約束していた。でもあまりにも遅くってさあ。思わず医療器具外しちゃったよね」
は?
「本人は強がって自分の病症が悪化してるって話していたみたいだけど、本当は医療器具自体を外したんだよ。そりゃ体調不良になるわけだよね」
は?
「本人は気付いていたみたいだけど、惜しかったね、もう少しでカイト君、君はこの世界から出ることができたのに」
「黙れよ!!!!」
カイトの怒った様子を見て霧春真治は笑みを零した。
「君が怒るたびに脳波指数は変化する。その指数は我々にとってとても貴重なんだ。情報提供感謝するよ」
剣を握りしめる力が増していく。
ロングソードが壊れるんじゃないかと不安になるほど握る。
その手からは血が流れた。
手が震える。
力が漲ってくる。
コイツは、コイツだけは。
ここで、殺さなければならない!!
「お前、くたばれよ」
後方から聞き慣れた声。
声の主はネメシスだった。
カイトの肩に手を置いた。
その瞬間カイトは強制的に脱力させられた。
師匠からの少し休め、という気遣いだった。
「カイトがこの世界で一位になればカイトはこの世界から出られるんだよな?」
「ええ。出しましょう。これは契約です」
「わかった。あと一つ、契約を結ばないか?」
「契約?」
「いや、違う、これは提案じゃない、命令だ。契約を結べゴミクズ野郎。ありがたく聞け」
驚いた様子でネメシスを見つめる霧春真治だが、すぐにいつもの様子に戻り、薄く笑った。
「良いでしょう。ですが、こちらから契約内容を指示してもよろしいですか?」
「ああ、その代わり俺も指示させてもらうがな」
霧春真治は笑みを零しながら顎に手を当てた。
「カイト君がこの世界で一位になれなかった場合。ネメシス、貴方に1億の賠償金を支払ってもらいます。そして永遠にこのゲームを出禁にします」
よろしいですか?と尋ねる霧春真治。
「ああ、いいぜ。逆にこっちはカイトが一位になれた場合、お前は今居る会社を辞めろ。そしてこのゲームを消せ」
「なっ」
霧春真治は初めて表情を崩した。
「何をバカなことを…そうした場合あなたの損失は計り知れないでしょう」
「これは俺の願いじゃない。これはこの世界の破壊を願った弟子の願いだ」
「…あなたはそれで良いのですか」
「可愛い弟子の願いは聞き入れる。それにこのゲームには気色の悪い研究が行われたというキモイ背景がある。もう昔の威厳はない」
霧春真治は表情を元に戻し、良いでしょう、と言った。
その時、自動記録AIが現れた。
その存在は霧春真治にも読めていなかったらしく、またもや表情を変えた。
「今までの発言は全て記録させていただきました。契約内容を今一度確認します」
【プレイヤーカイトがナンバーワンプレイヤーになれなかった場合】
・カイトは死亡する
・プレイヤー名ネメシスは賠償金1億円を霧春真治に譲渡する
・プレイヤー名ネメシスは『Enge : Devil Online』を永久追放される
【プレイヤーカイトがナンバーワンプレイヤーになれた場合】
・カイトは現実世界に生き返る
・霧春真治は『Thunder』を辞職する
・『Enge : Devil Online』を消去する
自動記録AIを差し向けたのは一人しかいない。
澤田和俊だ。
「余計なことしやがって」
ネメシスは少し笑っていた。
霧春真治も顔をしかめていた。
こうしてネメシスと霧春真治の間に契約が成立した。
全てはカイトに掛かっている。
カイトの行動によって霧春真治を失墜させる第一歩になる。
霧春真治は平静を保ちながら、楽しみにしているよ、と言い残し去っていった。
ネメシスは心配してくると思ったカイトの方を向き、あの時見た炎がカイトの目に宿っていることを確認した。
この目だ。
俺が惹かれたのは。
その目には黒い炎が宿っていた。
ネメシスはカイトに向かって一つの話を始めた。
「なぁカイト。俺を殺してくれ」
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