第109話 修行⑦ Time to say goodbye
剣は掠りもしなかった。
血が溢れることも無く、ただ虚空を斬った。
カイトの腹部を狙った鋭利な刃は腹部の数センチ横を通り抜けた。
その行動を最後にメイは倒れこんだ。
彼女にとってこれが正真正銘最後のカイトを殺すチャンスだった。
それを蔑ろにし、目的を達成できないことが確定した。
目を閉じていたカイトはゆっくりと目を開けた。
へたり込んでいるメイを確認するとすぐさま近寄り、手を握る。
「なんで…?」
カイトはこの問いは間違っていることに発言してから気が付いた。
自分は生かせてもらえたのだ。
それを選択したのは紛れもないメイ自身。
とやかく言う筋合いは生憎とカイトには無い。
「私に…殺すことなんてできなかった…自分を演じて、強い自分を演じて、悪役になってでも、恨まれてでも生きてやろうと思った、本気で思った…」
メイは塞ぎ込みながら、でもね、と続けた。
「殺意を込めた剣を持つと頭の中で二人が叫んでいるような気がするの、いいえ、これは気がするとかの問題じゃない。二人はそんなこと望んでない。私が誰かの命を踏み台にして生き返ったとして、きっと二人は私を軽蔑するわ」
「軽蔑なんか…しないと思うよ」
カイトは思わず口をはさんでいた。
「その二人のことは全然知らないけど、きっと二人はどんな形でもメイに生き返ってほしいって願っているんじゃないかな」
「…そうかもしれない…でもね、私にそんなことできなかったし、そんなことをした後、あの二人に合わせる顔が無い…」
心臓の鼓動が遅くなっていくのが分かる。
これが止まった時、私は。
メイはカイトの手を強く握り、目を見つめた。
「カイト…最後に言いたかったこと…言うわね。
カイトは自分を持っていない。自分よりも他人を優先することが多いでしょう?もっと自分を大切にして。カイトは自分の意志を持っていないし、自分のやるべきことが定まっていない。
カイトのやりたいことはなに?」
突然の問い掛けにカイトは戸惑った。
図星を突かれた後の核心を突く質問。
自分のやりたいこと。
この世界から出る。
何のために?
誰か待っている人がいるわけでもない。
やり残したことも思い出せない。
強いて言えばクロミナか。
だが、その答えは多分適切ではない。
自分の行動原理、自分を突き動かしているのは一体何か。
そこに自分の本質が見えるはずだ。
だとすれば、自分の望みは、叶えたい願いは。
自分が果たしたい使命は。
「…メイやミズキ、師匠が笑って生きていられればそれでいい」
メイはカイトの目を見た。
全く偽りのない、真っすぐな目。
ああ、こういう人間なのだ、カイトは。
だから嫌いになれないし、結局許してしまう。
彼は底なしに…優しいのだ。
そして大切な人を守るためには自分の命を投げ出してもいいと思う程の自己犠牲の塊。
数百年前に生きていたら英雄となって語り継がれていただろう。
カイトと話すたびに自分の器の小ささや見ている世界の小ささに気付かされる。
このカイトが持っている考えはあまりにも危険だ。
カイトの持っている「英雄視点」の考えは。
周囲の人間のことを想うあまり自分が傷ついてしまう。
こんな優しい人間は、見たことが無い。
彼は、失ってはならない。
メイは首を横に振ってカイトの顔に手を当てた。
「良い?カイトがやることはね?このゲームで1位になって生きて現実世界に戻ることよ。そして私の代わりに楽しむの、残りの長いながーい人生を!」
カイトは何も言わなかった。
「でもねカイト。決して私の為に生きるとか思わないでね絶対。私、そんなこと望んでないから。カイトがカイトらしく生きてくれることが私の喜びなの」
メイの目には水が溜まっていた。
殺さなくてよかった。
彼はきっと。
「最後に私のお願いを聞いてもらっていいかな?」
メイはカイトから目を離さなかった。
カイトはもちろん、と即座に答えた。
メイの残された時間を惜しむように。
「このゲームを仕組んだのはね、私の父、霧春真治っていうクズなの。いつか…彼を地獄に落として」
その時、カイトの目が大きく見開かれた。
そして目標が定まった。
ゲームのクエストのように、設定された。
そのクエストは「霧春真治を地獄に落とす」というものだった。
「わかった。必ず…メイのいるところには送らないよ」
ありがとう、とメイは安心したように安堵の息を漏らした。
「あともう一つ。もしも他のゲームで私の友達に会ったら伝えておいて…大好きだよって」
カイトの頭の中に二つの名前が浮かび上がる。
鷹峰慎、八条竜也。
プレイヤー名はメイに聞いた。
暗黒とギラ。
いつの日か、必ず伝えるとカイトは言った。
するとメイは安心したように眠った。
メイが起き上がることは無かった。
そして光に包まれ、この世界から姿を消した。
その光を最後まで見届けたカイトは誓った。
必ずこの世界から生きて脱出する。
その為なら手段を選ばない。
ナンバーワンプレイヤー、その称号を得るためには元より全員敵だったのだ。
悪魔?天使?賞金首?関係ない。
この世界のプレイヤーの全員が、敵だ。
メイがここで生きていたという事実を消させはしない。
絶対に忘れない。
待ってて。
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