第108話 修行⑥ Road left behind

 カイトの内心は焦っていた。

 今にも降り出しそうな曇り空はカイトの心の中を写し出しているようだった。

 メイが心中を明かして数日が経過した。

 いち早くこのゲームを終わらせる。

 それがこの数日、カイトが考えに考え、辿り着いたカイトにできることだった。


 


 全てのプレイヤーの頂点に立ち、世界にある4つ全ての都を手中に収める。

 そうすればカイトはこの世界から出ることができる。

 それに加えてこのゲームの終了は研究の終了をも意味する。


 カイトは思い出した。

 数多の強者たちのことを。

 南都の王ダンデ・リ・ユニオン、四天王を打ち滅ぼしプレイヤー、西都、東都の王、それに付き従う従者。

 彼らに自分は勝つことができるのだろうか。

 カイトは自分自身に問いかけた。

 加えて悪魔だけが敵ではない。

 ナンバーワンプレイヤーになるためには全てのプレイヤーの頂点に立たなければならない。

 カイトにとって一番の敵は師であるネメシスだった。

 彼を倒さなければカイトの野望は永遠に叶わない。

 雨が降ってきた。

 強くならなければ。

 カイトは剣を強く握りしめ大きく振るった。

 雑念を振り払うように。


 *



 メイは立ち上がった。

 カイトとミズキに病気について打ち明けてから数日のあいだ自室に引き籠っていた。

 メイは剣を握りしめた。

 ネメシスに常に剣を握っているように促されたから?

 違う、彼女はついに一大決心をしたのだった。


 


 その為に動き出した彼女の目は黒く渦巻いていた。

 天候が味方した。

 背後から近付いてもバレない。

 足音は雨音によって掻き消された。

 気配は完全に消せている。


 カイトと出会ってどのくらい経ったか。

 初めて対面した時、心の底から驚いた。

 カイトも自分を殺すように命令が下されていたとしたら、カイトが目の前に現れたのは自分を殺しに来たと思ったからだ。

 だが、話していくうちにその素振りが全くと言っていいほど無く、下された命令は違うものであると確信が持てた。

 分からない、もともと命令何て無いのかもしれない。

 これでカイトが私を殺すために作戦を練っていたとしたら怖すぎる。

 ポーカーフェイスなんていう比じゃない。

 サイコパスか何かだ。

 だが、果たして自分はその類に入るのではないか。

 考えるのは止めだ。

 自分のことを悔やむのは全てが終わってからでいい。

 墓くらい立ててあげるよ。

 このゲームから逃げ出すために。


 マオが死んだあの時。

 死というものが目の前で起きた時。

 意外と平常心で居られる自分に驚いた。

 勿論人の心はあったため、涙は流れたしどうにかしたいと思った。

 でもどうにもならないことを悟ったとき、無力な自分に気付いたとき、早くこの夢から覚めたいと願った。


 全てはこの時の為だった。

 ネメシスに剣を教わり、いち早くこの世界から抜け出すために。

 カイトを殺すために。

 迷いは無い。

(今行くよ)

 カイトのその先に二人の親友が見えた。

 何か叫んでいる。

 必死になってこちらにメッセージを飛ばしている。

 分かってるって。

 メイは渾身の力でカイトの後頭部に剣を振り下ろした。



 *



 カイトは驚いた。

 突如としてコントロール権を奪われた剣を持つ右手と背後から忍び寄っていたメイの姿に。

 自分の意志ではない。

 右手は勝手に動きメイの攻撃を受け止めていた。

「メイ…?」

 怪訝そうな顔を見せるカイトにメイは笑顔を作った。

「すごいわ!カイト!私の気配を完全に消した攻撃を見切るなんて!成長したわね」

 メイの笑顔を見たカイトは安心した。


「もう、冗談キツイよ。たまたま受け止められたけど、本当に当たってたら死んでたよ…?」

「死んでよ」

「え」

 カイトはメイが何を言っているのかわからなかった。

 だが、カイトの奥底に眠る恐怖心がふつふつと湧き出てきた。

 何かがおかしい。

「な、何を言ってるのメイ!なにか困ったことがあるなら…」

 必死になって会話をしようとする。

 だが、それは錯乱状態のメイには逆効果だった。


「困ったわ、カイトが死んでくれないんだもの。今の攻撃で死んでくれたならどれだけ楽だったか」

 カイトは本当に分からなかった。

 しかしながら伝わってきた。

 メイが冗談で言っているわけではないことをカイトは感じ取った。

「あなたを殺せば私はこの世界から出られるの…残された時間、私にはそれしか生きる道が無い」


 カイトに与えられた生きる道はこの世界でナンバーワンプレイヤーになること。

 メイにとって一番の弊害はカイトだった。


 それを告げられた時、カイトは何故か動揺しなかった。

 驚きこそしたが、それでメイが生きられるのなら、それでも構わないのではないかと考えている脳があった。

 一種の自己犠牲。

 自分が生きているよりもメイが生きていたほうが良いのではないか。

 加えてカイトはもう誰も失いたくなかった。

 これでマオに続いてメイもいなくなってしまったら、カイトの精神は壊れてしまう。

 そんな哀しみを抱いて生き続けるのなら残り少ない命、メイに捧げてもいいのではないだろうか。

 それを言語化してメイに伝えようとした時、カイトの目からは涙が流れていた。

 雨で流され、涙かどうか識別できない。

 だが、それは確かに涙だった。


「なんで…なんであんたが泣いてるのよッ…!!」

「生きてほしい」

 カイトの口から零れた願いはメイに対するものだった。

「俺は、君に生きていて欲しい、多分俺はもう十分なんだ」

 メイは何も言わず聞いていた。

「十分幸せだったし十分楽しかったし十分…苦しんだ。逃げ出したい気持ちは分かる、痛いほどわかる。君が助かって俺もこの世界から解放されるのならそれでいいのかもしれない」

 カイトは握っていた剣を落とした。

 メイは一度目を瞑った。

 そして息を吐くとカイトの腹部目掛けて剣を突き刺した。

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