第102話 いつでも傍にいる Always by Your Side

「俺にできることはする」


 二人の放浪者は目を見開き驚いた表情を見せる。

 ネメシスは脳内で親友ダンデ・リ・ユニオンの言葉を反芻する。

 自分のやるべきこと。

 それが分かったような気がした。

 その後、メイから詳しく置かれている状況について話された。


「じゃあお前らは現実世界に戻れないのか」

 メイからの説明を受け、ネメシスは驚いたように聞く。

 メイは頷く。


「そうか、事態はかなり深刻のようだな」

 ネメシスは全てを理解したかのように何度か頷くと腕を組んだ。

 少し何かを考えている様子だったが、すぐさま顔を上げると、カイトとメイに向かって提案をした。


「俺が剣を教えてやる。どうだ?この世界から出られないんならこの世界で一番強くなればいい。そうすれば外に出られるんだろう?」


 ネメシスからの思いがけない提案に驚きを隠せない。

「い、いいんですか…?!」

 カイトは羨望の眼差しを向けながら尋ねる。


「授業料は高いけどな、お前らを最強にしてやるよ」

「お金なら、いくらでも払います」

「…冗談だよ」

 ネメシスは思わず苦笑する。


「そこまで俺は鬼畜じゃねぇ。本気で助かろうとしてる奴に暇人が少し手助けするだけだ。お前ら、覚悟しておけよ、かなり厳しい修行になる」

 その瞬間、メイの目からは涙が溢れ出した。

「ありがとう…ございます…」

「おいおい、俺に女の子を泣かす趣味は無いんだが」

 困ったように片手で頭を抱えるネメシスは後方にいたミズキに目を向ける。

 そして近くまで歩いて行き、声を掛けた。


「これまで護衛ご苦労だったな。お前は少し休め。あとは俺がコイツらを守る。お前の意思は今受け継がれた」

 その声にミズキは激しく反応する。


「あんたに…あんたにッ!!何ができるってのよ!!何が最強!何がネメシス!!私は、私は、カイトとメイ、マオちゃんを守ることだけ…それが、それだけが私の役目…私の役をアンタが奪わないでよッ!!」


 涙ながらに迫ってくるミズキを見て呆れる。

「別に奪ったわけじゃねぇが。ほらな、お前の情緒は今最高に不安定だ。その状況でお前こそ誰を守れる?」


 ミズキは何かに気付いたようにはっ、と漏らす。

 核心を突かれた、そんな表情だった。


「落ち着いたらいつでもログインしてこい。俺たちの位置情報は共有しておいてやるさ」

 ネメシスは優しく続ける。

「お前はかなり強いと見た。俺の修行など必要ないほどにな。だが、お前は自分で弱さを作ってしまった、それがお前の感情を揺さぶっている」


「私は弱い…」

「ああ、弱い。このまま立ち上がろうとしなければな。どれだけ剣が上手く使えたとしても心が強くなくては必ず負ける。ほら、見てみろ」


 ネメシスは後方を向くように促す。

 ミズキは顔を上げ、カイトとメイを見る。

 そこには立ち上がり、ミズキを見つめる二人の戦士がいた。

 二人からは強い決意を感じた。


「ミズキ。これまでありがとう。私は戦う。この世界を壊すために」


 メイはミズキに向かって笑顔を見せることはしなかった。

 決意に満ちた真剣な眼差しを向け、想いを誓った。


「ミズキ。守ってくれてありがとう。俺は自分の身を自分で守れるように、そして他の大切な人を守れるように。俺は強くなる」


 ミズキはカイトとメイに向かって走り出す。

 そして二人を抱きしめ、泣き出す。


「わたしはッ…ただみんなが笑顔で、生きていてくれればそれでいいの、そのためなら私は何だってやる、遥か遠い場所にいたとしても助けに行くし、みんなが悲しい顔をしていたら笑顔にしてみせるッ!!わたしが、付いていながら、守れなかった自分がッ…許せない」


「ミズキ、初めて会ったときのことを覚えてる?」

 カイトからの突然の問い掛けに頷くミズキ。


「二人の悪魔に襲われた時、颯爽と現れて守ってくれた。あの時、ミズキが居なかったら俺の命は終わっていた。ミズキが居るから俺がいるってことを忘れないでほしい。俺がミズキをどれだけ信頼しているか、どれだけ感謝してるか、どれだけ…大好きか、経験が足りないから上手く伝わってないと思うけど本当にそう思ってるんだ」


 ミズキは溢れ出る涙を抑えられなかった。

 カイトを強く抱きしめると


「私も、私もッ…私はずっとカイトの傍にいるから。例えこの世界が終わったとしても。私は、ずっとカイトを守るし、ずっと友達。だから」

 ミズキは一度言葉を切り、メイとカイトに向かって言う。


「必ず生きて帰って来て」


 メイとカイトは強く頷く。

 そして言う、必ず帰ると。



 *



 ミズキがログアウトした後、カイトとメイはネメシスと共に山脈『メラネア』を上っていた。

 カイトは以前に来たことがあった。

 北都の裏側、南門から続く山道。

 そこには神殿があるはずだった。

 ネメシス曰くマオを安置しておくいい場所があるらしい。


 マオの姿は変わらない。

 肌の色が変色したり、瘦せ細ることも無い。

 ただ眠っているかのようだった。


 神殿に到着した一行はネメシスに続き、神殿の内部へと入った。

 そして自身の像を一瞥するとその台座の下に手を置いた。

 すると台座は動き、下へと続く階段が出現した。


「俺の特権だ。まぁ中には自分の戦歴が記録されてるだけだがな」


 カイトは少々興奮していた。

 まさかナンバーワンプレイヤーだけが入ることができる「聖域」に入ることができるとは夢にも思っていなかったからだ。

 階段を下り、松明で照らされた扉の前に辿り着くと、またネメシスは手をかざす。

 きっと指紋認証か何かなのだろう。


 扉が開くとそこには巨大な天使と悪魔の像が持つ剣と銃を交差させたオブジェクトがあった。

 その中心には一本の剣が刺さっていた。

 その剣を見た瞬間、カイトは抑えていた想いを爆発させた。


「この剣はッ…聖剣OHM…!!」

「知ってんのか?」

 ネメシスからの問い掛けに当然ですよ、と答える。

「一億(One Hundred Million)の首を落としたと言われる聖なる剣…この剣でナンバーワンプレイヤーになった」

「まぁ、なんだ。一億ってのは少し盛ってると思うがな」

 ネメシスは少し照れながら受け応える。


「…綺麗な場所…」

 建造物に見とれていたメイは言葉を漏らす。


「安置しておくには丁度いいだろ」

 頷いたメイは聖なる剣の前の台座にマオを置く。


「必ず壊してみせるからね」

 マオに向かってメイは呟いた。

 カイトもマオを見つめ、改めて決意した。


 この世界でナンバーワンプレイヤーになる。

 この世界で最強になる。

 その為に強くなる。


 もう誰も失わなくて済むように。


 カイトの最強へと続く道は、今始まった。

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